閉じる ×

「島のことはリトケイで」
離島地域専門WEBメディア

離島経済新聞

 

インタビュー

島々仕事人 #006 『しーまブログ』編集長 深田小次郎さん 1

人口約12万人が暮らす奄美群島には3,800もの島人ブログがあり、島人たちが投稿する日々の話題でにぎわっています。「島々仕事人」は島と島をつなぐ仕事に携わる仕事人の想いを紹介する企画。今回は、奄美のブログサイト『しーまブログ』編集長・深田小次郎さんです。

c1b5c4d6960cebad10599e47cd5a768b-609x406

#01 こういうサイトがあれば、見たい人はいるだろうな

奄美大島の北部、笠利(かさり)で生まれ育った深田小次郎さんは、現在『しーまブログ』という奄美群島のブログを集めるウェブサイトを運営しています。人口約12万人の奄美群島に3,800ものブログがあるという深田さんに、リトケイ編集長が話を伺いました。

鯨本

深田さんは奄美大島出身になりますか?

深田

はい。奄美大島の北のほうの笠利(かさり)というところになります。一応、生まれは神戸になるんですけど、ほとんど記憶もないし、1歳になる前に島に来て。笠利で育って小学校、中学校までは笠利で、その後は鹿児島の高専に行って。そのときに初めて島を離れました。

鯨本

なるほど。では、まず『しーまブログ』をつくるまでの流れを教えてください。

深田

高専(5年制)の3年生までは高校野球をやっていて、4年生から音楽をやりはじめました。音楽をやろうと思って20歳で東京にいって、27歳くらいまで音楽活動をやっていました。

鯨本

最初は野球と音楽だったんですね。

深田

島から内地に出てきたら「どっから来た?」と聞かれて「奄美大島から!」って答えると「どこ?」という人がいたり、「おー!」という人がいたり、反応がさまざまなのがおもしろくて。東京にいながら島を感じるという時期を20代のときに過ごしていました。

鯨本

音楽活動では何をされてたんですか?

深田

ロックバンドでドラムをやっていて、それでプロになることしか考えてなかったですね。その時は別に島の音楽をやるわけでもなく、バンドのメンバーもみんな内地の人と組んでました。

鯨本

そんな深田さんが「島」のことをはじめたのはいつ頃ですか?

深田

33歳頃に『しーまブログ』を始めてからです。『しーまブログ』を始める前は島のことはまったくやってなく。27歳で音楽を辞めてからそれまでは、結構もがいていました。資格勉強しようかなと思って、司法書士とってみようかと……。

鯨本

司法書士?

深田

それで2回落ちたりとかね。大変だなぁ、これは真面目に勉強せんと無理だなぁと思って。

鯨本

それから『しーまブログ』をつくることになったのはどうしてでしょう?

深田

バンド活動をやっていた頃、並行して通信社の契約社員として、世界中から入ってくるニュースが全国のマスコミに入っているかを確認する部署で働いていたんです。そこで、情報の流れを見ながら、おもしろいなって思っていました。

社員の人に聞くと、昔は写真1枚を送るのも、すごく大変で情報の価値が高かったけど、今はインターネットでどんどん流せる時代で、情報がタダで手に入る時代だから情報が売れなくなってきていると。

それで「情報を出しやすくなる」ってことは、今まで僕らは東京からしか情報をとっていなかったけど、島から全世界に向けて情報を発信できる時代だなーって思ったんです。

鯨本

なるほど。

深田

そこで、暇な時に島のブログを集めはじめたんです。「奄美」「ブログ」とかで検索して、当時はアイグーグルというサービスがあって、ブログを貼付けて集められたので、毎朝、島のブログを見るのが日課になりました。

鯨本

面白いですね。

深田

その時、はじめからこういうサイトがあればいいのになと。僕が見てるくらいだから、他にも見ている人は絶対いるだろうなって。それから『しーまブログ』をつくろうという流れになりました。

142b5d83f32de9d0215ac5460d7ba06e-609x381

しーまブログ

鯨本

『しーまブログ』はお兄さんと一緒につくられているそうですね。

深田

兄貴と一緒に役割分担してやろうかって!といってはじめました。当初、僕は東京にいて、島にも頻繁には帰っていなかったから、技術的な部分は東京でやって、島人への説明とか会合とかは兄貴にまかせて……という役割で。でも最近は兄貴も本業が忙しくなっていて、僕も頻繁に帰るようになったんで、僕は『しーまブログ』一本になりました。

鯨本

すごいですね。奄美群島には12万人近くの人が暮らしていて離島のなかでも人口は多いんですが、最初はどのようにブロガー(ブログを執筆する人)を増やしていったんでしょう。

深田

今でこそTwitterとかFacebookが出てきていますが、4年前は島でブログやってる人はほとんどいなかったんですよね。

鯨本

ですよね。リトケイを立ち上げたのも4年近く前ですが、その頃はまだ島の人が書かれているブログもほとんど探せませんでした。

深田

当時、ブログは感度の高い人たちとか、ITスキルがあったり、情報が速い人がやる特別なものだったんです。それを一般の人がやるようになったらもっとおもしろいだろうなぁと思って、奄美でブログ講習会をどんどんやったんです。

鯨本

ブログ講習会は良いですね。

深田

新聞広告を出したり、飛び込みで商店街に行ったり、ビラを配ったり。奄美大島のほかにも、喜界島とか徳之島とかにも行って同じように勉強会をしました。それを「面白いことしてるね」って見てくれる人がいて、「情報を発信したい」という人もいっぱい出てきました。そのうち、ブログが特別なものじゃなくなって、普通の人も書けるようになったイメージです。

鯨本

2010年頃は離島経済新聞社をはじめる前の時期で、島の情報も今よりずっと引っかからなくて、それが今ではずいぶん変わったような気がします。今現在、奄美群島のブログは相当多いと思うんですが、それはやはり深田さんの勉強会の功績ですね。

深田

そういう時代の流れだったかもしれないですね。

鯨本

早い時期に流れができて良かったですよね。奄美の人たちが時代の波に乗れているような気がします。今のブログ数はどれくらいですか?

深田

今は3800ぐらいです。9割8分くらいは島の人のブログですね。

鯨本

それだけ書き手がいるって、すごいですよね。

〈#02「ピラミッド型の出身者組織。でも若い人がいない。」へ続く〉


深田小次郎(ふかだ・こじろう)

奄美大島笠利出身。高校時代は鹿児島で野球に励み、21歳でロックバンドでプロを目指し上京。27歳まで音楽活動を続けた後、夢をリセットし司法書士の試験を受けるも合格には至らず。通信社での経験を活かして2010年2月に『しーまブログ』を立ち上げ、編集長に就任。

(文・鯨本あつこ/写真・大久保昌宏)

離島経済新聞 目次

『季刊ritokei(リトケイ)』島々仕事人

離島経済新聞社が発行している 全国418島の有人離島情報専門のタブロイド紙『季刊ritokei(リトケイ)』 本紙の中から選りすぐりのコンテンツをお届けします。 「島々仕事人」は島と島をつなぐ仕事に携わる仕事人の想いを紹介する企画。 日本全国の「島」にかかわる、さまざまな仕事人をご紹介します。

『季刊ritokei』はどこで読めるの? >> 詳しくはこちら

  • 170801_rito_camp_bnr_3
  • NPO_ban
  • 160824amaminoamami_bnr2
  • 171030bnr
  • ランキング
  • 最新記事

新着記事

注目の話題>>

島を知る>>

島々の行事やイベント>>

島緑人に訊く>>

寄稿コラム>>

島々からの募集情報>>

季刊リトケイ