※この記事は『季刊ritokei』34号(2021年2月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。
長生きしてくれて 共に過ごしてくれて
本当にありがとう
人と丸ごと向き合う 島医者の日々
瀬戸内海に浮かぶ山口県の周防大島(すおうおおしま)。島に暮らす約15,000人のうち65歳以上の高齢者が半数以上を占める。映画『結びの島』は、東京の大学病院を辞め、故郷の周防大島で診療所と複合型介護施設を営む、岡原仁志医師の日々を追ったドキュメンタリーだ。
島で地域医療に取り組む岡原医師が目指すのは「大切な1日1日を笑顔で過ごしてもらえる医療」。病気を患い傷を負った身体だけでなく、心の元気を取り戻し、人が笑顔になるために岡原医師が取り入れたのが挨拶の「ハグ」だった。
「田植えは終わった?」「お迎えはいつ頃がいい?それはまだ早いね」。雑談や冗談を交えた診察の終わりに、医師は大きく両手を広げて患者と抱き合う。医師からのハグの呼びかけに、笑顔で応じる人、恥ずかしがってうつむく人。反応の仕方に人となりが滲みでる。
岡原医師のクリニックでは、スタッフ同士の間でも朝礼の後にハグとハイタッチが行われ、1日が始まる。日本には、ハグを行う文化はあまりないが、誰しも赤子や子どもの頃に、自分より大きな大人に抱き上げられたことがあるはずだ。心を開いた人とのハグは、記憶の奥底に眠っていた安心感や温もりを思い出させてくれるのだろう。
岡原医師は、訪問診療や在宅での看取りにも力を注ぐ。老いて患い、ベッドの上で間も無くいのちの火が燃え尽きようとしているお年寄りのために、道に咲く花の写真を撮る岡原医師。目を開けることができない人には、その日の海の波音を録音し、耳元で流しながら、返事がなくても繰り返し呼びかける。
医師の励ましやいたわりは患者本人だけでなく、大切な人を見送る家族にも向けられる。真剣な眼差しで病状や治療方針を話し合い、冗談やハグで家族の思いを丸ごと抱きしめながら、家族全員が心を整え、納得のいく終末を迎えられるよう心を砕く。
周防大島町内には、『大往生の島』(佐野眞一)として描かれた沖家室島(おきかむろじま)もあるが、瀬戸内にかつてあった地域による相互扶助は、島外の病院や施設で最期を迎える人が増えたことで急速に失われている。伝統的な支え合いに代わる包括的なケアの場ともなれるよう、岡原医師はカフェやサロンを備え、地域のコミュニティに開かれた複合型介護施設の運営にも取り組む。
岡原医師の原動力は、島で暮らしてきた人生の先輩への、感謝の心。治療を施す医療者と患者の一方的な関係ではなく、島で暮らす仲間として患者と家族に接し、一人ひとりの命に向き合う。その姿勢はスタッフにも受け継がれ、ケアをする人、される人の間であふれる笑顔に、地域医療だからこそ実現可能な医療の本質が輝いている。
(文・石原みどり)
【関連サイト】
『結びの島』
製作配給:株式会社ディンギーズ
監督:溝渕雅幸
製作統括:藤原福次
2020年/日本/108分/4KDCP/ドキュメンタリー
東京在住、2014年より『ritokei』編集・記事執筆。離島の酒とおいしいもの巡りがライフワーク。鹿児島県酒造組合 奄美支部が認定する「奄美黒糖焼酎語り部」第7号。著書に奄美群島の黒糖焼酎の本『あまみの甘み 奄美の香り』(共著・鯨本あつこ、西日本出版社)。ここ数年、徳之島で出会った巨石の線刻画と沖縄・奄美にかつてあった刺青「ハジチ」の文化が気になっている。