※この記事は『ritokei』30号(2019年11月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。
先の見えない闇に迷い立ち止まる時
深呼吸するように
ほぐれゆく心に小さな火が灯る
東京で暮らす中学生・川嶋有人は、医師である叔父との旅行中、飛行機の中で急病人を救った叔父の姿に憧れを抱き、医師になることを夢見ていた。そんなある日、有人は学校で重度のアレルギー発作を起こした転入生の救助に失敗し、その出来事をきっかけに引きこもりとなってしまう。
挫折感を引きずり、自室に引きこもったまま中学を卒業し、携帯電話のゲームアプリに没頭するだけの無為な毎日を送っていた有人。そこに、北海道の小さな島で島内唯一の医師となっていた叔父が訪れる。「未来の自分を想像してみないか」。叔父の熱心な勧めにほだされた有人は東京を離れ、叔父が暮らすその島の高校に一年遅れで入学する。
小説に登場する照羽尻島(てうじりとう)は、北海道の北西に浮かぶ海鳥の楽園・天売島(てうりとう|北海道羽幌町)がモデルだ。実際の天売島は人口280人で、天売高校では島外から離島留学生を受け入れている。
夢への挫折と思春期特有の自意識から、人目が気になり破裂しそうな息苦しさを感じていた有人は、誰もいない場所を目指してたどり着いた島の断崖絶壁で、この世に人間が現れる以前から、変わらぬ姿で飛び回る海鳥たちの姿を目にして脱力する。
モデルとなった天売島は、「オロロン島」の愛称で知られるウトウが集う島として知られている。雛を育てるためにくちばしいっぱいに小魚を咥えて帰巣するウトウの姿や、海鳥を呼び寄せるために崖下に設置された「デコイ」、人口減少に伴う生徒数の減少から廃校になりかけた地元の高校を存続させるため、中卒で漁師になった者や引退した漁師、主婦など島の大人たちが高校に入学して学校を守った歴史など、実際の天売島と重なる要素が、物語を紡ぐ。
自宅にはインターネットはなく、近所にコンビニもない島の環境を有人は受け入れ、学校生活にも徐々に慣れていく。そして、医師である叔父を慕い、有人にも気さくに話しかけてくる島の人々との触れ合いや、大人たちの仕事を手伝う時間を通して、有人の心は少しずつほぐれ、深呼吸するように感情が変化していく。
幼虫が蛹に篭り、蝶に変わろうとするとき、その幼虫は一度ドロドロに溶けて形を失うという。苦しみを経て元気を取り戻していく有人。その姿を、共に小さな学校に通う仲間たちは受けとめ、島の大人たちもそっと見守る。
人が変わるには時間がかかる。風が吹き付けるなか、蛹から抜け出し、蝶になろうとするなら、そこにどんな人がいて、どんな場所があったらいいだろう。人の成長にとって大事な存在はなにかをこの本は教えてくれる。
(文・石原みどり)