日常の病気やケガの初期治療、病気の予防、介護、看取りなどに対応する「総合診療専門医」。「離島医療こそ総合診療」と考え、独自の医師研修プログラムを提供する合同会社GENEPRO(ゲネプロ)代表の齋藤 学さんが登場。日常の病気やケガの初期治療、病気の予防、介護、看取りなどに対応する「総合診療専門医」は、医療や介護を地域で一体的に提供する「地域包括ケアシステム(※)」の核としても期待されています。
※要介護状態の高齢者が最期まで住み慣れた地域で自分らしい生活を送れるよう地域がサポートし合う社会の仕組み
※この記事は『ritokei』23号(2018年2月発行号)掲載記事です。
聞き手・石原みどり 写真・合同会社GENEPRO
地域で活躍する総合診療医を目指して
離島地域の医療は、本土のそれとは大きく状況が異なる。2010年に10年の医師経験を経て徳之島に赴任した齋藤学さんは「10年間の経験は徳之島(とくのしま|鹿児島県)で全く歯が立たなかった」と振り返る。
たとえば、毒蛇のハブによる咬傷の解毒治療や、闘牛の角に突かれた外傷、農業用トラクターでの転倒事故など、対応困難な症例に次々と遭遇。都会ならチームで対応していた治療も、島ではたったひとりで対応することが珍しくない。診断を下す重みがのしかかる。「穏やかな日常のなか、時折、豪速球が飛んでくるのが島の医療現場でした」(齋藤さん)。
2000年に医学部を卒業した齋藤さんは、地域で活躍する総合診療医を目指し、地元の総合病院で研修後、沖縄県の浦添総合病院へ。総合内科、消化器内科、脳外科、麻酔科などで医療経験を積み、救急科の立ち上げに抜擢され、救命救急センター長兼救急総合診療部長として活躍。その後、総合内科部長として徳之島徳洲会病院(鹿児島県)に赴任した。
「師と仰ぐ先輩医師には、離島地域こそ総合診療の最たる場。蓄えた力を試してこいと送り出されました」。そう語る齋藤さんは、離島医療の壁に苦戦する一方、島では患者との距離が近く、医者として感謝され、必要とされていることもダイレクトに感じたという。「医者になってよかったと初めての手応えを感じられたのも島でした。島流しだなんて言われたこともありましたが、とんでもない。島を守っている医者の方が、よほどスーパードクターじゃないかと思ったんです」(齋藤さん)。
島で痛感した自らの力不足とともに、齋藤さんは島で働くうえで必要になる総合診療力を専門的に研修できる教育体制が必要ではないかと考えた。そしてある時、体調を崩した下甑島(しもこしきじま|鹿児島県)の医師の代役を務めた経験から、離島やへき地の病院に医師が短期赴任できる仕組みの必要性も感じた。
離島医療をサポートする会社を設立
心に抱いたアイデアを形にするため、齋藤さんは2014年9月に信頼する仲間と離島・へき地の医療サポートを使命とする「ゲネプロ」を起業。2015年の春には、医師の教育制度や、へき地医療の仕組みを視察するため、へき地医療先進地のオーストラリアに赴いた。
「広大な国土に多くの医療困難地域を抱えるオーストラリアでは、24時間365日対応可能なヘリコプターやジェット機による患者の移送システムが整備され、総合医療の専門教育を受けた“Rural Generalist(へき地の総合医)”と呼ばれる医師たちがへき地の診療所に従事しています。全身麻酔や外科手術、緊急分娩などに対応し、必要に応じ遠隔医療を活用した応急処置を行います。時にはフライングドクターとして、患者移送も行う彼らは、憧れの職業として尊敬されていました」(齋藤さん)。
先進地の現状に目を輝かせる齋藤さんは、現地の医師たちに「我々を参考に、大いに頑張れ!失敗例も教えるから真似するな」とエールを送られ、帰国後、その仕組みを参考に独自の研修プログラムを練り上げた。
日本の島々を舞台にした医師教育プログラム
2017年4月、ゲネプロは「日本版離島へき地プログラム」の提供をスタートした。同プログラムでは、多様な疾患が存在する離島地域やへき地で、遠隔のレクチャーやサポートを受けながら、1年間の研修を行う。研修を修了すると、世界の離島地域やへき地で3カ月間の研修に挑む。
2017年度は約20名から問合せがあり、7名が門戸を叩いた。五島列島の中通島、徳之島、銚子市に配置され、研修後は希望に応じてオーストラリアやネパールなど、医療資源の限られた場所での留学が待ち受けている。
齋藤さんは「1週間や1ヵ月といった期間で離島・へき地の医療への志を持つ医師が気軽に参加できる研修プログラムづくりや、島で戦う医師のピンチヒッターを務める医師の仲間も集めたい。最初の目標として10年で100名を育成したい」と話す。
オーストラリアも、一地域の取り組みから始まり、州単位、国単位の事業へと成長した。ゲネプロの研修プログラムをモデルケースに「ゆくゆくは全国に取りみが広がってほしい」と齋藤さんは願う。
2018年度は20代から50代までの12名が新規に研修を始める。故郷で活動を立ち上げたいと願う者や、産業医を経て地域医療を志す者など、それぞれの志を胸に抱き、医師たちが島々を目指す。
プロフィール/
齋藤 学(さいとう・まなぶ)
医師。合同会社ゲネプロ代表。2000年順天堂大学医学部卒業。離島やへき地の医師不足解消を目指し2014年に合同会社ゲネプロを設立。2017年4月より「日本版 離島へき地プログラム」を提供する。
【関連サイト】
合同会社ゲネプロ
東京在住、2014年より『ritokei』編集・記事執筆。離島の酒とおいしいもの巡りがライフワーク。鹿児島県酒造組合 奄美支部が認定する「奄美黒糖焼酎語り部」第7号。著書に奄美群島の黒糖焼酎の本『あまみの甘み 奄美の香り』(共著・鯨本あつこ、西日本出版社)。ここ数年、徳之島で出会った巨石の線刻画と沖縄・奄美にかつてあった刺青「ハジチ」の文化が気になっている。