つくろう、島の未来

2025年07月19日 土曜日

つくろう、島の未来

「ラム酒は東京の地酒」。それは突拍子もない話に聞こえるかもしれないけれど、私の故郷・東京都八丈島でラム酒造を目指す私達の想いのひとつ。

実は、日本で初めてラム酒が造られたのは、江戸時代後期のこと。場所は現在の東京都小笠原だ。東京で初めて焼酎が造られたのも、江戸時代後期の伊豆諸島。ならば「ラム酒も東京の地酒」にも、少し頷けるのではないだろうか。

私たちが造るラム酒の原料となるのは、八丈島産サトウキビ。赤道に近い国々で栽培される作物は、霜の降りない温暖な気候の八丈島ではグングン育つ。古くは大正時代から戦後まで、良質なサトウキビが島中で栽培されていたことは、あまり知られていない。

そして技術協力に、本庄啓介氏。大手ビールメーカー在籍時に「宝」 とも称された、憧れの醸造家だ。現在はさまざまな酒造プロジェクトに参画されているが、原料からチャレンジする私達の純国産ラム酒造プロジェクトに、快く参画していただくことができた。

ラム酒は大航海時代以降、世界中で造られてきた。その数は4万銘柄以上。言葉は違えど、世界中で多くの人々が今日もラム酒を楽しんでいる。八丈島でつくられた原料と、日本で培われた醸造技術で世界一のラム酒を造りたい。

たくさんの外国人が訪れる街、東京。将来、この街に住む人々と訪れる人々が、私たちのラム酒を最高の笑顔で楽しむ姿を、私達は目指している。


菊池清孝(きくち・きよたか)
八丈島で生まれ、南大東島にルーツを持つ。ラム酒に魅せられ、南青山でラムBAR TAKANOHAを営みながら、八丈島産ラム酒造りプロジェクトで起業。株式会社オムニバス代表取締役





     

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島人コラム

島々で暮らす人々による寄稿コラム。離島経済新聞社が発行するタブロイド紙『季刊ritokei』の定番企画「島人コラム」に掲載された中から、抜粋してお届けします。

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