つくろう、島の未来

2021年12月06日 月曜日

つくろう、島の未来

島旅作家として日本の海に浮かぶ全ての有人島を踏破。現在も毎年数十島を巡るという、斎藤 潤さんによる寄稿エッセイ「在りし日の島影」。
第17回は、新潟県沖に浮かぶ粟島(あわしま|新潟県)へ。かつての旅で気になっていた島の味を求めて、20年ぶりに島を再訪しました。

粟島でタイが大漁(2003年7月撮影)

タイが名産、実はフグ食の島だった粟島

20年ほど前の初夏、地元の魚食文化を知りたくて、新潟県北端の粟島を訪ねたことがあった。

粟島はタイの島で、名物の郷土料理といえば有名なわっぱ煮。漁協の業務課長Wさんお勧めの民宿三吉に泊まり、熱々のわっぱ煮やタイ料理など、豊かな海の幸を楽しんだ。

しかし、その後衝撃の事実を知ることとなった。なんと、粟島はフグの島だったのだ。

汁物に焼いた石を入れて温める豪快な漁師料理「わっぱ煮」(2003年7月撮影)

満腹になってから、民宿三吉の先代で物知りで知られた柏葉丑之祐さんに、粟島の魚食について聞いた。

「保存食はあまりつくらなかったな。活きのいい魚が目の前でいくらでも捕れるから。フグの卵の塩辛くらいかな、つくったのは」

金沢周辺の塩と糠で3年ほど漬けて無毒化した「ブグの卵の糠漬け」や佐渡の塩漬けして毒を抜いたフグの卵を食べたことはあったが、粟島でもつくっていたのか。製造方法を聞くと、他地域より手が込んでいる。

「まず春先に捕れたオキタナゴ、イワシ、サバなどを、塩漬けにしておくんだ。6月になるとサバフグが大量に捕れるので、その卵も塩漬けにしておいて、土用の前に一緒に漬け直す。産卵近くなると、バラバラになってしまうので、少し若い卵の方がいい。
魚、塩、糠、フグの卵を交互に重ねて漬け込む。魚の間に卵を挟んでいくわけさ。山椒の葉も使うな。百日たった秋口には、毒が抜けて食べられるようになる。洗ってそのまま食べる。だから塩加減が大切だ。食べる時、塩出しすると味が落ちるから、最初からちょうどよい塩加減に漬ける」

一般的にいう塩辛ではなく糠を使った塩漬けだが、他の魚も一緒に漬けるのが特徴だ。

「猛毒が、そんなに簡単に抜けるんですか。なぜ、魚も一緒に漬け込むんですか」
矢継ぎ早の質問に、丑之祐さんは悠然と答えてくれた。
「百日で大丈夫。なぜって聞かれても、これまで誰も当たってないから。魚を一緒に漬けるのは、魚の旨みをフグの卵に移すためだ」

確かに、イクラやタラコは旨いと思っても、無毒化したフグの卵はさほどおいしいと感じたことはなかった。猛毒食材であるフグの卵を食べているという、心理的な満足感が大きい。粟島人は、さらに手間をかけ、味覚的な満足感も得ようというのだから恐れ入る。

「けっこう人気があってな。食べたがる人が多いので、今年は多めに漬けた」
少し味見させてもらえないかと、不躾なお願いをしたところ、
「去年のうちになくなった。旨いものから食べるわけさ。一緒に漬けたサバやメバルなら残っているが、これでつくる塩辛汁も旨いぞ」

追い打ちをかけるように、言った。
「フグは、捨てるところがないんだ」
身や皮、骨までカラカラに乾燥させて保存する。
「皮はうるかす(ふやかす)と、ふわふわと餅のようになるわけさ。それと筍をみそで炊いた、こみそ煮は旨いぞ」

他にも、干したフグの身と大根、人参、ゴボウ、焼き豆腐などを使った煮物は、正月に欠かせない料理だという。

まだ生乾きのフグの皮と身(2003年7月撮影)

「新潟地震で島が1.5メートルほど隆起するまでは、海の色が変わるくらい大量に浜へ押し寄せて、一網打尽にしたもんだ。フグの白子は生のまま食べた。固くならないように塩干しして焼いて食べても、甘くて旨いもんだったよ。肝からは油をとって灯明に使ったり、虫除けの農薬として田に撒いたこともある。生のフグのみそ汁も旨いよ」

タイの島のはずなのに、タイの話はほとんど出てこなかった。粟島では、タイは食材ではなく、売るための商品なのだ。

二日目の晩、塩辛汁をつくってもらった。宿の主人が、サバの塩辛汁をもってきた時、かなり臭かったのかもしれない。隣の家族連れが敏感に反応した。その怪しげな汁はな~に、奥さんがそんな顔をして興味深げにこちらを向いた。

食べた感想を率直にいえば、うまい!の一言。汁の表面に、脂がたっぷり浮かんでいる。味が深いし、コクもある。糠から出たのだろう、ほんのりとした渋味も味を引き締めていた。粟島の隠れた名産ジャガイモが、尖りそうになる塩味を優しく抑えていて絶品。大根やニンジンにも味がしみている。サバの切口は鮮やかな紅色を残して、美しい。

フグの卵の塩辛を味わうため粟島を再訪しなくてはと思いつつ、時が流れていった。

音信が途絶えていたWさんから、十数年ぶりに年賀状が届いた。フグの島が懐かしく思い出され、なんとかもう一度訪れたい。そう思っていたところ新潟まで行く用ができ、粟島まで足を延ばすことにした。

早速、フグの卵の塩辛が食べられる宿を教えて欲しいと、Wさんに連絡を取った。すると、二重に残念な答えが返ってきた。最近は手間のかかる保存食をつくる人が減り、フグ自体も捕れなくなり、粟島でもなかなか手の届かない食材になっているという。

まったくの家庭食材なので、誰がフグの卵の塩辛や乾燥したフグをつくっているか、分からない。究極の郷土料理は家庭料理であり、他人が垣間見ることはできない。フグの保存食も家庭の奥深くに秘められ、よそ者には手が出せなくなっているのか。
それでも珍味を得意とする宿があると、教えてくれたのが旅館たてしまだった。予約を入れると、1泊目はちょうど祭りの日で、食堂はどこも休み。昼食を島でとりたければ、わっぱ煮をつくってくれるという。

祭りではなんとズワイガニの接待まであった(2019年10月撮影)

祭りの当日、ビールを傾けわっぱ煮を楽しんでから、神輿を見ようと八所神社へ向かったところ、神社下の商店街で本神輿、若者の樽神輿、子ども神輿の3基が、早くも休憩していた。ご婦人方が、お菓子や肴、そしてビールや日本酒を配っている。

一挙にお祭り気分に突入したところで、笹団子をいただいた。島人も観光客も、分け隔てない。オバちゃんの手づくりだという。その後も神輿が止まるたびに、酒やご馳走が盛大にふるまわれた。本神輿の宮入まで見届け、まだ綱引きが続くという樽神輿を尻目に、宿へ戻る。

地元のオバチャン手づくりの笹団子は絶品(2019年10月撮影)

食卓には、期待以上の料理が並んだ。珍味の数々は、マダラのカゲ(鰓)とウドの味噌漬けのかき揚げ。マダイの胃袋のぬた風。マグロの心臓、心臓の弁、卵などのギョウジャニンニク和え。生のマダラの卵の醤油漬け。

もちろん、レンコダイ、サワラ、ヒラマサなどの刺身盛合わせや、サワラの煮つけ、タコの帽子の味噌和え、ネズレ(シタビラメ)のソテーも旨かったが、当たり前で少し物足りないというのは贅沢か。〆の醤油仕立てサバのあら汁も絶品だった。

旅館たてしまで提供された、魚介たっぷりの夕食(2019年10月撮影)

主人の五十嵐道行さんが、料理や粟島の説明をしながら、ずっと付き合ってくれた。フグの卵の塩辛について聞くと、宿を継いだ頃はお客さんが喜ぶだろうと一生懸命漬けたのだが、何年かでやめてしまったという。

「大丈夫だといっても、みんな怖がって食べないんですよ」
自分なら喜んで飛びついたのにというと、そういう人はほとんどいなかったとか。気がついてみると、伝統の味はそうやって消えているのかもしれない。

しかし、まだ粟島のどこかの家の片隅に……。幻と化したフグたちに、たどり着くすべはないのだろうか。


【粟島概要】
●所在地
新潟県 粟島浦村
●人口
323人(2021年3月 住民基本台帳住基人口)
●行政区分
明治22年 町村制施行に伴い、岩船郡粟島浦村となる

離島経済新聞 目次

寄稿|斎藤 潤・島旅作家

斎藤 潤(さいとう・じゅん)
1954年岩手県盛岡市生まれ。大学卒業後、月刊誌『旅』などの編集に関わった後、独立してフリーランスライターに。テーマは、島、旅、食、民俗、農林水産業、産業遺産など。日本の全有人島を踏破。現在も、毎年数十島を巡っている。著書は、『日本《島旅》紀行』『東京の島』『沖縄・奄美《島旅》紀行』『吐噶喇列島』『瀬戸内海島旅入門』『シニアのための島旅入門』『島―瀬戸内海をあるく』(第1集~第3集)他、多数。共著に、『沖縄いろいろ事典』『諸国漬物の本』『好きになっちゃった小笠原』などがある。

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