「島々仕事人」は島々に携わる仕事人の想いを紹介する企画。今回は、屋久島を拠点に雑誌『サウンターマガジン』や書籍 『南洋のソングライン』を刊行する出版レーベル「KiltyBOOKS」の国本真治さんに話を聞きました。
※この記事は『季刊ritokei』48号(2024年11月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。
取材・石原みどり 写真提供・キルティ株式会社
屋久島を拠点に出版やグッズ制作などを展開する国本真治さん(右)。 『サウンターマガジン』 第6号 「屋久島の現在」 の企画として、雑誌オリジナル音源を製作した音楽家の井上薫さん(左)と。 国本さんは90年代から井上さんの大ファンだったことでオファーしたそう ©️Yuya Hasegawa
屋久島へ夫婦で移住しホテルと出版社をスタート
2019年に創刊、これまでに7号を数える『サウンターマガジン』 は、屋久島から世界に向けて発信する旅のドキュメントマガジンだ。深い森の苔や落ち葉、 潮風の香りが漂ってきそうな大自然の写真に、特殊印刷でポップなグラフィックを組み合わせた表紙をめくると、美しい写真と共に日英併記で綴られた記事が並ぶ。
全国のクリエイターにも人気の高い同誌を編集・発行するのは、屋久島在住の国本真治さん。2011年、先に移住していた友人を訪ねて屋久島を訪れた国本さん夫妻は「島で子育てをしたい」と決意。2013年にヨガ講師の妻と子が先に拠点を移し、2015年にヨガスタジオを備えたホテルを開業。 国本さんは東京との二拠点居住を経て、2018年にキルティ株式会社を設立した。
©️Shotaro Kato
創刊号では、屋久島と共にインドのラダックや米国の自然保護区 「アンセル・アダムス・ウィルダネス」を特集するなど、世界各地をフィールドに自然や文化などの魅力を発信。
第2号では、日本と周辺の島々を写した写真集 『ARCHIPELAGO(群島)』などの著書もある写真家・石川直樹氏による屋久島・トカラ列島・奄美群島の写真紀行とインタビュー「鹿児島アーキペラゴ」を掲載。第6号では「屋久島の現在」を特集するなど、世界自然遺産だけではない屋久島の魅力も多面的に取り上げている。
また、2022年には、屋久島の世界自然遺産登録の土台となった「屋久島環境文化村構想」の歩みと、 哲学者の梅原猛(うめはら・たけし)氏ら14人の知識人や文化人による提言をまとめた屋久島環境文化財団監修ムック『屋久島 知の巨人たち』 の編集を担当し、版元にもなった。屋久島在住のプロ編集者として、地域内でも活躍している。
民謡「まつばんだ」の謎を追った3年間を書籍に
「屋久のお岳をおろかに思うな 金の蔵よりゃなお宝」。 屋久島の民謡「まつばんだ」では、琉球音階を帯びたメロディーで島の自然への畏れと誇りが歌われる。
不思議なこの歌のルーツを探るべく、国本さんは地元の歌手・緒方麗(おがた・うらら)さん、音楽関係の著書が多い文筆家の大石始(おおいし・はじめ)さんと共に3年がかりのフィールドワークを行い、歌やメロディーが海を伝う軌跡を綴った『南洋のソングライン』(著・大石始) を2022年に刊行。
島内の反響は大きく、数百冊が地元で購入され、町の広報誌に掲載されるなど話題となった。「僕のケータイ番号が流出して、島の年寄りたちから直接問い合わせの電話もかかってきました(笑)」(国本さん)。本書の出版を機に島内での認知度が上がり、『サウンターマガジン』が島内のリゾートホテルに常設されたり、複数の土産物店で販売が始まる波及効果もあったという。
屋久島の民謡に秘められた島々のつながりをひもとく本書は、日本旅行作家協会の第8回「斎藤茂太賞」の最終選考候補4作品に残り、同協会の第5回「旅の良書」11冊にも選ばれるなど、高く評価されている。
詩人・山尾三省が島に残したメッセージ
国本さんは『サウンターマガジン』最新号で、1970年代に屋久島に移住し2001年に没した詩人・山尾三省(やまお・さんせい)の妻である春美さんと山尾三省記念会会長の手塚賢至(てつか・けんし)さんによる対談を掲載。
同会の協力で、山尾三省が縄文杉を詠んだ詩「聖老人」の一節の英訳をあしらったTシャツも作成した。樹齢七千二百年の杉の大樹に対峙し語りかける三省のメッセージは、民謡 「まつばんだ」の精神にも通じる。
©️Shotaro Kato
山尾三省は、1940年代終わりから1960年代にかけてアメリカで興った文学運動「ビートジェネレーション」(※1)の影響を受け、日本のビートニク(※2)の中心人物として活動した。
※1 米国を中心に始まった、 物質文明を否定し、 既成の社会生活から脱しようとする運動やその世代
※2 この文学運動の思想や行動様式に影響を受けたライフスタイルを実践する者
「当時を知るアメリカのビート関係者たちが存命のうちにインタビューしたい。僕たちならではの切り口で、 三省の書籍もいつかつくりたいと思っています」。そう語る国本さんは今日も、屋久島を拠点に世界と繋がり、文化を耕し続けている。
©️Rikiya Nakamura
国本真治(くにもと・しんじ)
東京での出版社勤務を経て独立、 屋久島に移住。2018年にキルティ株式会社を設立し、雑誌「サウンターマガジン」や書籍の発行、企業や公共機関の制作物などを手掛ける
東京在住、2014年より『ritokei』編集・記事執筆。離島の酒とおいしいもの巡りがライフワーク。鹿児島県酒造組合 奄美支部が認定する「奄美黒糖焼酎語り部」第7号。著書に奄美群島の黒糖焼酎の本『あまみの甘み 奄美の香り』(共著・鯨本あつこ、西日本出版社)。ここ数年、徳之島で出会った巨石の線刻画と沖縄・奄美にかつてあった刺青「ハジチ」の文化が気になっている。