伊豆諸島から小笠原諸島まで11の島々に約2万4,000人が暮らす東京の島々。
豊かな自然資源を活かしながら来島者を受け入れる「観光」が、お客さんや経営者だけでなく、関連事業者や地域、社会、従業員、支援者、国など、四方八方にとっても、うれしい発展を遂げるにはどうすればよいか。
「都市と自然、どちらもある日々を」をコンセプトに掲げる『Nature Tokyo Experience』との連動企画として、3人の島人とリトケイ編集長が語りました。
※本企画は東京都の「新たなツーリズム開発支援事業」の一環として実施
編集・リトケイ編集部 写真・長沼輝知
取材協力・日本仕事百貨
3人の島人とリトケイ編集長
宮川勝兵(みやがわ・かつひと)
中学まで新島で育ち、都内での進学や就職を経て26歳でUターン。伊豆諸島および小笠原諸島への金融サービスを提供する七島信用組合の新島支店長。新島、三宅島、父島、八丈島、大島を中心に東京11島をめぐる金融マン。趣味はスケートボード
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伊藤奨(いとう・しょう)
転勤族の父のもと幼少期より伊豆大島、父島、八丈島で育つ。進学やリトケイインターンを経て25歳で三宅島に移住し、ゲストハウスや飲食業、ガイド業に従事。一般社団法人アットアイランド代表理事。株式会社TIAM代表取締役。愛称は「いとーまん」
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ナカムラケンタ
求人サイト「日本仕事百貨」を運営する株式会社シゴトヒト代表取締役。2009年頃から新島に通いはじめ、友人と借りたシェアハウスを購入。2024年に住民票を移し新島村民となり、現在も新島と江東区で二拠点生活を送る
鯨本あつこ(いさもと・あつこ)
島に学び、持続可能な世界を島から展望するNPO法人離島経済新聞社の代表理事・統括編集長。2011年に14日間で東京11島をひとめぐりする取材に出掛けて以来、東京の島と人の魅力を見つめ続けている
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毎日みつめる夕焼けと逢いたい人を求め、島へ
- 鯨本
-
東京離島の観光はここ30年くらいでどのくらい移り変わっているのでしょう?
- 宮川
-
私はいま48歳ですが中学1年くらいまでは「離島ブーム」で、夏はビアガーデンが開かれたり歩行者天国になったりしていました。
高校生になるとブームも終わって寂しくなったんですが、観光客数の推移を見ると、2008年が45万人で2023年は42万人。一方、稼働している宿泊施設と定員では、2008年が487軒14,757人、2023年が402軒9,387人。5,000人くらい受け入れキャパシティが減っています(出典:伊豆諸島・小笠原諸島観光客入込実態調査|東京都観光データカタログ)。
客層では一人旅や学生、ビジネス客が増加しており、宿泊事業者もビジネス客を求めている声が増えていますね。
- 鯨本
-
ビジネス客であれば冬場のオフシーズンにも強いですよね。伊藤さんの宿はどうですか?
- 伊藤
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ゲストハウス色を強めにしているので20〜30代の小グループや一人旅が目立っていましたが、最近は一棟貸しの需要が伸びています。
- 鯨本
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お客さんは何を楽しまれていますか?
- 伊藤
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三宅島はコンテンツの幅が広くて、夏はドルフィンスイムやダイビング、バードウォッチング、ボルダリング、火山などのジオ系。通年で釣りは強いですね。
ダイナミックな自然景観が人気の三宅島(提供:東京都離島区)
- 宮川
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新島でも釣りは多いですがやっぱりサーファーも多いですね。ナカムラさんは何をしていますか?
- ナカムラ
-
僕は何もしていませんね(笑)
- 鯨本
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なんと(笑)。すると最初はどうして新島へ?
- ナカムラ
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最初は人ですね。島で過ごすというよりご縁のある人を訪ねて。朝から晩まで計画して観光地をまわるタイプではないので新島にもぼけーっとしに来ていました。仕事をして集中力が切れたら目の前の海で泳いで、昼寝する。都内にいる時と違うのは、必ず毎日夕焼けを見ていることかもしれません。
新島からみえる夕焼けの風景
- 鯨本
-
都会では時間と自然の関係は薄いけれど、島だと夕焼けを見たら夕飯だなと思うように、自然に寄り添った時間感覚で過ごせますよね。
- ナカムラ
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そうですね。同じ場所を何度も訪ねていると、海水温の変化とか、太陽の落ちる位置、雲の形、風の吹き方から季節を感じられるようになるので、そんな四季の変化も好きですね。
- 宮川
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観光の方は島のポテンシャルでリピートする方もいると思うんですけど、伊藤くんに逢いに三宅島に行くように、宿のオーナーさんに逢いに行くような人も増えてますよね。
- 鯨本
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島は自然が豊かと言いますが、人間も自然の一部であると考えれば、島の人も大きな魅力。自然資源のひとつと考えられますね。
持続可能な観光には何が必要なのだろう?
- 鯨本
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観光産業を盛り上げるとしても、竹富島や宮古島のようにオーバーツーリズムに悩む声が聞こえてくるのは悩ましいです。持続可能な観光振興を目指す上で、観光事業者が住民や社会に対し、どんな配慮ができると良いと思いますか?
- 伊藤
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やっぱり「地域に愛を持ってもらえるか」が勝負だなと思っています。景色なら他にもいいところは沢山あると思うので、コレクション的に他の場所に行くと思うけど、愛があればまたリピートすることになります。そして、地域の人が抱く地域への愛を感じとった観光客は、ゴミをポイ捨てもしづらくなりますよね。
- 鯨本
-
確かに、持続可能性を考える時にキーワードとして「愛」は大切ですね。風景、自然、地域コミュニティ、いずれも誰かが大切にしているものは闇雲に壊せません。
- 伊藤
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別の持続可能性でいえば、オーナーが属人的になりすぎると、その人がいないと成り立たなくなるので、僕の宿でもフロントでお客様の興味がありそうなものを聞き、詳しい人につないで僕だけで抱えないように心がけています。
- ナカムラ
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人材の採用でも、今はカリスマやブランドだけでは引っ張れる時代ではなくなっているんです。その意味では、新島で塩作りをやっている斉木佑介くんはとても良い。みんなで一緒に考え、みんなでつくる。その塩がいろんな飲食店で使われていて、ファンも多い。
インフルエンサーマーケティングでは地域の蓄積にならなくて、斉木くんのようにみんなでやっていくことが大切だなと思います。
- 鯨本
-
人口100人台のある島では宿の人が病気になった時、愛のあるリピーターが数ヶ月宿を回していたことがあり、しなやかだなと思いました。病気だけじゃなく、大きい災害など、ふとしたきっかけで産業が立ち行かなくなることはあるので、リピーターや地域の方などのコミュニティがあれば、みんなで対処できますよね。
- ナカムラ
-
ご縁のあった人ひとりひとりを大切にする積み重ねが大切だと思います。人は歳をとっていなくなるので、ひとりではなくコミュニティで一緒にやりながら、一人ひとりが入れ替わりながらも循環していけるなら明るいんじゃないかな。
- 宮川
-
新島では「Niijima Farmers」という会社を営む内藤さんというご夫婦が飲食店や建設業、トレーラーハウスの宿を経営しています。
特産のアメリカ芋や新玉ねぎを栽培して料理で提供している。お客様は島にどっぷり浸かっている内藤夫妻を通じて、島に関わりを持つことができて、息子さんたちも事業を手伝っていて、次の世代にも続いていきそうな良い事例だなと思います。
Niijima Farmersのトレーラーハウス(提供:Niijima Farmers)
- 鯨本
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宮川さんは、金融機関というお立場から、観光関連事業者にどんなことを推進していますか?
- 宮川
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オフシーズンの対策として二毛作(複業)を推奨しています。八丈島ではある薬局の経営者がタクシー事業や休業していた観光バスの再生を手掛け、後継者のなかった旅館も承継して、観光バスの手みやげに焼酎をつけるなど酒造の手伝いにも乗り出しています。
八丈島で復活した観光バス(提供:有限会社さくら)
- 鯨本
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ものすごい事例ですね。ローカルの事業承継問題はあちこちに存在していますので、その余白にビジネスチャンスがあるようにも感じます。
友達の友達は友達。一緒に楽しむ人を増やしていく
- 鯨本
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伊藤さんのいう「愛のある」観光客を増やすには、島の魅力を上手に伝えることも重要だなと思いますが、観光PRのあり方については皆さんどのように感じていますか?
- 伊藤
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個人的には、まだ見ぬ人に島のことを知ってもらう伝え方は苦手なんです。島に住む当事者であり、いろんな島を越境して見ているからこそ、島の良さを感じることもあるのですが……。
- 宮川
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温かい人がいて、美しい自然があるということも、どう温かいのか、どう美しいのか、というのは現地でその人が肌で感じないと分からないので、伝えるのは難しいですよね。
- 鯨本
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私は15年くらい全国の島を歩きながら、最近ようやく自分の言葉として言えるようになったのですが、島の魅力って、そこに住んでいる人が、自然とともに生きている感覚とか、支え合う共助力を持っていることなんですよね。
自然と共に、人と共に生きるすべは現代ではほとんど失われてしまったから、今、そこに憧れる人が増えていると感じています。人口減少や地球沸騰化、地震や災害もいつか必ずやってくると言われるなか、これからの生き方を探る学びの場としても、島に関わりしろがあると良いなと思っています。
- 伊藤
-
そうですね。これまでは待っていても観光客が来てくれたけど、これからは例えば、島の資源をうまく活かしきれていない現状を発信して、そこに関わって貢献してみたい人を募ることも考えています。
腹の中を見せながら「手伝って欲しい」「ここにあなたも関わることができるよ」と伝える。そんな開き方にこれからの関係性をつくっていける可能性があるし、個人的におもしろみを感じます。
- 鯨本
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ナカムラさんは新島に来たことのない人にどのように島の魅力を伝えていますか?
- ナカムラ
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「一度、どうですか?」とよく言いますね。でも、それができるのは友達など関係性のベースがあるから。何度も来ている人は、島ファンの予備軍を連れてくる人でもあるんです。情報発信よりも、いかに自分ごととして発信してくれる人を増やすか。
自分たちで運営している清澄白河の「リトルトーキョー」にはシェアカウンターがあります。いろんな1日店長が店に立ち、店長同士が横のつながりをつくっています。
ラジオのディレクターとか、小学2年生のバリスタとか。店長の友達が来てくれると、店長同士でもつながっているので、ほかの日にも遊びに来てくれて、その場所の常連さんになっていく。それはとても楽しい時間です。そんなふうに、いろいろな人と御縁ができて、常連さんが増えていくと良いと思います。
来る人も受け入れる人もラッキーな観光を目指して
- 鯨本
-
島にはキャパシティがあり欠航する日もあるので、島のことをわかっているリピーターがお友達を連れてくるのはとても良いですよね。
最近はレスポンシブルツーリズム(責任ある観光)を推進する地域も増えているので、観光振興によって住民生活に迷惑が広がらないよう、来島にあたっての注意喚起もうまく伝えられるといいですよね。
- 伊藤
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注意喚起を伝えるにも、ただ禁止するのではなく「なぜこれを守りたいのか」を伝える努力も必要だなと思っています。
約300人の島民が暮らす利島の集落
- 鯨本
-
そこにも愛が必要ですよね。そして、広報だけでは難しい「ものの見方を変える体験」もあるといいですよね。例えば、天気は悪かったけどたまたま入った店で良い人に出会えてラッキーだったとか、獣害とされているキョンが自然界の視点からみると尊いものに見えたとか……。
実は私、八丈島で連日欠航となった時に、帰れなくなった人を集落の人がごちそうでもてなしてくださる「欠航流人の会」にお招きいただいたことがあって、その偶発は本当にラッキーでした。
- 伊藤
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そういう偶発の可能性は広げられると良いですよね。宿の仕事では、お客さんの話を聞いて、今日はこんなイベントがあるよとか、こんな人がいるよとか、良い偶発の可能性を広げられるよう対応しています。
- 宮川
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偶発的なものをあえて用意しておくと偶発的ではなくなってしまいますが、お客様が当たり前に期待するモデルコース+アルファを提案できると、心に残るものに出会えるのではないかなと思います。
晴れた日の夜空に広がる満天の星空(式根島)
- 鯨本
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小さな島で観光事業をつくろうと思った時、銀行に相談するのはハードルが高いようにも思うですが、どのように相談したらいいのでしょうか。
- 宮川
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私自身は島で金融機関“役”をやっている、ただの島民の気持ちなので気軽に話してほしいです。金融機関として話すと本質にたどり着かないと思っているので、金融機関の前に一人の人間であるというスタンスでやっています。
- 鯨本
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そんなスタンスも島の魅力だと感じます。最後に皆さんから一言ずつお願いします。
- 伊藤
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愛のある人と島との関わりしろを広げていくために、腹を見せて一緒に考えていくスタイルを考えていきたいです。
- ナカムラ
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いち島民として新島に関わり、地域に貢献したいと思っています。島を愛しながら、関わりながら、自分にできることを試行錯誤していきたいです。
- 宮川
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島で生活して働いていますので、島の経済が小さくなっていくと自分の生活も仕事も小さくなっていく。島と運命を共にしているので、仕事と生活を通して島のために頑張っていきます。
- 鯨本
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本当に愛のあるヒントをたくさんいただきました。皆さんありがとうございました!
東京の自然溢れるエリアでは、様々な体験ができるプロジェクトが行われています。
「都市と自然、どちらもある日々を」をコンセプトに掲げる『Nature Tokyo Experience』のホームページでは、本事業で採択されたモデルプロジェクト事業者と、事業者による周辺おすすめスポットをご紹介。あなたの「まだ知らない東京」を見つけに行きませんか。