「島々仕事人」 は島の外から島に携わる仕事人の想いを紹介する企画。今回は、沖永良部島で企業版ふるさと納税を活用した教育振興に取り組む株式会社ダイセルの皆さんが登場。
同社との共創プロジェクトを推進する和泊町役場の安田拓さんの想いと共に、化学メーカーとして100年以上にわたり大切にしてきたモノづくりの価値観や、島の未来を担う子どもたちに向ける想いを紹介します。
※この記事は『季刊ritokei』50号(2025年8月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。
取材・石原みどり 写真・ダイセル、安田拓
写真提供:安田拓
価値共創の理念から生まれた子どもたちの教育プロジェクト
大阪と東京に本社を置く株式会社ダイセルは、1919年創業の大日本セルロイド株式会社を前身に持つ老舗化学メーカー。創業時、同業8社が手を取り合い創立されて以来、共創の精神を基本理念に掲げ、長年培ったセルロース化学、有機合成化学、高分子化学、火薬工学をコア技術として、メディカル・ヘルスケア、モビリティ、エレクトロニクス、環境・エネルギーなど多彩な分野のモノづくりに携わる。
同社は2020年度に策定した長期ビジョンに基づき、社会や人々に求められる価値を提供し、循環型社会の構築や人々の幸せに貢献することに注力している。その一環で実施する全国の地域との共創プロジェクトでは、鹿児島県・沖永良部島の和泊町とユニークな教育支援を行っている。
財源は企業版ふるさと納税プログラミング教室など開設
2022年末、 同社人事戦略委員会の能勢悟さん、藤堂大五郎さんらは、地域共創プロジェクトのパートナーとなる地方公共団体を探していた。「候補地の担当者とやりとりを進めていた中で、最も反応が早く強い熱意が伝わってきたのが、和泊町役場の安田拓さんでした」と藤堂さんは振り返る。
晴れて和泊町が最初の提携先に選ばれ、「企業版ふるさと納税」(※)の寄付と同社からの人材派遣が決定した。2023年3月末日、町の口座に振り込まれた金額は1億5,400万円。「事前に金額は伺っていましたが、ワクワク感がたまりませんでした」(安田さん)
※国が認定した地域再生計画に位置付けられる地方公共団体の地方創生プロジェクトに対し企業が寄附を行った場合に法人関係税から税額控除する仕組み。最大で寄附額の約9割が軽減され、実質的な企業の負担が約1割まで圧縮される
写真提供:安田拓
和泊町は、寄付金を活用した教育事業を計画。2023年度から「子ども」と「理科」を軸にした「“みらいの科学者”共創プロジェクト」がスタートした。2027年度までの5年間にわたり町とダイセルが協力し、プログラミング教室や理科実験イベント、プロ選手によるスポーツ教室や講演会、AI技術の教育活用など、多彩なプログラムを実施していく。
今年の夏休みには、和泊町の小中学生10名が島を飛び出し、ダイセルの工場や研究所の見学と大阪万博を体験するスーパーサイエンスツアーも行われた。
写真提供:安田拓
「離島だからできない」そんな思い込みをくつがえせ
2023年8月に初開催したプログラムでは、特産の島レモンから香り成分を抽出し、浜辺で採った砂からマイクロプラスチックを取り出すなど、子どもたちに化学の面白さや身近な環境問題に触れてもらった。実験に目を輝かせる子どもたちの写真が社長の目に留まり、「これだよ!」と社内でも話題になったという。
写真提供:ダイセル
「教員不足などから、教育現場では実験の時間がとりにくくなっている。リアルな体験を通じて、理科が好きな子どもを増やしていきたい」と、能勢さん。
「これまで島の子どもたちは、離島を言い訳に『できない』と制限をかける傾向があった。そんな思い込みを壊したくて、とにかくワクワクするようなプログラムを企画・推進している。子どもたちが広い世界に触れ、心で感じ、未来への一歩を踏み出すきっかけにしてほしい」と、安田さんも思いを語る。
島で過ごしながら第二の人生を考える
プロジェクトの柱の一つに、60歳を超えたダイセルのシニア社員が、島の学校で理科の実験やカリキュラム開発をサポートする取り組みがある。社内の希望者から選抜された三宅さんは、理科実験補助員として中学校で週14時間理科の授業をサポート。AIや理科実験を学ぶ公営塾の講師も週に一度務める。地域行事にも積極的に参加し、島暮らしを満喫しているという。
「培ってきた経験を社会に還元できることに、価値を感じているようです。退職後の第二の人生を考える契機にもなれば」(能勢さん)東北や四国などでも、同様の取り組みを進めている。「地域との縁を深めながら、自社の技術を活かして課題を解決し、地方創生に貢献できれば」と能勢さんは夢を語る。
自社だけで手が届く範囲は限られるため、今後は志を同じくする企業や団体などのパートナーを募集し、共創の輪を広げていく。
株式会社ダイセル
「価値共創によって人々を幸せにする会社」 という基本理念のもと、世界15の国・地域に活動拠点を置き、グローバルに事業を展開する老舗化学メーカー。モノづくりで培った技術力を活かし、産学連携や地域との共創プロジェクトを推進中
東京在住、2014年より『ritokei』編集・記事執筆。離島の酒とおいしいもの巡りがライフワーク。鹿児島県酒造組合 奄美支部が認定する「奄美黒糖焼酎語り部」第7号。著書に奄美群島の黒糖焼酎の本『あまみの甘み 奄美の香り』(共著・鯨本あつこ、西日本出版社)。ここ数年、徳之島で出会った巨石の線刻画と沖縄・奄美にかつてあった刺青「ハジチ」の文化が気になっている。