つくろう、島の未来

2024年10月04日 金曜日

つくろう、島の未来

2021年に発売され3万部を売り上げた『進化思考生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』は、隠岐諸島は海士町の出版社から世界へと羽ばたいた。著者の太刀川英輔さんは「東京防災」や大阪・関西万博日本館基本構想にも携わるデザイナー。太刀川さんが提唱する「進化思考」をもとに、島々や世界が持続可能であるために必要なヒントについて話を聞いた。

聞き手・鯨本あつこ 写真・牧野珠美

※この記事は『季刊ritokei』38号(2022年5月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。

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まずは「進化思考」について教えてください。

太刀川さん

「進化思考」は、人間の創造性を生物学的に解き明かしていこうという僕の個人的な探求から生まれた思考法です。生物の進化と人間の創造性って似ているのではないか?という気づきから、新しいアイデアや事業を生み出すために「進化」の構造を応用して、創造性は実は自然から学べるよ、ということを本にまとめました。

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その本を新たに隠岐諸島(おきしょとう|島根県)で誕生した小さな島の出版社から出版するに至った経緯は?

太刀川さん

「海士の風」は、海士町でしばらく地域づくりに携わっている阿部裕志さんが起こした出版社です。僕は彼をベックと呼んでいますが、彼と英治出版の英治さんとの出会いから生まれました。

もともと彼らは僕がディレクターの一人として関わっていた「コクリ!プロジェクト(※1)」の仲間で、海士町で何年かコクリのミートアップ(※2)を一緒に開催していたんです。島外から来る20〜30人の参加者と海士町の住民とのコクリ!の場で、僕は「進化思考」を教えていて、(その話に)海士町の方が共感してくれたり、Entô(※3)の青山さんが新しいホテルを生み出すための進化を考えたりしてくれていました。

そんな時に、ベックと英治さんが出版社をつくると盛り上がっていて、「これ(進化思考)を最初の1冊にしよう!」「やろうぜ!」といって3年、毎週のように皆で語り合いながらつくった本です。
※1 コ・クリエーション(共創)プロセスを使って、地域や社会に大転換を起こそうとする研究コミュニティ
※2 共通する興味のある分野や趣味などに関してインターネット上で告知が行われ、参加者が集まるイベント
※3 エントウ。2021年7月に誕生した「泊まれるジオパーク拠点施設」と呼ばれるホテル

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そんな仲間内での会話がきっかけだったんですね。出版を経て、海士町の方々の反応はいかがでしたか?

太刀川さん

昨年は海士町にある高校魅力化プロジェクト(※)の起点になった隠岐島前高校と学習センターで進化思考の授業をしました。テーマは「夢の職業を進化させる」で、生徒たちはカメラマンとかデザイナーとか、自分のなりたい職業を真ん中に置く。

その職業の進化を考える授業をしたんですが、みんなすごくきらきらした目をして受けてくれて、すごく良い場になりました。
※ 地域を学ぶ「地域学」や、生徒の夢を探究するキャリア教育など独自プログラムをつくり、島外留学生も積極的に募集。市町村が公立高校の魅力化を図るプロジェクトとして全国に広がっている

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そんな海士町での時間をふまえ、島と進化思考を掛け合わせて思うことはありますか?

太刀川さん

僕はデザイナーですが、デザイナーの視点からしても進化は興味深い現象です。進化は誰かがデザインしているのではなく、勝手にデザインされる現象です。僕は、この“勝手にデザインされている状況”に興味があるんですよね。

その意味で実は島と進化にはのっぴきならない関係があります。ガラパゴスが有名ですが、実は固有の進化って島で起こりやすいんです。生殖隔離することで固有の進化が発生するので。

生物は「変異」と「適応」を繰り返して「進化」します。例えば、兄弟でも背の高さが違うといったDNAのコピーエラーが、少しずつ起こっています。そうした変異が起こり、環境に適応した個体が自然選択されやすい、という二つの現象が重なると、進化は自然発生します。つまり変異と適応が繰り返されると、あるところに集約していく。それが進化なんです。

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「固有の進化」であれば、島はその宝庫ともいえそうです。

太刀川さん

そう、科学的な言い方をすると、固有の進化っていうのは種が「分化」するという考えで、一部の魚類がだんだん陸上にあがっていくような現象です。

生きる道がAとBに分かれると多くが適応度の高い方に集まり、片方の可能性は絶滅しやすいです。けれど、ある種がうっかり島にたどり着き、生殖隔離されたままそこに適応して長い時間が過ぎると、いつの間にか遺伝的距離が離れ、元の種と交配しても子どもが生まれないくらいの別種になる。こうした分化は、視点を変えれば「島だから固有の文化があるよね」という話と変わりません。

そして、島固有の文化を続けるうちに、島外の社会とは異なる社会システム(生態系)ができることもあります。つまり生物は島で固有に進化しやすいわけですが、それと同じように、島は隔離されているからこそ、固有の価値が生まれやすいはずです。

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「隔離される」という環境はこれまで、島の条件不利と捉えられることが多かったものの、話を聞くと可能性さえ感じられます。

太刀川さん

僕らが今生きている社会システムって完璧ではないですよね。寿命が200年前の倍に伸びている点で人間中心に考えればハッピーかもしれない。けれど、結果として持続不可能な社会になり、2100年までに4度気温があがれば沿岸部には住めなくなるような状況です。

僕らは社会システムを変えなければいけない時代に立っていますが、大きなシステムを変えるのはなかなか大変です。けれど、島は隔離されているのでシステムを変えやすい。つまり離島は小さいながらも「この島の生態系の中ではできたよ」という例をつくって世界に輸出できるサンドボックスになりうる。それが重要だと思うんです。

例えば海士町で生まれた高校魅力化が日本中に広がったように、小さな島からバタフライエフェクト(※)を起こせると考えたら、すごくクールですよね。
※ 蝶の羽ばたきのようにわずかな変化が予測不能な変化をもたらすという意味。米国の気象学者ローレンツが1972年に行なった講演タイトル「予測可能性-ブラジルでの蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こすか」に由来

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他に感じる可能性は?

太刀川さん

例えば、レジリエント(しなやかで回復力がある)で安定した社会をつくるには、基本的にあまり遠くのものに頼らず、地域内で小さく循環する社会をつくることが重要です。

今の社会が持続不可能になっている背景には「頼る距離」が遠くなったことがあります。捨てたゴミがどこにいくかわからない。飲んでいる水もどこからきたかわからない。アメリカでつくった小麦を輸入してつくった製品のゴミを中国に捨てる、というようなことをやっているんですから……。

「近くの循環」は、今の社会全体が失っていて、CO2削減の観点でも世界全体で問われています。本当はどの街でも取り組まなければならないけど、物理的につながっているとやはり難しいんです。けれど島では、持続可能な生き方に必要な「近所のものを頼り、近所にあまり迷惑をかけず、近所で循環する」という鉄則が、望む・望まないにかかわらず守られやすい。

島ではありませんが、上勝町のゼロ・ウェイスト宣言(※)のように、隔離されている小さな環境でなんとか循環しなければならない先進事例をつくり「この島はこんなことやっているよ!」「人類文明はまだやってないの?」と旗を振ってほしいですね。
※ 徳島県上勝町はごみの排出を限りなくゼロに近づけることを目標に2003年に日本初の「ゼロ・ウェイスト宣言」を打ち出し、リサイクル率80%以上を達成

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その上で、島が持続可能であるためにはどうあるのがよいでしょう。

太刀川さん

多様性に対して開かれた地域と、閉じて固まっている地域では大きく異なり、前者の方が圧倒的にレジリエントです。

ここでいう多様性は生物学的にはホモ・サピエンスの1種類だけですが、人間は居住地とか職業によって全然違うコミュニティに属しています。つまり、人間の生態はライフスタイルごとに違うといえるので、多様なライフスタイルの人が関わる島の方が持続可能といえます。

実は生態系が多様性を失って単一層になっていくのは、その生態系の終わりのサインでもあるのです。これは社会もそうで、例えばある産業だけが強く、その従事者しかいない島では、その産業がなくなると皆が職を失ってしまいます。一方、いろんな種類の人がいて、互いに頼り合う構造ができていると、誰かが抜けても回復しやすい。そう考えると、小さな島がレジリエントで持続可能に生き残るには、どうやって多様性を取り入れるのか?という観点が非常に重要なんですね。

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多様性を受け入れる時のポイントはありますか?

太刀川さん

ある特殊な分野で輝く人が出てきた時に、つぶすのではなくうまく応援してあげることだと思います。その人が例えば、子育てが上手なことで評判なインスタグラマーのママだとしたら、彼女を経由して一緒に子育てをしたいという人が全国から来たり、学校をつくりたいという話が生まれたりして、島が子育ての聖地になるかもしれない。島の未来のために、多様な可能性を内在させ、越境者を応援することが大事だと思います。


太刀川英輔(たちかわ・えいすけ)さん
NOSIGNER代表、JIDA(公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会)理事長、進化思考提唱者、デザインストラテジスト、金沢美術工芸大学客員教授、阿南工業高等専門学校特命教授。未来の希望につながるプロジェクトしかしないデザインストラテジスト。
プロダクト、グラフィック、建築などの高い表現力を活かし、領域を横断したデザインで100以上の国際賞を受賞している。生物進化から創造性の本質を学ぶ「進化思考」の提唱者。
主なプロジェクトに、東京防災、PANDAID、2025大阪・関西万博日本館基本構想など。主著『進化思考』(海士の風、2021年)は第30回山本七平賞を受賞。

進化思考 生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」
著・太刀川英輔 発行・海士の風
A5変型判 512ページ
定価 3,000円+税

     

離島経済新聞 目次

『季刊ritokei(リトケイ)』インタビュー

離島経済新聞社が発行している 全国418島の有人離島情報専門のタブロイド紙『季刊ritokei(リトケイ)』 本紙の中から選りすぐりのコンテンツをお届けします。 島から受けるさまざまな創作活動のインスピレーションや大切な人との思い出など、 島に縁のある著名人に、島への想いを伺います。

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