つくろう、島の未来

2024年11月23日 土曜日

つくろう、島の未来

極地から都市まで、新しい地図を描くように世界中を旅し、写真を撮り続ける石川直樹さん。
「メディアを通して見知っている世界をなぞるのではなく、自分の身体を通して捉えた世界を写真で提示したい」と言う。島々の連なりを追い求め、そこに暮らす人々の姿や祭祀などの風土を収めた写真集『ARCHIPELAGO(アーキペラゴ)』をはじめ、撮影の裏側にあるエピソードや、写真に対する思いについてお話を伺いました。
『季刊ritokei』21号(2017年8月発行号)に掲載された記事のロングバージョンを2回にわたりお届けします。

聞き手・石原みどり 写真・渡邉和弘


-これまで訪ねた場所は世界何カ国ぐらいになるのでしょうか?

南極など国じゃない場所もありますが、90カ国くらいですかね。この7月もスヴァールバル群島という北極圏の島々を船で巡っていました。世界で一番シロクマの生息密度が高い地域で、久々にシロクマにも出くわしましたよ。過去にはポリネシアをはじめとする太平洋の島々もたくさん訪ね歩きましたし、日本の島々も。島の数だけで言ったら相当な数行っているんじゃないですかね。


-旅を始めたのはいつ頃ですか?

最初の一人旅は中学2年生の時の高知で、高校2年の夏休みにインドとネパールに行きました。


−写真集『ARCHIPELAGO(アーキペラゴ)』では、日本列島の南北に点在する島々を写真に収められています。この作品をつくろうと思ったきっかけは。

当時僕は大学院生で、島の連なりから環太平洋地域を見つめ直す試みを修論のテーマにしていたんです。島の連なりとして世界を捉え直すべく「ARCHIPELAGO」=多島海(※1)としての世界の在り方について調べていました。日本列島も、北海道島、本州島、四国島、九州島があり、トカラ列島(とかられっとう|鹿児島県)、奄美群島(あまみぐんとう|鹿児島県)、宮古諸島(みやこしょとう|沖縄県)、八重山諸島(やえやましょとう|沖縄県)といった、島の連なりから成り立っていますよね。

※1 多島海……一定の範囲に多くのが点在する海域。


-『ARCHIPELAGO』では、南はトカラ列島から台湾の金門島へ、北は青森から北海道を経てサハリン、カナダのクイーンシャーロット島まで島々の連なりが延びていきますね。

例えば、北の連なりで言えば、僕の中では、そこからさらに人々の身ぶりや文化がサハリン島やカムチャツカ半島、アリューシャン列島、そしてアラスカなどを経て北極圏へ繋がっていきます。人類の移動に関しては、ユーラシア大陸から北海道に入って南下していった人々もいたし、逆に南の島々から北上していった人々もいた。そういった歴史を紐解きながら、自分自身の歩行を通じて見慣れた世界地図とは異なる島宇宙を写真で提示していくという試みが『ARCHIPELAGO』でした。


-トカラ列島の悪石島のページでは、仮面神のボゼや、『最後の冒険家』(※2)にも登場する、漂着したゴンドラの写真も印象的でした。

※2『最後の冒険家』……熱気球での冒険で数々の記録を樹立し、2008年の太平洋横断中に消息を絶った神田道夫氏について、2004年の太平洋横断に副操縦士として同乗した石川さんが記した、開高健ノンフィクション賞受賞作。

僕が来訪神の祭祀に興味を持ち始めたきっかけは、ボゼでした。
『最後の冒険家』は熱気球で数々の遠征をしてきた神田道夫さんが、太平洋を横断しようとする話なんですけど、僕と神田さんが太平洋を横断しようとして気球で遠征に出かけた時に、ハワイの手前で落っこちちゃって、ロサンゼルス行きの船に拾われてアメリカにたどり着きました。
その時に乗っていたゴンドラは海の底に沈んだと思っていたんだけど、それが4年も経って悪石島(あくせきじま|鹿児島県)の小さな浜に打ち上がるという奇跡があったんです。その前から、ボゼの撮影で悪石島に行っていましたが、こういう形で島を再訪するとは思わなかったですね。


-2008年1月、神田さんは太平洋横断に再挑戦し、消息を絶っています。その年の夏に、4年前の冒険で海に沈んだと思っていたゴンドラが流れ着くとは、不思議な縁を感じます。悪石島の知り合いの方からゴンドラが漂着した報せを受けたそうですね。

トカラに行けば分かりますが、すごい小さな島々だし、その中でも悪石島は「落石島」と呼ばれていたという謂われがあるほど断崖に囲まれた島です。浜も数少ないのに、猫の額ほどの浜にゴンドラが打ち上がるっていうのは、確率的に言っても奇跡以外の何ものでもなかった。ボゼの仮面の起源とも関わりますが、海から流れ着いたものに対して非常に思い入れの深い島にゴンドラが打ち上がってしまうという不思議さがありましたね。


-南西諸島では、海の向こうから神様やマレビト(※3)がやってくるという信仰も多く見られます。悪石島のボゼや、波照間島(はてるまじま|沖縄県)のフサマラー、宮古島(みやこじま|沖縄県)のパーントゥなど、様々な仮面神を撮影していますが、異形の神々に対峙したとき、どんなことを感じましたか。

※3 マレビト……まれに訪れてくる神または聖なる人。日本の古代説話や現行の民俗のなかに,マレビトの来訪をめぐる習俗が認められる。

仮面の来訪神は、おっしゃるように異形で、とても怖い。怖い存在なんだけど、恐る恐る迎え入れる文化が島々に残っているのが、独特で面白いと思いました。
通常の閉じたコミュニティでは見知らぬ他者は拒否されがちですが、こうした祭では海からやってくる見知らぬ者を、拒絶せずに受け止めて、例えば石垣島ではマユンガナシを家に上げてお酒を出したり、悪石島ではあの世からの使者としてボゼを迎える準備をしたりする。
海は時に津波のような災害をもたらしますが、一方で稲作の方法や、植物の種、製鉄の技術、そういったものもまた全て海からやってきた。異質なものを吸収し受け入れて発展してきた風土が日本列島にあって、そうしたものが来訪神の祭祀に凝縮されているのではないかと感じています。


-そう思うと、異形の神々も親しみを伴って見えてくる気がします。

来訪神には先祖が姿形を変えて海からやってくるという意味合いも多分にあり、コミュニティを繋ぎ止める非常に大切な存在だとも思います。

インタビュー後編に続く)


(お話を聞いた人)
石川直樹(いしかわ・なおき)

写真家。1977年東京生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅し、作品を発表している。2000年に地球縦断プロジェクト「Pole to Pole 2000」に参加し、北極から南極まで人力踏破。2001年に世界七大陸最高峰登頂最年少記録を塗り替える。『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか、著書多数。

作品紹介
『ARCHIPELAGO』(集英社2009年)

南はトカラ列島、奄美群島、沖縄、宮古諸島、八重山列島、台湾、北は青森、北海道、利尻島(りしりとう|北海道)、礼文島(れぶんとう|北海道)、天売島(てうりとう|北海道)、サハリン島、クイーンシャーロット諸島などで10年かけて撮影した、島々に暮らす人々の姿や、祭祀などの風土を収めた写真集。日本を島の連なりとして捉え、日本南北に位置する環太平洋の島々を含む「多島海」としての視点を提示する。

     

離島経済新聞 目次

『季刊ritokei(リトケイ)』インタビュー

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