つくろう、島の未来

2020年10月29日 木曜日

島旅作家として日本の海に浮かぶ全ての有人島を踏破。現在も毎年数十島を巡るという、斎藤 潤さんによる寄稿エッセイ「在りし日の島影」。第4回は、佐柳島(さなぎじま|香川県)へ。廃校から人を呼ぶカフェ兼宿泊施設として再生した小学校を、斎藤さんが訪ねます。

ネコノシマホステル客室への通路(2018年4月撮影)

思い出の詰まった校舎が、人の集まる場に

過疎化の先頭を切っている島で、廃校を見かけることは珍しくない。そして、元校舎がいろいろな形で有効利用されていることも多い。しかし、一般の人も泊まれる廃校は少ない。宿泊は、児童生徒と引率教員に限られるケース(※)が大半だ。管轄の問題や目的外使用など、法律的にいろいろと制約があるらしい。

※北木島(岡山県)の北木島宿泊研修所など、廃校を利用した施設には教育目的での使用が推奨されているものが多い

そんな中で、見事に生まれ変わり、旅人たちや島人たち、そして、出身者たちを元気づけている元廃校がある。この10年ほど、猫の島としてにわかに注目されるようになった佐柳島に遺されていた、佐柳小学校だ。佐柳島には、南に本浦、北に長崎という2つの集落があり、学校はその中間にあった。

8年ばかり前、佐柳島をじっくり取材するため、「佐柳島体験センター」として整備されていた佐柳中学校に泊めてもらえないか打診したところ、断られたことがある。あくまで、子どもたちの体験のための宿泊でなければならないというのだ。

規則なら仕方ないと思いつつも、もっと柔軟に運用すれば、廃校も活用できるのにと残念だった。だから、2017年の夏に、カフェも付設したゲストハウス「ネコノシマホステル」として、新たな命が吹き込まれた時は感慨深かった。何の気兼ねもなく、佐柳島の廃校に泊まることができるようになったのだ。

閉校した佐柳小学校(1998年12月撮影)

翌春、いそいそと佐柳島へ向かった。長崎で下船して、ネコノシマホステルへ向かう。

左手に瀬戸内海を眺めながら15分ほど歩くと、八重桜の咲く空き地が見えてきた。昔の校庭だった。コンクリートの味気ない元中学校校舎の前を通り過ぎると、木造の元小学校校舎が建っていた。玄関脇の壁と前の通りに、黒板にチョークで「ネコノシマホステル+喫茶ネコノシマ」と手描きされた看板がある。

中には、木造りの温かな空間が広がっていた。奥の棚に、天秤、試験管、方針磁石、音叉、タンバリン、黒板消し、木琴などが飾られ、学校へ帰ってきたような気分になる。

玄関奥の広い空間が喫茶ネコノシマで、元職員室。ウッディで昭和の香りが漂う空間には、年代物のソファーや万力を備えた工作台が、ゆったりと配置されていた。
メニューは出席簿をアレンジしたもので、こだわりが半端ではない。海側に飛び出した元保健室には、人体模型や視力検査表、様々な医療器具の詰まった棚もある。窓辺のカウンター席に座ると、周辺の島々が一望された。

チェックインカウンターで支払いを済ませると、元資料室だった客室に案内された。

宿の村上淳一・直子さん夫妻は共に地域おこし協力隊で、本業と並行して宿とカフェを経営していた。淳一さんのお祖父さんが島出身で、久しぶりに訪れた島に遺る木造校舎を有効利用する企画を提案したところ、多度津町初の協力隊員として採用されたという。

客室は、床も天井も壁の腰板も、どれも使い込まれた風情の白木。
「繰り返し水拭きしては、ワックスをかけました」と、直子さん。
1954年に建てられた佐柳小学校の校舎は、1992年に休校になって以来二十数年間、人手も入らず時の流れが止まったままだったので、昔の面影をよく留めていた。

「ネコノシマホステル」客室からの眺め。正面は広島(2018年4月撮影)

室内には、ベッドと懐中電灯替りのランタンがのった子ども用の椅子があり、裸電球がぶら下がっている。そして、窓辺のベンチと資料棚。棚には、土偶や埴輪、鉱物標本や地球儀、分厚い地図帳などが並び、見ているだけで異界に引き込まれそう。

猫島らしく、宿にも猫が何匹も出没していた。宿周辺で猫と戯れてから、シャワーを浴びた。シャワーとトイレは別棟で、トイレは洗浄機付き便座だ。

午後7時に喫茶ネコノシマへ行き工作台の前に座ると、予約していた夜ランチ(日替わり島の夜ごはん定食)がやってきた。1人前1,000円なので、それほど期待はしていなかったが、なかなか充実した内容だった。とりわけ、瀬戸内のメバルがうまい。

喫茶ネコノシマは猫客も多いが、平日は島の人たちもたくさん来る。

「カフェには、島の人に来てもらいたかったので、嬉しいです。ただ、両集落の中間に位置しているので、足の悪いお年寄りが来づらいのは残念ですが」

宿も、観光客ばかりでなく、島出身者やその家族にも利用されていた。
「泊まるところができたから、島へ帰ってみよう」
島に宿ができ、それも学校と知って、数十年ぶりに島へ戻ってきた人もいる。かつては民宿があったのだが、最後の1軒が消えてから20年くらい経つ。親しくしている親戚がいれば里帰りしやすいが、縁遠くなると親戚だからこそ煩わしい。新しい宿は、そんな人たちの受け皿にもなっていた。

子どもたちがよく登った思い出の「サルスベリはまだあるのか」などという、問い合わせも多いという。自分の人格形成に大きな役割を果たした故郷の光景は、いつになっても懐かしいものだ。そのサルスベリにするすると登って行く猫たち。

部屋に戻ってしばらくしてから、明かりを消して窓辺のベンチに座り海の夜景を楽しむことにした。夜空を見上げると無数の星が瞬いている。微かに伝わってくる潮騒を肴に寝酒を傾けていると、穏やかな波の中を漂っているような気分になってくる。

何十年ぶりという帰郷者たちは、脳裏を巡る過去に胸を熱くしながら、この夜景に眺め入るのだろう。思い出の詰まった校舎は、在りし日を想う格好の場に違いない。

2020年10月現在、コロナ禍のため施設は休業しているが、遠からず再開されることを切に願う。


【佐柳島 概要】
●所在地
香川県仲多度郡多度津町(たどつちょう)
●人口
67人(2020年6月 住民基本台帳住基人口)
●行政区分
明治23年 町村制の施行により那珂郡佐柳嶋が那珂郡佐柳島村として発足
明治32年 郡制の施行により那珂郡と多度郡が合併し、仲多度郡が発足・編入
昭和31年 多度津町に編入

離島経済新聞 目次

寄稿|斎藤 潤・島旅作家

斎藤 潤(さいとう・じゅん)
1954年岩手県盛岡市生まれ。大学卒業後、月刊誌『旅』などの編集に関わった後、独立してフリーランスライターに。テーマは、島、旅、食、民俗、農林水産業、産業遺産など。日本の全有人島を踏破。現在も、毎年数十島を巡っている。著書は、『日本《島旅》紀行』『東京の島』『沖縄・奄美《島旅》紀行』『吐噶喇列島』『瀬戸内海島旅入門』『シニアのための島旅入門』『島―瀬戸内海をあるく』(第1集~第3集)他、多数。共著に、『沖縄いろいろ事典』『諸国漬物の本』『好きになっちゃった小笠原』などがある。

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