※この記事は『季刊ritokei』37号(2022年2月発行号)』掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。
ふるさとの島に漂う香り、唄、ことば
手探りで求める 私とつながるどこか 私とつながるだれか
映画はのびやかな民謡の調べで幕を開ける。戸を開け放った民家の縁側で青年が三線を弾き歌い、軒下で月桃が風にそよいでいる。
強い日差しの下、青い水平線が広がる海辺を制服の少女が駆け抜けていく。少女は、幻想の中で旅人や、クバ傘の青年、かつて沖縄や奄美で成人の証として女性たちの手を飾ったハジチ(刺青)を施された女性たちに出会う。「ありがとう」「あなたは覚えていてくれるだろうか」。彼らの台詞はすべて与那国島(よなぐにじま|沖縄県)の言葉で語られる。
少女はまた、現実の与那国島でさまざまな人に会い、話を聞く。年配者を除き、彼らのほとんどが標準語を話す。少女は現実と幻想を行きつ戻りつしながら、自分と島、自分と「誰か」とのつながりを問いかけるように、島中を走り抜ける。
島で肥育されている黒牛の子に乳を与える母牛の、荒々しい鳴き声や動作。悠々と海中を泳ぎ、草をはむ与那国馬の姿。釣った魚をその場で絞め、丁寧にうろこを取る漁師たちの手さばき。三線をかき鳴らし、太鼓を打ち裸足でエイサーを踊る中学生たち。大きく羽を広げるヨナグニサン。彼ら、島で生きる者たちの姿は、生命力に満ち満ちている。
生の隣には、死がある。盆飾りをした民家の座敷や庭先で弔いのエイサーが踊られ、草木で美しく染めた糸で機を織る風景と共に、かつてあった人頭税の苦しみが語られる。「五作の水の神様 国が滅びる際であります 雨が降りますように」。くりかえされる雨乞いの民謡は、島の先祖たちが苦労しながら次の世代に未来を託し、命をつないできたことを伝える。縁側に座り、老女から話を聞く制服の少女の目から、涙がこぼれる。
幻想の中で女性たちの手を彩るハジチは、美しく誇らしげだ。しかし、日常の場でハジチを見ることはもうできない。島の言葉「与那国語」はユネスコの消滅危機言語に指定されている。与那国島の出身で、大学の卒業制作としてこの映画を制作・主演した監督は、ふるさとの言葉を学び、発信しているという。また、劇中で若者たちが年長者からクバ細工を習い、木造船をつくる試みが描かれていることにも注目したい。
「ばちらぬん」の意味は「忘れない」。生命の誕生から現在に至る膨大な堆積から発酵する文化の中で、人は育まれ、意識的にしろ無意識的にしろ、時代の一部を担い、次の世代へと文化を受け継いでゆく。この映画を観た人は、あなたがまだ気づいていないけれど、あなたの一部を形づくる何かと出会うための扉に導かれるかもしれない。そのときに一歩を踏み出すのは、あなた自身だ。
(文・石原みどり)
『ばちらぬん』
企画・脚本・編集・演出・監督:東盛あいか
出演:東盛あいか、石田健太、笹木奈美、三井康大、山本桜
配給:ムーリンプロダクション
2021年/61分/カラー
2022年5月より全国公開
東京在住、2014年より『ritokei』編集・記事執筆。離島の酒とおいしいもの巡りがライフワーク。鹿児島県酒造組合 奄美支部が認定する「奄美黒糖焼酎語り部」第7号。著書に奄美群島の黒糖焼酎の本『あまみの甘み 奄美の香り』(共著・鯨本あつこ、西日本出版社)。ここ数年、徳之島で出会った巨石の線刻画と沖縄・奄美にかつてあった刺青「ハジチ」の文化が気になっている。