“その世界で名を成した盲目の貝類学者は、沖縄の離島で厭世的生活を送っている。ある日、画家のいづみが島に流れ着き、いづみが患っていた奇病を偶然にも貝の毒で治してしまったことから、学者の生活に異変が訪れる……。”
沖縄・渡嘉敷島で撮影が行われた2月27日(土)公開の映画『シェル・コレクター』で、主役の貝類学者を演じたリリー・フランキーさんはプライベートでも島を訪れているという。映画のこと、島のことの話を聞いた。
※この記事は『季刊ritokei』15号(2015年11月発行号)掲載記事になります。
聞き手・鯨本あつこ 写真・大久保昌宏
−『シェル・コレクター』の撮影は渡嘉敷島で行われていますが、撮影中にはどんなことを感じていましたか?
渡嘉敷島の自然は本当にきれいで。映像で見るとなぜか無国籍なんですよね。地中海っぽく映っている時もあれば、沖縄っぽくもあったり。海の風合いがドメスティックな感じがしない。
東京とかにいると、いろんなしがらみだったり、携帯電話だったり、趣味とか文化とかどうでもいいことに金を使っているけど、島だとそういうことがいらないんですよ。本も読まないし、映画も見ないし、音楽も聞かない。普段は巨大な文化の中にいますが、島だとそんなものが必要なくなる。
−プライベートでは宮古島へ行かれているとか。
前から離島へ想いを馳せる癖はあるけど、離島に対する想いとか、都心じゃないところに対する想いとかは歳を取ってくると出てくる。これがジジイになるってことかなと思うと同時に、やっぱ結局血は変えられないというか。田舎や島で産まれたりすると、その刷り込まれた原体験があるせいか、結局知らないうちに地元に帰ると心地よくなってたりするんですよ。
宮古島とか渡嘉敷島とか、沖縄に共通しているのかもしれないけど、おじぃとかおばぁをすごくリスペクトしてるとこ。ああいうの見るとすごくほっこりする。神唄も残っていますし。
−映画の中にも神事の描写がありました。
沖縄とか離島のことをある程度、知ってる人だったら、橋本愛ちゃんが演じている神の声が聞けるような人は、その島に今でもいるっていう現実が分かるんですけど。そういう感覚がない人には出し抜けだと思う。「何だこの子の存在は」って。
今はインターネットとかもあるから、知らないことはすぐ分かるって感覚じゃないですか。でも離島とかに行くと、知らないことしかない。映画の中でも言っているけど、貝は昆虫と同じくらいたくさんの種類がいて、全部の種とか解明されてないし、海の中に行くともっとエグいやつがいっぱいいて、そんな何も知らないとこに入っていくような恐ろしさもある。
−この作品ではそんな「知らないこと」を問われているように感じました。
撮影の間は、渡嘉敷島でずーっと貝を拾っていたわけですけど、無人島に行ったら同じ貝でもまったく割れてないんです。人間の歴史って自然を破壊して文明を手にしていったじゃないですか。だから、常に何を言ったところで、人間の暮らしみたいなものには「何を今更」感が否めないわけですよ。人間が生きていることで自然が破壊されている。人間がいなければ自然はそのまま残っている。
−そう考えると、人間でいることが嫌になるような感覚さえ出てきます。
この話(映画)自体がすごく浮世離れしたテーマで、ここに出てくる登場人物が悩んでいるのは結局、世俗の街の話なんですよね。静かにしようと思っても、人間の関係が煩わしい。無人島に住んでいても、人間と向き合わなければいけない。それを疎ましく思って死んでも、向こうの世界でもありますよ。死後の世界に行ってみたって、会いたくない人に会うんでしょうね。
−人間の煩わしさからは逃れられないんですね。
前に『おさびし島(※1)』という短編小説を書いたんですけど、その頃は沖縄に行き始めた時期で。小説の主人公のカメラマンは東京のしがらみなんかどうでもいいと島に行くんだけど、でも結局、人間がいるからしがらみからは逃れられない。
※1 『おさびし島』
リリー・フランキーの著書『ボロボロになった人たちへ(幻冬社)』に収録される、架空の島が舞台の短編小説
そのカメラマンが、島の人に聞くんです。「普段なにしてるんですか?」「いや、なんにもしてねえ。ちょこっと働いて、酒飲んで、おめこしてるだけ」と。最初、カメラマンはその言葉を軽蔑するんだけど、だんだんと自分もそうなっていくんです。
ある程度、人が来る観光地とかではオフシーズンとかになって金が入ってこなくなると、意外と自殺が増えたりする。結局、文明人が介入してきて、楽しさとか騒ぐことを覚えると、孤独に耐えられなくなるんですよね。
『おさびし島』の主人公も最初の頃は東京に帰りたくなるんだけど、島を出るための船に乗りたくないから諦めるんです。帰る方が大変だから。波が高ければ船が出ないし、それ考えるなら、もうここでいいさと。で、帰る方法がないと思えば集中力が増していく。
−「ない」となってしまうことで、思考がシンプルになっていくんでしょうか。
宮古島は毎年行きますけど、素朴でいいなと思います。ところが渡嘉敷に行くと宮古なんてメガシティじゃないですか。渡嘉敷に行くと、なんかあんまりしゃべんなくなったし、冗談も言わなくなった。コミュニケーションに興味がなくなっていくんでしょうね。
−文化も人間が生きていくために生まれてきたのかもしれませんが、本当はもっとシンプルなのかもと感じます。
結局、暇つぶしに生まれたもんとか、アイデンティティとか、プライドをつくる道具とかが、島だとさほどいらない。俺はこんだけウイスキー好きなんですけど、島にいると、なんかもう、島酒でいいさーとなるんですよね。
−そうなるんですね。
この撮影を通して、地方に行って帰ってくると、成田とか東京に着いた瞬間に咳をしてるんですよ。多分、どんどん何かを拒絶し始めているのか……。渡嘉敷島でもそうだけど、最近、仕事で小倉に行ってたんですけど、地元の仲間とかは、もうただ仕事して、酒飲んで満足している。そういうことを考えながら、家族のことを考えているとかって、一番シンプルな生き方じゃないですか。
とはいえ、俺は一番シンプルな生き方の一番必要じゃない部分だけを仕事にしている。文化的な仕事かもしれないけど、鍋釜つくっているわけじゃないし、島に行ったら本も読まない、音楽も聞かない、映画も観ない……。
−シンプルな感覚を知ると、そういったものが、本当は無くても大丈夫かも?と気付いてしまうのかもしれない……と。
でも、無くても大丈夫なものを、なんかやっぱ抱えていきたいっていう。経済的な消費社会だけじゃなくて、心もいろんなものに使っていかないと間が持たないんでしょう。それが人間の業と美しさです。
−今号は「移住」がテーマなので、島に暮らすことについても何か。
例えば、カメラマンのアシスタントとか、テレビの人とか映画の人とかで、男の子の根性がどんどんなくなっているんですよ。女性のスタッフが増えていて。それで、男の子で現実逃避のやつが「スローライフだよねー」とか言いながら、島でカフェとか始めていて、「3カ月で潰れるぞ、お前!」みたいなやつがいるんですよ。「島なめんなよ!お前らの現実逃避のために島は付き合ってくれないぞ!」って。「島」と「スローライフ」は違うじゃないですか。
そうやって突き詰めていくと、本物の離島に馴染むためには若い内がいいと思うんですよ。歳をとってワガママになってから行って「そのルールはキツいでしょ」なんて言ってると、どんどんハブられていくと思う。ヘタしたらもう村八分にされて……みたいな。
−島は集落行事も多くあるので、島の方にはそんなに暇じゃないとよく聞きます。
渡嘉敷で俺らが毎晩行っていた「ハーフタイム」って店があるんですけど、元々は三軒茶屋の三角地帯(※2)で雑貨屋をやってたヒッピーみたいな夫婦なんですよ。旅行で来た時に、元々そこでお店をやっていたおじぃからお店を譲り受けて。
※2 三軒茶屋の三角地帯
東京都世田谷区三軒茶屋にある飲食街
外からやってきた人に対して、島の人の反応って心配になるじゃないですか。でも渡嘉敷はまるでそれがない。逆にウェルカムな感じがして。俺の友達が宮古に住んで宿をしてるんですけど、やっぱ内地の人なんですよ。それで「あいつの結婚式には俺は出ないさー」とか。「そんなことばっかり言ってんのかお前らは!」って、俺が説教するのは島の人間の方ですけどね。内地の人はなんとか島に馴染もうとしてるのに、純血じゃねえと許さねえみたいなところがあるんですよね。
−そこではきっと、長く島に暮らしている人なりの「島を守りたい」心が働くんですね。
(お話を聞いた人)
リリー・フランキーさん
1963年福岡県生まれ。イラストレーターやエッセイストとして雑誌等に寄稿。「おでんくん」等の人気キャラクターはアニメ化され、自書伝『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』は200万部を超えるベストセラーに。現在、CMや映画等さまざまなシーンで活躍している。
©2016 Shell Collector LLC(USA)、『シェル・コレクター』製作委員会
『シェル・コレクター』
リリー・フランキー主演最新作『シェル・コレクター』。寺島しのぶ、池松壮亮、橋本 愛といった豪華キャストが共演、脇を固める。本年度ピュリッツァー賞を受賞のアメリカの作家アンソニー・ドーアの原作をもとに、坪田義史監督が設定を沖縄の離島に置き換え、オール沖縄ロケを敢行。公開は2016年2月27日(土)、テアトル新宿(東京)、桜坂劇場(沖縄)ほか全国公開。 http://bitters.co.jp/shellcollector/
離島経済新聞 目次
『季刊ritokei(リトケイ)』インタビュー
離島経済新聞社が発行している 全国418島の有人離島情報専門のタブロイド紙『季刊ritokei(リトケイ)』 本紙の中から選りすぐりのコンテンツをお届けします。 島から受けるさまざまな創作活動のインスピレーションや大切な人との思い出など、 島に縁のある著名人に、島への想いを伺います。
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