つくろう、島の未来

2024年03月19日 火曜日

つくろう、島の未来

世界中を旅しながら小説を書く作家・池澤夏樹さんの作品には「島」が舞台に物語が展開していく作品も多くあります。池澤さんに「島」について伺いました。タブロイド紙『季刊リトケイ』9号に掲載されたインタビューのロングバージョンを3回に渡りお届けします。

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(聞き手・鯨本あつこ/写真・野村裕治)

人間と自然の関係

鯨本

『アトミックボックス』には、大きな「世界」とか「国」とか「組織」と、小さな「島」が両方でてきて、最後には両方の倫理観のお話になってくる。私は島のことを考えながら、大きな経済のなかで小さな島の経済をいかに保てるだろうか、みたいなところをいつも悩んでいますが、以前ある研究者の方に「異なる社会をつなぐのは倫理観」と聞いたことがありました。本作では「数」と「つながり」それぞれの倫理観が戦うところが非常に興味深かったです。

都会に暮らしていても島みたいなところに目を向ける感覚は正しいんじゃないかなと私は感じていて。3.11の後に池澤さんがホームページで公開されていた記事にある「自然には勝てない」という感覚は、島に住んでいる人は当たり前にもっている感覚でもある一方、都市に暮らしているとうっすら忘れていく感覚のような。

池澤さん

何もかも自分たちで作ったもので上手く暮らしていっていても、震災のようなことになったらガンと壊れてしまうじゃない。島だったら台風がくたら家が壊れるかもしれないという感覚がどこかありますからね。

鯨本

そういったことは、島に視点を置くと意外と見えやすいのかもしれません。

池澤さん

そうねえ。僕はずいぶん、島通いで教えられたんだろうな。20代後半に海外行けるようになって。自分の中で「島」がくっきりとなり、『マシアス・ギリの失脚』とか書き上げるまでひたすら島に夢中でしたね。

鯨本

「島に教えられたこと」というとどういったことでしょう。

池澤さん

抽象的に言ってしまえば「人間と自然の関係」でしょうね。都会は「人間と人間の関係」や「人間と制度の関係」。国家とか、会社とか、通勤の手段とか、あるいは同級生とか、人間対人間の関係が優先されていて、自然はずっと遠くにあるもので、それこそ台風や地震がこなければ意識もしない。「今晩の月齢は?」と聞いて、答えられる人は少ない。島だと月齢は気になることでしょ。潮の満ち引きもあるし。ぼくはもともとが理系だったこともあって。人間を自然の側から見ようとしたとき、島はとても良い場所だったんですね。いま思えば。

鯨本

「人間と自然」でいえば、東京は1番遠いのかもしれないですね。

池澤さん

人間は勝手に自然が意図をもって何かを壊していると言う。「台風が襲ってきた」あるいは「津波が襲ってきた」と言う。自然にそんなつもりは全然なく、非情でさえない。簡単に言えば無関心なんですよ。人間がどうなろうと。それが震災の頃に気付いた究極の原理だった。

鯨本

なるほど。

池澤さん

3.11の時、僕は改めて言わなければいけなかった。自然は「そうしよう」と思ってしたんじゃない。人間に悪意はあるけど、自然には悪意さえない。そう思って諦められるか。あるいはその方が怖いことなのか? じゃあ悪い奴と自然はどっちが怖いか?

鯨本

…………。

池澤さん

僕は怖い自然のほうが好きなんです。結局のところ、三陸は津波ですっかり平らになっちゃったでしょ。あの後の住民集会でこれからのことを話した。「2度とごめんだ」「高台に移ろう」と、普通の人はいうわけね。だけどね、漁師が「たまにはしょうがねえ」って、ふと言っちゃうの。彼らは海の恩恵を知ってるから、たまに津波がくるのは仕方がないって。そのくらいドンと構えているわけですよ。そういう「自然観」っていうのは1番深く付き合っていないと出てこない。

鯨本

今はその「自然観」が薄いところで育っている子どもたちも多いんでしょうね。

池澤さん

子どもたちは「ぬかるみ」を知らないでしょ? 裸足で足を踏み入れたことないでしょ? あのネチャッてしたいい感じ。あるいは土の匂い。だからどうするって言うつもりはないんだけど、自然からずいぶん遠いところに来ちゃったなって思うんですよ。

鯨本

「自然観」がないと社会の仕組みに振り回されてしまうのか。そういうと、島の人たちは制度とか仕組みに振り回されきってない感じがします。たとえば、東京だと電車が1分遅れただけでぶうぶう言うんですけど、島だと1日船が来なくても「まあしょうがない」と言える。島の人たちはぶうぶう言う時間を使わなくて良んです。

池澤さん

海が荒れた以上、船会社を責めてもしょうがない。船を出すって言わても怖いし。

鯨本

ですよね。

池澤さん

さっきの津波を仕方ないと言った漁師の話、海なんだから仕方ないと考えるほうがいいんじゃないかって思ってたんだけど、「お話」に仕立てあげない限り、都会の人には伝わらない。

鯨本

なるほど。

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池澤さん

ミクロネシアに行ったとき、岸壁で子どもたちが遊んでいたです。もちろん大人はいない。15歳から3歳くらいの子どもたちが、飛び込んで泳いで戻ってくる。それだけやってワアワア遊んでるんです。小さい子は泳げないので、誰かが小さい子を水に入れてチャプチャプ遊ばせて戻す。大きい子が威張ってるわけじゃなくて。ちゃんと統率力があるやつがいて、一応目配りしてる。それに合わせて小さな共同体ができてる。

鯨本

良いですね。

池澤さん

それは1972年の話なんだけど、もう東京では見なかった。つまり東京では年の違う子供たちが、その辺の原っぱで一緒に遊ぶという光景はほとんどなくなっていた。学年別になっていて、みんな塾に行くようになったか夜は誰もいなくなっていた。僕が子どものころにはまだあったんですよ。それが島には残っているなって。そうやってみんなとまとまって遊んでいくうちに、一種の社会性が生まれるの。人を上手く引率するのがうまいやつもいるし、手下になって走りまわるやつもいて、臆病なのもいる。そういうのが皆でまとまって共同体とか社会ができてるっていうことを彼らは学んでるわけ。それをしないで大人になった連中ばかりだから、東京は変なことになった。

鯨本

そうですね。私は田舎育ちなので年の違う遊び相手もいたんですけど、小さな島になると遊び相手は島にいる全員だったりで、子どもたちの感覚がビックリするほど違います。高校生に話をしていて「先輩方を尊敬してますから」と、さらっと言う。そうしたものが、健やかな共同体なのかと感じます。

池澤さん

それを理想化して今の言い方にすると『三丁目の夕日』になってしまうんだけど、前はこうだったじゃないかって言いたかった。それが島にはまだある、という形でフィクションを書いてるわけです。

鯨本

「島にはまだある」っていうのはよく感じますね。

池澤さん

だから『アトミック・ボックス』に独居老人を出したのは、彼らはそういう意味ではまだ自然側に属する人たちだから。獲った魚を自分でさばいて、料理して食べる。当然のことなんだけど。

鯨本

確かに離島における独居老人の生活環境、つまり自然の側で生きてきた人たちの生活環境なわけですね。

池澤さん

救いの手を差し伸べなければいけない存在とは見ていないんですよ。

鯨本

そうですよね。「離島の独居老人」という言葉をパッと見たら、インフラが足りないとか、医療が足りないとか、そういう感覚で多くの人が捉えるかもしれないんですけど、この主人公は違う感覚を持っていて。この本を島の人が読んだらそう思うかもしれないですね。

池澤さん

「それなりに満ち足りている」っていうのが美汐の研究の結論だったと思う。だから老人たちと仲良くなって。いろいろ問題はあるし大変なのはわかってるけど、基本のところで充足してる。

鯨本

私が取材に行っておじいちゃん、おばあちゃんと話すこともあるのですが、確かにこういう会話することあるなと思いながら、楽しませていただきました。都市の仕組みとか数の原理とか大きなもの対しては、どうしていいかわからないけど、やはり大事なのは「自然観」だったり健やかな倫理観なのかと思いました。そこを共存させようとすると、難しいんですが。

池澤さん

そうねえ。お互いが遠くなってしまっているからね。

鯨本

離れてしまっても、自然の上に生きていることは変わらない。その感覚をどう戻すのが良いのか。

池澤さん

いろんなものを捨てながら人間はここまで来ていて、取り戻すが無理だとしても、「せめて何を捨てたのかは覚えておきなさい」というのが僕の言いたいことだったね。「便利、便利」と言ってあれを捨てたからだよ、というものがいっぱいある訳です。

#03へ続く


(お話を聞いた人)

池澤夏樹(いけざわ・なつき)さん
1945年北海道生まれ。世界中を旅しながら詩集や小説等を執筆。『スティル・ライフ』で芥川賞、架空の島を舞台にした作品では『マシアス・ギリの失脚』は谷崎賞を受賞。毎日新聞の連載小説『アトミック・ボックス』が2014年2月に発売された。
公式ホームページ http://www.impala.jp/

(著書紹介)

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『アトミック・ボックス』(毎日新聞社)
瀬戸内海の島で生まれ育った娘が、知らない顔を持っていた父親の罪を負って、島から島へ逃げるポリティカル・サスペンス。「核」をテーマに震災後に書かれた話題作。

離島経済新聞 目次

『季刊ritokei(リトケイ)』インタビュー

離島経済新聞社が発行している 全国418島の有人離島情報専門のタブロイド紙『季刊ritokei(リトケイ)』 本紙の中から選りすぐりのコンテンツをお届けします。 島から受けるさまざまな創作活動のインスピレーションや大切な人との思い出など、 島に縁のある著名人に、島への想いを伺います。

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