愛媛県宇和島市の九島と、宇和島市の町並みを舞台にした映画『海すずめ』が、2016年7月2日(土)から全国の映画館で上映されている。
©2016『海すずめ』製作委員会
始まりは王道の青春映画、なのに冴えない主人公
2016年4月、愛媛県宇和島市の陸地部と沖合の九島を結ぶ九島大橋が架かった。九島大橋の架橋を目前とした2015年から架橋にかけての時期に、宇和島市を舞台に撮影された映画がある。この夏公開の『海すずめ』だ。
映画は、乙女が自転車で海辺を走り抜けるシーンで幕をあける。……というと、いかにも王道を行く青春映画のオマージュ風だが、どうも彼女が自転車を漕ぐ姿は、何かに抗うかのようにがむしゃら過ぎるし、その表情は冴えない。
この主人公、物語のほとんどを自転車に乗って登場する赤松雀(あかまつ・すずめ)は、二作目の書けない小説家。文学賞を獲得し華々しくデビューしたものの、スランプとなり東京を後にし、実家住まいしながら宇和島市立図書館の自転車課で本の配達をしている。
子どもの頃から自転車が好きだった雀は、自転車で本を配達する仕事は好きなものの、夢だった小説が少しうまくいってダメになった挫折感からか覇気がなく、遅刻が多いなど、しょっちゅう叱られている様子。明るく健気、周囲に愛され成功していく朝ドラなどのヒロインと比べると、随分頼りない。
市役所に勤める同級生に頼まれた資料探しも何カ月か放っておき、それが宇和島藩開藩400年を祝う「宇和島伊達家400年祭」に必要な重要なものだったことから、地域の人々を巻き込む大騒動に発展してしまう。この騒動の顛末を映画は描いていく。
怒り心頭の同級生や図書館の上司や同僚に対して、詫びるでもなくフワフワとした無関心な態度をとり続ける雀。周囲からすれば、意味不明で腹立たしい。雀もこのままではいけないことは感じているけど、小っぽけなプライドを守る気持ちから虚勢を張ってしまうのだろう。
青春時代、煮え切らない時間を過ごした記憶がある人は少なくないだろう。たくさんの人々に見守られているのに、なかなかそのことに気付けない雀。人間らしいリアルな迷いや弱さを抱えたまま、見つからない資料を探して右往左往する。
たくさんの人の心に、橋が架かる物語
©2016「海すずめ」製作委員会
自らの小さな決断や行動がきっかけで物事が動き出し、期せずして、人の心をも動かしてしまうことがある。自分の殻に閉じこもっていた雀も、行動することで他者と経験を共有していく。雀の起こす波紋が、橋を架けるように人々の心を結びつけ、いつの間にか雀自身の心にも、未来へ向かう橋が架かる。
「宇和島伊達400年祭」の様子や、実在の宇和島伊達家13代当主も登場し、九島大橋が架かる前後の貴重な記録映像にもなっている今作。宇和島城などの名所を始め、人々の暮らしが感じられる何気ない町並みや、みかん畑、宇和海の美しい入江などの風景も、今作の見所だ。
宇和島市はサイクリングでまちおこしをしていて、ロードバイクなどのレンタサイクルが整備され、おすすめコースなどを掲載したマップも配布している。海風を感じながら自転車で走ったら、気持ちが良さそうだ。『海すずめ』を観ると、雀のように自転車で宇和島市の町並みを駆け抜けてみたい気分になる。
(文・石原みどり)
【関連サイト】
映画『海すずめ』公式サイト
東京在住、2014年より『ritokei』編集・記事執筆。離島の酒とおいしいもの巡りがライフワーク。鹿児島県酒造組合 奄美支部が認定する「奄美黒糖焼酎語り部」第7号。著書に奄美群島の黒糖焼酎の本『あまみの甘み 奄美の香り』(共著・鯨本あつこ、西日本出版社)。ここ数年、徳之島で出会った巨石の線刻画と沖縄・奄美にかつてあった刺青「ハジチ」の文化が気になっている。