つくろう、島の未来

2024年04月27日 土曜日

つくろう、島の未来

島旅作家として日本の海に浮かぶ全ての有人島を踏破、現在も毎年数十島を巡るという斎藤潤さんによる寄稿エッセイ「在りし日の島影」。
第41回は、実人口わずか12人という瀬戸内海の鵜来島(うぐるしま|高知県)へ。鵜来島と沖の島(おきのしま|高知県)を巡り帰宅後、45年前の島旅で撮影した写真を整理していた斎藤さんが目に留めた一枚は、忘れていた在りし日の段々畑の姿だったといいます。

今より家が建て込んでいるように感じられる鵜来島の集落(1978年12月撮影)

記憶の彼方から蘇る、鵜来島の段々畑

昔の写真を見ていると、どこでなにを撮ったのか、分からないことがある。きちんと整理していれば、そんな事態に陥らないのだが、時系列的にアルバムへ放り込んだまま、というものも少なくない。

その程度の整理でも、自分で撮った写真なら分かる自信があった。だが、今となってみれば若気の驕(おご)り。そう気づいても、もう遅い。

さすがに主たる目的地やテーマは覚えているが、旅の途中でスナップしたものは、分からないものも多い。なぜこの写真を撮ったのか、と自問自答しても不明。

そんな中で、時々記憶の彼方から蘇るものもある。耕して天に至る鵜来島の段々畑も、そんな1枚だった。

鵜来島の段々畑。山頂付近まで耕されているが、耕作放棄地も見える(1978年12月撮影)

今夏、鵜来島と沖の島(おきのしま|高知県)を巡り、帰宅後に45年前の沖の島の写真を見直していて、謎の写真に気付いた。朧(おぼろ)な記憶をたどり、なんとか鵜来島の風景に違いないと思い至った。

撮影したのは、1978年12月末。宿は行き当たりばったりだったので、ここで上陸して泊まろうか、迷いながら撮った1枚。けっきょく、沖の島へ行ったが。

今回の沖の島は1978年以来で、鵜来島は2003年以来だった。同一航路上にある近接した島だから、2島一緒に巡ればいいのだが、それぞれ別々に行っていたのだ。接岸した経験を含めれば、鵜来島は3回目ということになる。

見上げるばかりの段々畑は、当時あの辺でよく見かける風景だったはずだが、それでも印象に残ったのだろう。今では、貴重な1枚となった。

桟橋から鵜来島集落と旧小中学校を一望する(2023年7月撮影)

今回鵜来島を訪ねた最大の理由は、ふつうに泊まれる宿ができたから。それまでも、宿はあることになっていたのだが、すべて釣り宿で拠点は本土側にある。

初の鵜来島は、島に数軒あるはずの宿すべてに断られ、休校中だった旧・鵜来島小中学校に泊めてもらった。その顛末は、拙著『日本《島旅》紀行』(光文社)で紹介している。

新しい宿にすぐ泊まりに行かねばと思ううちに、10年以上の月日が流れ、やっと訪れることができた。

元の軍道の両側斜面はすべ゙て段々畑だった(2003年5月撮影)

故郷へ戻って宿を始めたという女将の田中稔子(としこ)さんが、港で迎えてくれた。

実人口を問うと、「12人なんですよ」。本土と頻繁に往来して島にいることが多い人を含めても、19人だという。案内された併設のカフェでコーヒーをいただきながら、島話に興じる。

鵜来島が大好きで゙しょうがない田中稔子さん(2023年7月撮影)

おしゃべりする間、繰り返し話題になったのが段々畑。人口の減少や流通の発達により放棄地が増えていった段々畑だが、日々の楽しみや運動を兼ね、集落近くでは耕している人は少なくなかった。

それが、何年か前にイノシシがのさばるようになり、やめる人が増えた。厳重にガードしないと、せっかくの作物が根こそぎ奪われてしまうのだ。被害はまだ出ていないが、人がイノシシに襲われる恐れもある。

島の最高峰龍頭山(りゅうとうざん・標高250メートル)山頂周辺の砲台跡を見学に行く時、林の中へ入ったら時々大声を出しながら行くよう忠告された。イノシシに鉢合わせすると猪突猛進で襲ってきかねないので、その対策だという。

集落の中にも段々畑の名残があり、まだ辛うじて野菜などが作られていた。少し離れると、やや広い道から薮に埋もれた斜面両側の上へ下へと、1人が歩いて通れるほどの狭いコンクリートの階段やスロープが延びている。段々畑への入り口だった小径。

その跡をたどって見たくもあったが、鉈(なた)と鋸(のこぎり)がないと進めそうにない。また、いつイノシシと出くわすか分からない。薮(やぶ)が深いところは、放棄されて長いことたつのだろう。さらに時間が経過すると林になり、下草は枯れてしまい、薮はほぼ消えるようだ。

集落上から灯台方面へのびる旧軍道。両側には段々畑の痕跡が(2023年7月撮影)

林の中に入ると、至る所で段々畑を支えていた石垣が確認できた。段々畑は見方を変えれば、果てしない石垣の連続でもある。海岸から運び上げたのか、耕す途中に土中から発掘したのか。いずれにしても、苦労の塊というべき石を積み上げてつくられていた。

かなり崩れた石垣もあれば、比較的しっかりとした石垣もある。積んだ人によって耐久性も異なるのかもしれない。ひどく崩されているのは、イノシシの仕業だろう。ミミズなどを探すため、ほじくり返すらしい。

林の中には段々畑だった気配が゙残っている(2023年7月撮影)

砲台見学から戻り、また段々畑の話になった。山頂まで耕されていたと思い込んでいたら、頂の向こう側にまで畑が広がっていたと聞いて、溜息が出た。主な作物は、大麦とサツマイモ。肥料は、もっぱら下肥(しもごえ)だった。どれも重たいものばかり。

ほとんど手ぶらで山頂を往復しただけでヘトヘトなのに、かつて女性たちは数十キログラムの荷を背負い、急斜面を上り下りしたのか。そう思うと、嘆息すら出なかった。

女将の稔子さんは、林で覆われてから山に登っていない。子どもの頃は、段々畑のどこからでも集落を一望できた。自分の家や庭にいる家族まで、見分けがついた。そういうものだと思っていた場所が、薄暗い林に覆われてしまい、自分がどこにいるのか分からず不安に駆られる。だから、段々畑だった場所には行っていないという。

稔子さんの中では、段々畑に覆われた島こそが、本来の姿なのだろう。日常の当たり前の風景は、決して皆にとって当たり前ではないのだ。

朝日を浴びる龍頭山。かつて、緑はほとんどなく段々畑に覆われていた(2023年7月撮影)

最後に一番心(というより舌)に残ったものを、紹介しておこう。久々に、これは!とうなる料理が並んだ。地元の味が思い切り香り立ち、自分の気持ちは舞い上がる。

その土地らしい料理や食材との出会いを楽しみに旅しているのだが、最近はめったに遭遇しなくなった。なぜか、理由を考えてみよう。

資源そのものと確保する人手の減少により、食材が手に入らなくなった。知らない食材より食べなれた食材(例えばサーモンの刺身)を喜ぶ客が増えた。人手不足や高齢化で、食事そのものの提供ができなくなった。

具体的に味わえたものを、並べておきたい。どれもこれも心に沁みる美味だった。

刺身盛合せ。左から、タビエビの生と茹で、タカタカ、キリアイ(右奥)(2023年7月撮影)

メジカ節と擂り潰した落花生と伊予の甘い麦味噌を出汁でのばしてご飯にかけた、冷やし汁。港の岸壁でつかまえたタビエビ(ゾウリエビ)の刺身と味噌汁。キリアイ(マガキガイ)、タカタカ(ギンタカハマ)、タビエビをゆでたもの。岸壁で釣った大きなホタの煮つけ。やや酸味が感じられるハクサイの古漬けなどなど。

春先、卵を持つ前のセイ(カメノテ)は、鵜来島のものは大きくて旨いと評判が高く、本土から商売人がやってきて、ごっそり取っていくという。
「漁業権が設定されていないので、取り放題なんです……」

今度食べに来なくてはと思ったのが、岩ノリとクボガイ(小さな巻貝)を佃煮にして白飯に混ぜたメノリ飯。説明だけで、これが絶品だと想像できた。これらも、人が暮らしているからこそ伝えられる島の食文化だろう。なんとか、地元で食べ継がれていけばいいのだが。


【鵜来島概要】
●所在地
高知県宿毛市沖の島町
●人口
27人(2023年9月 住民基本台帳人口)
●行政区分
明治22年 町村制施行に伴い高知県幡多郡沖ノ島村となる
昭和29年 宿毛町・小筑紫町・橋上村・平田村・山奈村との合併により宿毛市となる


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離島経済新聞 目次

寄稿|斎藤 潤・島旅作家

斎藤 潤(さいとう・じゅん)
1954年岩手県盛岡市生まれ。大学卒業後、月刊誌『旅』などの編集に関わった後、独立してフリーランスライターに。テーマは、島、旅、食、民俗、農林水産業、産業遺産など。日本の全有人島を踏破。現在も、毎年数十島を巡っている。著書は、『日本《島旅》紀行』『東京の島』『沖縄・奄美《島旅》紀行』『吐噶喇列島』『瀬戸内海島旅入門』『シニアのための島旅入門』『島―瀬戸内海をあるく』(第1集~第3集)他、多数。共著に、『沖縄いろいろ事典』『諸国漬物の本』『好きになっちゃった小笠原』などがある。

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