つくろう、島の未来

2024年11月21日 木曜日

つくろう、島の未来

世界的ヒットとなった宮﨑駿監督作品『千と千尋の神隠し』リン役の声優を務めた玉井夕海さんは、俳優や音楽家、ラジオパーソナリティとして活躍しています。高校時代に訪れた天草諸島での体験をきっかけに、第二のふるさとと語るほど親密になった御所浦島での時間で感じたこととは。玉井さんに話を聞きました。

聞き手・鯨本あつこ 写真・渡邉和弘

※この記事は『季刊ritokei』43号(2023年8月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。

ritokei

玉井さんは大学を中退された後に、御所浦島(ごしょうらじま|熊本県)で暮らしていたことがあるそうですが、どんな経緯で島に?

玉井さん

高校1年生から新聞社の子ども記者をやっていて、16歳の冬に天草諸島(あまくさしょとう|熊本県)へ取材に行きました。

歴史の教科書で見た、天草四郎や隠れキリシタンにも興味があったので、ついでに教会を見学しようと立ち寄った崎津町の入江で、ふと“幻”を見て……。

ritokei

幻?

玉井さん

入江の船着場には舟が停まっている。海岸には家が一軒、だんだん畑を挟んで丘の上にも一軒。入江の向かいには島があり、時間の止まった女が住んでいる。

その絵をなぜかどうしても「映画にしなければならない」と思って、以降、いろんな人にその話をし続け、いつか映画にするための第一歩として、宮﨑駿監督が主催するアニメーション演出家養成講座の試験を受けました。

ritokei

天草で浮かんだ風景がきっかけで、宮﨑駿さんの門戸を叩いたんですね。

玉井さん

22歳の頃、再び映画のロケハンや取材のために天草へ行きました。そこで「宮﨑駿監督が島で映画を撮る!」と誤解をした役場の皆さんが集まって宴をしてくださったんです。でも、そうじゃないとわかると心底がっかりされました(笑)。

あとに残ってくださった数名の方に事情を説明すると、「その風景なら御所浦で見たことがある」と。その場で島の方に連絡を取ってくれ、翌日案内してもらえることになりました。

そして御所浦島に渡り、案内してもらった入江に、幻で見た風景があったんです。「絶対にここで映画を撮りたい!」と、監督の山本草介君と共に、そこにあった丘の上の一軒家を訪ねました。

丘から入江を見下ろすと、なんと猪が海を泳いでいて、その家のご家族と一緒に「猪が泳いでるね!」と笑っていました。

ritokei

その場所が映画の舞台になったんですか?

玉井さん

結論から言えば撮れませんでした。猪を見た日の後、カメラを持って再び入江を訪れた時に、私たちは丘の家の人に断りもせず、土地の持ち主だったおばあちゃんの畑にざくざく足を踏み入れてしまい、おばあちゃんとそのご家族から拒絶されました。

ritokei

どういうことでしょう?

玉井さん

映画のロケハンとして訪れ、監督が「ここから海を撮るときれいだ」と畑に入って風景を撮影し始めたのです。おろおろしながら私も畑に入ると、背後に強烈な視線を感じ、振り返ったら障子の隙間からおばあちゃんがこっちを見つめていました。

すぐ謝りに行けばよかったのに、撮影を続けた私たちの背後から、今度は近所の人が「なんばしよっとね」「帰ってください」と。謝ろうとしてもひたすら「帰ってください」と突き放されたので、引き返しました。

見かねた役場の方が後日同行してくれ、「彼らは怪しいもんではない」と説明してくれたのですが、おばあちゃんはますます怒って、「道路が壊れた、街灯が切れて暗い、助けてくれと何度も言ったのにあんたたちは来なかった。それが他所から金になりそうな話がきたらひょいひょい来やがって。みんな帰れ」と。それから先はもう誰の声も届かなくなりました。

ritokei

さまざまな事情を抱える地域がありますが、小さな集落に暮らしながら、伝えたくても伝わらない悩みを抱えられていたご家族だったのですね。

玉井さん

私はどうしても謝りたくて。ちょうどその頃、島の化石資料館がホームページ制作の臨時職員を募集していたので、それに応募して、地元の電気屋さんに下宿しながら半年間、島で働き、謝る機会を探しました。

ritokei

玉井さんの島暮らしは謝罪のためだったのですね。

玉井さん

はい。半年の任期が終わる間際、最後にひとりで謝りに行きましたが、声は届きませんでした。でもその時、その家の奥さんに言われたんです。

「あんたがどれだけこの場所を好きになってくれたかは分かった。あんたはいい子だ。ばってん、頼むけん、もうそっとしとって」

「あんた女優さんなんやろ?そんなら帰ってあんたの仕事をせろ。あんたがテレビや映画に出よったら、あん子はうちに来とったばいって自慢してやるけん。頼むからもうそっとしとって」と。

ritokei

そっとして欲しいという願いは、その集落と家族に限った話ではないことかもしれません。得体の知れない来訪者に対して静かな日常が壊されてしまうように感じてしまったのか。

玉井さん

私たちは傲慢だったんです。幻を見たのも、映画にしたいと考えたことも、その家族には一切関係がない。

実は、最後に謝りに行って拒絶された前日、資料館の学芸員さんに「おばあちゃんの気持ちになったことはあるか?」と聞かれたんです。「おばあちゃんの目になって、あの日のお前らを見てみな」と言われ、想像しました。

おばあちゃんの体で、あの高さのあの家にいて、突然現れた私たちを見つけて….。「怖い」それに気がついた時、ボロボロ泣けてきました。

ritokei

小さな島は外圧により変化しやすいものです。映画の撮影にしても、産業振興にしても、働きかける側に悪意がなかったとしても、穏やかな日常に多大な影響を与えてしまうことは現実問題として起こるのですね。

玉井さん

許されることはないと思っています。もう20年以上経ちますが、今もいっぱい棘が刺さったみたいで、ずっと抱え続けています。

ritokei

島でのご経験をふまえ、ラジオパーソナリティやアーティストとしての玉井さんの活動を拝見すると、社会的に「声の届きにくい人」の声や想いを拾っているようにも感じます。

玉井さん

私は小さい頃、お祭りの光が苦手だったんです。明るい光にわーっと集まる人がいる一方で、私はその光がまぶしすぎて反対側に走っていた。

今はちょうど夏休みですが、夏休みって「楽しい!ヤッホー!」という人もいるけど、色々な理由で夏休みが辛く、大嫌いな子もいる。

そういう人がいることを色々な側面で感じているから、届きにくい声が届く社会であってほしいと思いながら仕事をしています。

ritokei

天草でみた幻も、御所浦島での体験も、今のお仕事につながっているんですね。御所浦島では子どもたちに向けたワークショップをされていたとのことですが、どのような活動だったんですか?

玉井さん

御所浦で暮らし始めた頃、島の子どもたちは私が『千と千尋の神隠し』のリン役(声)をやったことを知っていたので、よく私を訪ねに来てくれていたんです。

通学用ヘルメットや着ているTシャツや自転車に「サインをしてくれ」と頼まれたり。彼らと話をしていると口では島の文句ばっかり言っているのに、一生懸命とっておきの場所へ私を連れて行ってくれようともする。

それって「島が好きってことだよね?」と、島の子どもたちの未来について考えるようになり、島の大人たちとも子どもたちの話をすることが増えました。

紆余曲折ありつつ藝大の友人にも声をかけ、東京から駆けつけてくれたみんなと島の伝統文化とアートを融合させることを目的とした「島まるごとワークショップ」を開催したんです。

ritokei

映画はどうなったんですか?

玉井さん

あの入江を舞台にはできませんでしたが、島の子どもたちと触れ合っているうちに、きらきらしている子どもたちがまるで泉みたいに見えて。

「これだ」と思って泉のように子どもたちが湧いてくるストーリーを仲間と脚本に書き、『もんしぇん』という映画を制作しました。

ritokei

それから15年以上が経ちますが今、島の方々とは?

玉井さん

今もお世話になった皆さんと交流しています。最後に行ったのは2019年で、渋さ知らズの公演が水俣市であった時に、海上タクシーで御所浦島に渡りました。

島での時間には辛いこともたくさんあったけど、けんかしながら趣味嗜好がまったく違う人達が一緒に呑んでたり、なんだかんだお互いを気にかけて、支え合っているところが好きで。

静かな凪の海が満ちたり引いたりする傍らで、今日もみんなは生きているんだなといつも思っています。

お話を伺った人

玉井夕海(たまい・ゆうみ)さん
1977年8月6日、東京生まれ。東京藝術大学建築科在学中、宮﨑駿主催アニメーション演出家養成講座「東小金井村塾2」終了。映画『千と千尋の神隠し』リン役に抜擢される。大学時代の仲間、山本草介・海津研と共に、天草を舞台にした映画『もんしぇん』(製作シグロ・MK)を撮影・公開。
現在は俳優、渋さ知らズメンバーとして活動。White Elephant 主宰。2022年4月からはTokyo FM『サステナ*デイズ』パーソナリティとなり、未来を見据えた視点を社会に届けている

     

離島経済新聞 目次

『季刊ritokei(リトケイ)』インタビュー

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