つくろう、島の未来

2024年04月23日 火曜日

つくろう、島の未来

日本の島、6,852島のうち727島がある。日本の内海・瀬戸内海には、約140もの島々に人が暮らしている。そんな瀬戸内海に面した香川県高松市にある小さな出版社で、瀬戸内海をテーマにした雑誌がつくられている。「島々仕事人」は島と島をつなぐ仕事に携わる仕事人の想いを紹介する企画。今回は、瀬戸内海の魅力を発信する『せとうち暮らし』編集部を訪れました。

■移住促進事業からはじまり自費出版で再スタート

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日が暮れた高松市街地に赤提灯が灯りはじめた頃、飲食街にある『せとうち暮らし』編集部を訪れると、ちょうど14号の〆切を終えたらしく、和やかな空気が漂っていた。『せとうち暮らし』は瀬戸内海の雑誌である。瀬戸とは「狭門(両側の陸地が接近して海が狭くなっている所)」を指す言葉であり、19世紀に海外から訪れた来訪者が「Inland sea」を紹介したことに始まるという。

ライター、カメラマン、デザイナーのほか、書店店主、考古学者などの個性豊かな肩書き持つ編集部員が制作に携わる『せとうち暮らし』は、香川県の移住促進事業をきっかけにスタートした。「2009年に『せとうちチャンネル』というウェブサイトが立ち上がって、12月に『せとうち暮らし』の第1号を出したんです。まだ瀬戸内国際芸術祭(以下、瀬戸芸)も始まっていなかったから、島に行くというと『何しにいくん?』みたいな感じでした」(小西さん)。

高松市で生まれ育った小西さんは、創刊以前にも島へ遊びにいくことはあったが「行ったとしても、1回行けばもうやることはない」と感じていたという。「一番初めに訪れた女木島(めぎじま|香川県)が転機でした。島に移住した方のお宅に泊めてもらって、一緒に畑を耕したり、ゲートボールに混ぜてもらったり、釣りにいったり。島の暮らしを体験させてもらううちに、なんなんだこれはと思ったんです」。

■2度のリニューアルを経て瀬戸内海全域に拡大

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それから2年、『せとうち暮らし』は5号まで発行。ここで県の事業は終了となったものの、編集部員たちは島の人と顔なじみになっており、島の情報も十分にない。そこで、小西さんが立ち上げた出版社からの自費出版で2011年秋に再スタートを切り、6号から11号まで香川県内の島々を特集した。しかし、言わずもがな「せとうち」は香川だけでないため、12号で大幅リニューアル。頁数を増やし、香川を飛び越え瀬戸内海全域に範囲を広げた。

考古学者でもある乗松さんは、「かつて近畿地方が日本の中心だった頃は、そこへの入り口として瀬戸内海の役割が大きかった。港がたくさんあって船も頻繁に停泊できる。日本海だと船の停泊スパンが大きいけど、瀬戸内海は港から港にすぐ渡ることができる、いわば海の通路なんです」と語る。人やモノが、港から港へ連続して流れていく通路には、細切れでは成り立たない物語が多い。「一部だけを切り取ってもパズルのピースをひとつだけ見ているような状態になるから、全体で語らなければ、本当の瀬戸内海が見えてこない」(乗松さん)。

■瀬戸内海を記憶していく丁寧な雑誌づくり

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香川を飛び出した編集部は、山口県の周防大島(すおうおおしま)や愛媛県の大三島(おおみしま)などを訪れた。「とにかくみんな島に行きたいので、どこかの島に行くとなると、みんなが『行く行くー!』ってなるんです。だから、12号からは編集部ごと島へお邪魔するキャラバン編集部という企画をつくりました」(小西さん)。編集部員たちの話には、しまなみ海道沿いにある60円で渡れる島へパンを買いに来ていた高校生の話や、取材先の島からさらに隣の島まで、編集部員たちがついつい足を伸ばしてしまう話など、ちょこちょこ島に渡れる瀬戸内海ならではの話が多い。「瀬戸内海はハシゴができる」と誰かが笑う。彼らが聞いた話によると「もし船から落ちても、2時間浮いていたらどこかの島につくから大丈夫」らしい。

編集部員に思い出に残るエピソードを聞いてみた。瀬戸芸が開催される前年の2009年に男木島(おぎじま|香川県)を訪ねた部員は「人恋しくなるくらい人に会わなくて、港で釣りをしていたお母さんを見つけて声をかけたんです。そこで一緒に釣りをさせてもらったのがすごく楽しくて。島の空気にふれて、一緒にその場を楽しませてもらったことが忘れられないですね」と、昨日のことのように語る。

瀬戸芸が開催されると、舞台となった島々は想像を超える人で溢れかえった。「寂しかった当時を思うと、瀬戸芸で人が来るようになって、市場が開かれたり、小学校が再開したりという今の姿は衝撃ですね。あの時に書く記事と、今書く記事は同じお母さんのことでも違う印象になると思うけど、それらを丁寧に書き綴れるのが『せとうち暮らし』かなと思います」。瀬戸内海の記憶を、丁寧に紙面に落としていく『せとうち暮らし』の雑誌づくり。ページが増えても、眠れない日々があっても、彼らは島々で出会う美しい風景や人々の笑顔を記憶していく。

『せとうち暮らし』

詳細は『せとうち暮らし』公式HPよりご覧いただけます。
http://setouchikurashi.jp/

(文・鯨本あつこ)

離島経済新聞 目次

『季刊ritokei(リトケイ)』島々仕事人

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