2014年7月18日〜31日に銀座・有楽町界隈の飲食店で奄美黒糖焼酎のPRキャンペーン「奄美黒糖焼酎 島酒Week」を開催。本連載では、奄美大島(あまみおおしま|鹿児島県)に7年暮らすなかで奄美群島の酒蔵をめぐった「くっかる」が奄美黒糖焼酎の魅力をご紹介します。今回は、黒糖焼酎のふるさと奄美群島の島々についてご紹介します。
(写真提供・ぐーんと奄美)
■奄美群島だけの特産品「奄美黒糖焼酎」
鹿児島市と沖縄のほぼ中間に位置する奄美群島は、奄美大島(あまみおおしま)・加計呂麻島(かけろまじま)・請島(うけじま)・与路島(よろじま)・喜界島(きかいじま)・徳之島(とくのしま)・沖永良部島(おきのえらぶじま)・与論島(よろんじま)の有人8島からなる、亜熱帯北限域の島々です。
アマミノクロウサギをはじめとするさまざまな固有種や希少種が生息する生物多様性が認められ、平成25年1月に「奄美・琉球」として国の世界自然遺産暫定一覧表に記載。注目を集めています。
奄美群島は太平洋戦争後の8年間、日本本土から行政分離され、米軍政府の統治下に置かれた後、昭和28年の日本復帰。その影には、島人たちの懸命な復帰運動がありました。
黒糖を原料に造られる「黒糖焼酎」は、日本で唯一、奄美群島だけで製造を許されている奄美群島の特産品であり「奄美黒糖焼酎」が正式名称となります。なぜ奄美群島だけで造られるのかというと、奄美群島が日本に復帰する際に、黒糖焼酎造りの実績が認められ酒税法の特例通達を受けたからなのです。
■黒糖焼酎のふるさと奄美群島
奄美群島のそれぞれの島には黒糖焼酎の蔵があり、地の酒として島人に愛飲されています。ここからは奄美黒糖焼酎の生まれてくる島々をご紹介します。
《奄美大島(あまみおおしま)》
奄美群島で最も大きい奄美大島は、南部に加計呂麻島、請島、与路島を擁し有人4島から成る島です。北部はなだらかな地形で、緑のサトウキビ畑や美しい白砂のビーチが印象的。中南部は山がちな地形で、原生的な亜熱帯性多雨林にアマミノクロウサギなどの稀少生物が生息しています。さまざまな景観や、地域によって異なるシマ唄など、多彩な魅力を持っています。特徴的な方言は、「ありがとう」を「ありがっさまりょうた」と言います。
■奄美大島の酒蔵
奄美大島酒造(株)、(有)山田酒造、町田酒造(株)、大島食料(株)酒造所、(資)弥生焼酎醸造所、(有)富田酒造場、西平酒造(株)、(株)西平本家、(株)奄美大島開運酒造、(株)天海の蔵
《喜界島(きかいじま)》
年間2ミリの速度で隆起を続ける隆起珊瑚礁で形成される島。海抜211mの緩やかな稜線を描く大地がコバルトブルーの海原に美しく際立ち、広々とした空と水平線や、サトウキビ畑にまっすぐ伸びる一本道など、開放感あふれる景観が魅力です。島内では蝶を多く見かけ、「南の島の貴婦人」と呼ばれるオオゴマダラの生息北限地となっています。サトウキビなどの農業が盛んで、白ゴマの生産量は日本一。近年は有機農業への取り組みも進んでいます。喜界島では「ありがとう」を「うふくんでーた」と言います。
■喜界島の酒蔵
朝日酒造(株)、喜界島酒造(株)
《沖永良部島(おきのえらぶじま)》
島の地下に鍾乳洞が広がる沖永良部島の「昇竜洞」は日本鍾乳洞百選に選ばれています。農業が盛んで「えらぶゆり」をはじめとする「花」の島としても知られ、冬場の沿岸部から見ることができるザトウクジラや、洞窟を探検する「ケイビング」などを楽しむリピーターが増えています。沖縄本島から北へ約60kmに位置し、文化は琉球文化の影響を強く受けています。沖永良部島の「ありがとう」は「みへでぃろ」と言います。
■沖永良部島の酒蔵
沖永良部酒造(株)(酒造4社による共同瓶詰め)、原田酒造(株)、新納酒造(株)
《与論島(よろんじま)》
花を「パナ」、サンゴを「ウル」と呼び、別名「パナウル王国」奄美群島の最南端に位置する隆起サンゴ礁の小島です。リーフ内側のエメラルドグリーンと外海のブルーのコントラストがひときわ美しく、琉球時代の城跡や不思議な響きの島言葉、琉球の「草唄」を伝える島唄などに、今も琉球時代の面影が息づいています。旧暦3、8、10 月の各15 日に催される「与論の十五夜踊」は、国の重要無形民俗文化財に指定されています。ヨロン島の「ありがとう」は「とーとぅがなし」と言います。
■ヨロン島の酒蔵
有村酒造(株)
(「奄美黒糖焼酎の歴史と製法」へ続く)