つくろう、島の未来

2024年10月14日 月曜日

つくろう、島の未来

「島々仕事人」は島々に携わる仕事人の想いを紹介する企画。今回は、伝統建築に宿泊する「伝泊(でんぱく)」の名付け親、建築家の山下保博さんの登場です。故郷・奄美大島(あまみおおしま|鹿児島県)の古民家を、古き良き設えと利便性を兼ね揃えてリノベーションしたのが伝泊の発端。地域に根ざした体験とセットで展開する「伝泊」は今、山下さん指揮のもと広がりを見せています。

※この記事は『ritokei』25号(2018年8月発行号)掲載記事です。

文・小野 民 写真・矢郷 桃

始まりは小学校のベンチ ふるさとのまちづくり

日本のみならず世界を舞台に活躍する建築家、山下保博さん。「アトリエ天工人(てくと)」代表を務め、その拠点は、東京、福岡に加え、奄美大島にも。

現在は、奄美出身者・在住者による奄美のための設計事務所「奄美設計集団」の仕事が多く、月のうち4割程度を故郷奄美で過ごす。取材のため東京事務所に向かうと、出迎えてくれた山下さんは、こんがりと焼けた肌ににこにこ顔で迎えてくれた。

山下さんは、今でこそ島内のリゾート施設の設計からまちづくりにまで幅広く関わるが、「際限がなくなりそうで、なるべく仕事の話は避けていた」と本音を明かす。島での初仕事は、出身小学校でのワークショップ。回を重ね、保護者も巻き込んで完成したのは、児童らがいちから考えた集落みんなのためのベンチだった。

そこからあらためてコミュニティと接点を持った山下さんは、奄美市の景観アドバイザーになり、「本来の建築家の仕事」という、まち全体の設計について真剣に考えるようになったそうだ。

2016年、山下さんはかねてより島の課題に感じていた空家問題と奄美の良さを伝えることを掛け合わせ、「伝泊」の仕組みをつくり、展開していくことになった。

「伝泊」成功の3つの要素

「地元出身で、親族も奄美で働いていているから顔がきく。空家を貸してもらいやすい立場にありました。最初の伝泊2棟は、やるぞと決めてから2カ月後にはオープンしていましたね」と山下さん。

そのスピード感に驚くが、そこは経験豊かな建築家の腕のなせる技。目星をつけた空家に行き2時間でプランを練り、スタッフが3日ほどかけて設計図に落とし込んで地元の職人に発注する段取りだ。

改修費は約500〜700万で、稼働率4割、5年で回収する計画を立てている。最初は全くの自己資金、以降も銀行からの借入金などを活用しながら、手弁当で古民家再生を担ってきた。

「伝泊が成功するポイントは3つ。地域に根ざした設計者がいるか、宿泊客を誘致したい集落はあるか、そしてなにより、腹を括って金を出す人がいるか、ですね」と山下さん。

開始から2年、伝泊は徳之島(とくのしま|鹿児島県)でも6棟が完成して、奄美群島に広がり、全国の過疎地域からも注目を浴びている。

集落で遊んで触れる「素」の島の魅力

奄美の伝泊に採用されている家屋は、独特の形状の平屋や台風対策の生垣など、風土に根ざした工夫がみられる伝統建築だ。そこに、整備された水回りやWi-Fi設備といった要素を上手に組み込み、快適な宿泊施設が完成する。

さらに重要なのは、伝泊所在地の集落の住民がチェックインサービスを担い、旅行客とともに集落の散策やアクティビティへ参加できること。地域コミュニティとの交歓の場として機能し、その可能性は集落の数ほどあると言えるだろう。

離島地域だからこそSDGsで世界基準へ

「今後まちづくりを考えるならば、宿、食、地域包括ケアを総合した取り組みをしていくべき」と山下さん。離島地域を含めた地方の過疎化を肌で感じる一方、さまざまな立場の人が心地よく共存する世界の先進例を見て、建築家としての使命をかみしめている。

今年7月には、4年前に閉店したスーパーを改装し、宿泊、高齢者施設、レストラン、物産販売、子育て支援のための学習・保育スペースをも含んだ「伝泊+まーぐん広場・赤木名」をオープン。奄美の言葉で「みんな一緒」の意味を持つ施設も、今後奄美群島各地に広がる計画がなされている。

「プロジェクトに関わる人たちで、SDGs(持続可能な開発目標)を学んでいるんですよ。これは、国連が2030年までに達成すべき17の目標とアクションを定めたものです。島は四方を海に囲まれている分、世界とつながるイメージを持ちやすい。シュリンクしていく日本の現状を憂うよりも、世界基準で前向きな施策を講じていく気概でいきたいですね」(山下さん)。

まちづくりの理想といわれる「Think globally, Act locally」を体現する山下さん。軽やかに海を越えて働いてきた知見を携えて今、自らの原点だというふるさとの島から、世界に通用するまちを築いていこうとしている。


プロフィール/
山下保博(やました・やすひろ)
建築家。アトリエ天工人代表。1960年奄美大島生まれ。国内外で建築プロジェクト、地域支援活動を行う。奄美では文中の伝泊群に加え、ネストアット奄美ビーチヴィラの設計などにも関わる。

【関連サイト】
伝泊(でんぱく)
伝統的な建築を次の時代につなげるための宿泊施設。旅に物語を求める人に、地域との出会いの場を提供する。奄美群島を中心に、現在15カ所で展開。2019年3月までに20カ所にまで増える予定だ。

     

離島経済新聞 目次

『季刊ritokei(リトケイ)』島々仕事人

「島々仕事人」は島と島をつなぐ仕事に携わる仕事人の想いを紹介する企画。日本全国の「島」にかかわる、さまざまな仕事人をご紹介します。

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