つくろう、島の未来

2022年09月25日 日曜日

つくろう、島の未来

雲の切れ間から差し込む一筋の光のように明快な見解が幅広い支持を集める解剖学者の養老孟司さんは、無類の昆虫愛好家としても知られ、虫を追い求めて島を訪れることもあったという。混迷を極める社会の行く末を見つめる養老さんに、島について思うことを聞いた。

聞き手・鯨本あつこ

※この記事は『季刊ritokei』39号(2022年8月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。

ritokei

昭和30年代から奄美に通われているとのこと。変化を感じることはありますか?

養老さん

環境でいうと畑がなくなりリュウキュウマツの林に変わりました。島に限らずですが、戦中戦後の食料難を乗り越えるためにできるだけ食料生産に努めたところ、戦後にそれがいらなくなったので、畑がどんどん林に変わったわけです。

ritokei

最近、加計呂麻島(かけろまじま|鹿児島県)では離島留学生にも出会われたとのこと。都市から島に学びにくる子どもたちの姿にどんなことを感じましたか。

養老さん

子どもが離島で何を経験するかは、その子次第です。昨日、新潟県三条市のスノーピークに行って社長さんと対談しました。彼女は小学校の時、ほとんど学校へ行かずにキャンプをしていたそうです。

今でいえば登校拒否ですが、それをどう評価するかですね。今は数字にしたり、一律の何かで評価しないと人が納得しないけれど、何も納得させる必要はないのです。それぞれが個別の、その子の人生を考えればいい。ただ僕はごく曖昧に(島のような環境に)触れないよりは、触れておいた方がいいなと思っています。

ritokei

数々のご著書には、現代を生きる人が薄々と感じている、社会への違和感が書かれているように感じます。

養老さん

人の社会が今のような状態で過ごしていていいのか?と考えざるを得ない状態がそのうちやってきます。最近、いつも申し上げているんですが、南海トラフ地震は2038年に起こると予測されています。今から16年後ですから間もなくと言ってもいい。他の地震を誘発すれば、首都圏直下型地震や富士山の噴火も同時に起きるかもしれません。

関東大震災からほぼ100年経っていますから、それくらいの震災がきてもおかしくないんです。ですから、今の状況が無事に続くとは、僕は考えていません。流通が止まり、日本中が離島状態になります。

そこで一番重要なのは水と食料です。人口密度が低い地域はなんとかやり抜けると思いますが、東京は首都圏直下型が一緒にくると、通信も途絶え、ほとんど生存不可能になります。

そこで生き残るには万事手近なもので間に合わせるしかありません。地域で自立していくことを考えざるを得なくなるんです。

ritokei

島は環境特性ゆえに今も最低限は自立型であると感じますが、自立型とは言い難い都市生活者はどうシフトすればよいのでしょうか。

養老さん

部分的にでも地域に住むことを実行しなければいけない。僕は参勤交代制度と言っているのですが、一定期間だけでも地域で暮らしてみて、万事自分でやることに慣れていかなければいけません。16年後は今の子どもたちが生きているうちに必ずやって来ますので、今から用心しておくとよいのではないでしょうか。

ritokei

コロナ禍を経て、島や田舎でテレワークや多拠点居住を行う人は増加傾向にありますが、今後の大災害を想定すると、生き残るための戦略として積極的に実行すべきことだと感じます。

養老さん

その通りだと思います。政府の防衛費を使ってミサイルを何発備えても、この問題はどうしようもないのです。災害が起きた後にどこにお金を落とすか?誰がお金をどう落とすか?ということを、今から考えていかないといけません。

ritokei

日本列島はそもそも地震も噴火も当たり前に起こる環境にあります。災害を前提に生きていかねばならないということですね。

養老さん

災害が起こったときにどうすればいいかといえば、やはり地域で自活するしかない。僕は流通が途切れることをよく知っています。戦中戦後、僕は鎌倉に住んでいました。当時は国鉄しかなく、東京へ物資が運ばれていっても、鎌倉などの周辺地域に物資はきませんでした。

ritokei

そのように流通が途絶えるなら、かつての食糧難を支えた畑のように、必要最低限の食糧だけでも自分で生産できると良いということですね。

養老さん

当然です。そのような自家消費分は農水省や国の統計には記載されないので、農業統計を見ても分からないのものです。

ritokei

魚屋、八百屋、スーパーがなく、流通の面で不便といわれる小さな島では、家庭菜園を行う世帯が多くあります。そうした暮らし方が当たり前にある島は、生命力が強いと感じます。

養老さん

いいモデルになるのではないでしょうか。日常生活は持続可能でないといけないのです。今の都会は日常が持続可能ではない。

ritokei

AIや自動運転などの技術も進んでいます。

養老さん

あんなものは頼らない方が日常生活では安全です。自分でできることは自分でする。子どものころから、そのようなクセをつけた方がいい。ボタンひとつ押せばいいというのは異常な状態。便利なのは分かっていますが、それは続けられません。

ritokei

そうした社会に対する危機感も含めて、島から日本を変えることができるとすれば?

養老さん

基準とする生活や価値をどこに置くか?そう考えると、今の価値観をひっくり返した方がいい。つまり「離島型の生き方は特殊だ」という考えはまったく逆で、「都会型の生き方は特殊だ」と捉えるのです。

時をさかのぼってみればよく分かります。どっちが長かったかといえば、地域で自給している時代がずっと長かった。たまたま材料の安いエネルギーが見つかったから今のような生活が成立しているわけですが、そうすると人が増えなくなってきた。

先進国は軒並み人口減少しています。都市化をすることを人間はどうやら「住みやすくなる」と思っているようですが、実は住みにくいから子どもがいなくなるのです。

ritokei

奄美群島(あまみぐんとう|鹿児島県)や沖縄地方をはじめ、離島地域の出生率はまだまだ高いですね。

養老さん

そうです。東京はもう異常で1.3ぐらい。徳之島(とくのしま|鹿児島県)の伊仙町の半分ぐらいなのですから。今はものすごく精神疾患が多い。鬱を代表として精神科系の病気が多いですね。

みんな我慢して生きているんです。なぜ我慢しなければいけない世界を、努力してつくらなければいけないのか。もうちょっと素直に、ものを考えてみたら分かるのではないのでしょうか。

ritokei

気候変動に関してはいかがですか。

養老さん

僕は自然の変動ではなくて、人為的な変動だと思っています。都会みたいにしてしまったら暑いに決まっています。まず木がない。木が生えていれば涼しいのです。木々はものすごい勢いで水を蒸発させますので。

ritokei

SDGsを志す企業の努力もみられますが、やはり一人ひとりがそれぞれの日常を整えるのが大事ということですね。

養老さん

そちらが根本です。それぞれの人が快適に日常生活を送ることが根本です。それは人によって違ってくるので、強制的に田舎に行けとは僕は言いません。行きたい人が行けばいい。

ただ、こうした暮らしが続けられないことは分かっていた方がいい。おそらくこの暑い状況が続くと、どこかで原発を動かすしかないとなります。僕はダメだとは言いませんが、結局のところ原発は持続可能でないことが分かっています。ごみの片付けようがないのですから。

ritokei

求めるべきは、持続可能な社会ですね。

養老さん

そうです。まだまだ知恵を出さないといけないことが、たくさんあるということです。一人で考えていても駄目なので、やはりコミュニティが必要。島であればまとまってできるでしょう。日本ぐらいの規模になると人が多くて考えるのも大変ですよね。

ritokei

読者へのメッセージを。

養老さん

世界中が都市化したことに対して、自然が残っていることが島の価値だと言うだけではなく、考えを逆転しましょう。島みたいなところで生きるのが人間の本当で、都市は変だということです。


お話を伺った人

養老孟司(ようろう・たけし)さん
1937年鎌倉生まれ。解剖学者。東京大学医学部卒。東京大学名誉教授。1988年『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞受賞。ベストセラー『バカの壁』(新潮社)は2003年の新語・流行語大賞、毎日出版文化賞特別賞を受賞。『唯脳論』『身体の文学史』『手入れという思想』『遺言。』『半分生きて、半分死んでいる』など著書多数。虫好きとして知られ、昆虫採集のため奄美大島(あまみおおしま|鹿児島県)などへ通う

離島経済新聞 目次

『季刊ritokei(リトケイ)』インタビュー

離島経済新聞社が発行している 全国418島の有人離島情報専門のタブロイド紙『季刊ritokei(リトケイ)』 本紙の中から選りすぐりのコンテンツをお届けします。 島から受けるさまざまな創作活動のインスピレーションや大切な人との思い出など、 島に縁のある著名人に、島への想いを伺います。

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