つくろう、島の未来

2020年11月24日 火曜日

島旅作家として日本の海に浮かぶすべての有人島を踏破。現在も毎年数十島を巡るという斎藤 潤さんによる寄稿エッセイ「在りし日の島影」。
第2回は、世界で唯一礼文島(れぶんとう|北海道)だけに咲く固有種の高山植物・レブンアツモリソウについて。環境省の絶滅危惧種にも指定されていますが、着実に再生しつつあるという嬉しい報告です。

日本最北端の島に咲く花、レブンアツモリソウ

レブンアツモリソウとの出会いは、初めて北海道を訪れた1972年の秋に遡る。

10月下旬の礼文島は、初冬の気配が忍び寄り風景は枯草色に染まっていたが、島の北端から南端近くまで歩く8時間コースで味わった雄大な景観と、点在する小さな漁村に暮らす人たちの生活に魅せられた。
また、高山植物の花々が全島いたるところで咲き乱れる初夏のすばらしさを聞き、美しい花々と緑あふれる風景の絵葉書を見て、翌春の再訪を誓っていた。

中でも、特に心惹かれた1枚の絵ハガキがあった。
淡いクリーム色のぽってりとして、ややうつむき加減の清楚な花が3輪。こんな夢の中にしか咲きそうもない花が、礼文島では原野で花開くのか。世界でも礼文島にだけ咲く特別な花に、一度会いに行きたい。

40数年前は、東京から礼文島まで、国鉄の急行と青函連絡船を乗り継ぎ夜行列車に2泊して早朝稚内に到着。さらに船に乗り換え、約40時間かけて辿りついたものだった。貧乏な学生には、それ以外の選択肢はなかった。3日目の昼前、礼文島に到着すると寝不足をものともせず、絵葉書を片手に高山植物の宝庫、桃岩(※現在立入禁止)に向かった。

当時から島の北部に群生地という保護区はあったが、囲い込まれていない花と会いたかった。自然監視員に、レブンアツモリソウが咲く場所を聞いたところ、盗掘の目印になる花は、咲き次第摘み取っているので、見つけることは無理だろうとのこと。花の保護のため、花を毟(むし)り取るなんて、納得できなかった。

ならば、自力で見つけてやる。絵葉書の構図から桃岩近くの崖に咲いていると当たりをつけ、緑に覆われた斜面に目を凝らしながら歩き続ける。やがて、急崖の途中に灯る白い明かりに目がとまった。風化した砂礫(されき)に足を取られながら、急傾斜を下る。

吹き上げてくる風に微かに震えながら、クリーム色の花が一輪たたずんでいた。人間の保護下にないレブンアツモリソウに、やっと会うことができた。どのくらい見詰めていたことだろう。盛りはやや過ぎているようだが、臈(ろう)たけた気品に衰えはなかった。

桃岩と知床の間を探索してやっと出会ったレブンアツモリソウ(1973年6月撮影)

それから四半世紀過ぎた1999年、例のレブンアツモリソウの絵葉書がひょっこり出てきて、無性に会いたくなった。
羽田空港を12時半に発ち、稚内でエアー北海道のデハビラント機に乗り継ぎ、礼文に着いたのが15時。40時間かかった学生時代を想うと、隔世の感だった。乗客がぼく1人だった稚内―礼文便は、残念ながら2003年3月いっぱいで廃止となってしまったが。

空港近くの宿に荷を解き、早速初めての群生地に向かう。道標に従って歩くと、鉄条網に囲まれたなだらかな丘陵が現れた。レブンアツモリソウの絨毯を妄想していたが、そんな光景は見当たらない。

「アツモリソウ群生地」遊歩道の開放について、という立看板があった。その年の開放期間は5月25日~6月20日、開放時間は午前9時~午後5時。
改めて草原に目を凝らすと、あった! ササの蔭に隠れるように1輪2輪。一度目につくと、斜面のあちらこちらで次々と灯火が点るように立ち現れた。人影はまばらで、カメラを構えた人が2人いるだけ。

清楚な艶姿を、近くでじっくり拝もう。時々深い霧に覆われるせいか、ぽってりした花びらにたっぷりと露を結んでいる。青空の下で白く輝くレブンアツモリソウもいいが、狭霧に包まれ憂いを帯びた立ち姿も麗しい。そのうち、蕾の色が全く異なる株を発見。怪しんでいると、監視員の柳谷遵勝さんが教えてくれた。

「カラフトアツモリソウです。向こうには、これとレブンアツモリソウの交雑種と思われるものも咲いています。誰かが種を播いたという説もあるが、なぜここにあるのか分かりません」

レブンアツモリソウを語りはじめると、柳谷さんのエピソードは止まらなかった。「昔は草原が真っ白になるくらい咲いていた」「種と株分かれの両方で増える」「子どもの頃は色インクを吸わせて白い花に着色して遊んだ」「まあキレイ、と悪気もなく花を摘む人がいる」。現在は、花の季節は監視員、営林署、警察、役場が協力し、24時間監視態勢で盗掘を防いでいるという。

「観光客は増えましたが、大型バスでどっとやってきて数分で遊歩道を一巡りするだけ。興味のない人は遊歩道にも入らない」

と、いかにも残念そう。カラフトアツモリソウの処遇は決まっていないが、交雑種が増えないよう蕾は摘んでしまうらしい。その後、怪しい花を見たことはない。

レブンアツモリソウの人工増殖に取り組む高山植物培養センターを訪ね、無菌室で培養している芽を見せてもらったこともあった。

「初めは手探りで培養技術の確立に4、5年かかりました。共生菌が大切で、これがいないと発芽しません。個人的には、たくさん作って販売できたらと考えています。それが、一番有効な盗掘防止策になるはずです」

高山植物園では今も細々とレブンアツモリソウの栽培が続いているが、販売という話は未だ聞こえてこない。やはり、野の花は自然の中にいてこそ、光るもの。愛しの花に会いたければ、礼文島まで出向けばいい。

群生地以外で見かけたレブンアツモリソウ(2018年6月撮影)

自分の老い先が見えてきたからか、2013年からほぼ毎年レブンアツモリソウに会いに行くようになった。その頃から、嬉しい変化がはっきりと現れ出した。レブンアツモリソウが、着実に増えつつあるのだ。鉄府の海辺には新たな群生地が登場し、鉄条網で囲まれ監視員が付くようになった。

元祖群生地では相変わらず群がり咲くが、近くでもポツンポツンと咲くようになり、最近では群生する場所まで見つかった。他の思いがけない場所で、遭遇することも稀ではなくなっている。

一番嬉しいのは、桃岩展望台周辺でまたお目にかかれるようになったこと。40数年前のように摘まれることなく、遊歩道のすぐ脇で花をつけている。色も形も異なる他の高山植物と混じりあい満足げに咲いているレブンアツモリソウは、とても幸せそう。見ているこちらまで、ほっこりした気分にしてくれる。

遊歩道沿いに咲いていたレブンアツモリソウ(左中央)(2018年6月撮影)

【礼文島 概要】
●所在地
北海道礼文郡礼文町
●人口
2,477人(2019年12月 住民基本台帳人口)
●行政区分
明治35年 北海道二級町村制の施行により、礼文郡船泊(ふなとまり)村・神崎村の合併で「船泊村」、香深(かふか)村・尺忍(しゃくにん)村の合併で「香深村」の2村発足
昭和31年 船泊村・香深村の合併で礼文村となる
昭和34年 町制施行で礼文町となる

離島経済新聞 目次

寄稿|斎藤 潤・島旅作家

斎藤 潤(さいとう・じゅん)
1954年岩手県盛岡市生まれ。大学卒業後、月刊誌『旅』などの編集に関わった後、独立してフリーランスライターに。テーマは、島、旅、食、民俗、農林水産業、産業遺産など。日本の全有人島を踏破。現在も、毎年数十島を巡っている。著書は、『日本《島旅》紀行』『東京の島』『沖縄・奄美《島旅》紀行』『吐噶喇列島』『瀬戸内海島旅入門』『シニアのための島旅入門』『島―瀬戸内海をあるく』(第1集~第3集)他、多数。共著に、『沖縄いろいろ事典』『諸国漬物の本』『好きになっちゃった小笠原』などがある。

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