つくろう、島の未来

2025年01月10日 金曜日

つくろう、島の未来

ベストセラー本 『デフレの正体』 やNHK取材班との共著『里山資本主義』を送り出し、社会に大きなインパクトを与えてきた地域エコノミスト・藻谷浩介さん。平成の大合併以前に存在した約3,200の市町村すべてを私費で訪問し、実際に目耳に触れたことを言葉にしながら、地域振興や人口問題をテーマに、研究・執筆・講演のため今も国内外を飛び回っている。もちろん有人離島を有する170市町村もすべて歩いてきたという藻谷さんに、 島について聞いた。

聞き手・鯨本あつこ

ritokei

普段からどのような視点で地域を見ているのでしょうか。

藻谷さん

離島も国内も海外も同じで、それぞれの地域が「どういう感じで生活を成り立たせているのか」に興味があるんです。「どう違うか」ではなく「どう普通か」という視点です。

ritokei

違いを比べるというよりも、それぞれの地域の当たり前を見てまわっているのですね。

藻谷さん

はい。旅先を類型に当てはめて見てしまう人には分からないかもしれませんが、その場所に行くからこそ分かるそれぞれの「普通」があります。その「普通」がどのようにアダプトしているのか?経済的に回っているのか?生存欲求をどのように満たしているのか?どのように楽しく暮らしているのか?といったことに興味があるんです。

その場所に行って歩くということは「読書」に近いのですが、知覚だけじゃなく触覚・嗅覚・味覚・聴覚を使う分、読書よりも総合的な体験といえますね。

私は特に、現実はどうなのか?ということに興味がありますが、それは実際に見て、感じないと分かりません。何かに書いてあるから正しいとは限らない。たくさん見て、感じることでだんだん見えてくるんです。

ritokei

人と人が支え合うコミュニティという意味での「シマ」についてはどのような印象をお持ちですか?

藻谷さん

シマはすべてにおける基本系だと思います。結局すべてがシマで、「会社」も「個人の家」もシマ。東京なんて20センチ間隔で何千万ものシマがある状態で、団地にもオフィスにもそれぞれにシマと言える「閉じた関係」があります。

よく地方の高齢化が問題にされていますが、東京でも高齢化は進んでいて、2019年からの5年間だけで0歳~4歳までの東京の人口は16パーセント減っています。けれど東京のシマにいるとそのことが分からない。東京というシマに閉じこもっていることを、東京の人は自覚していないんです。

ritokei

「東京というシマに閉じこもる」とは新しい視点です。

藻谷さん

東京も50歳以下の人口は少子化でどんどん減っているのですが、住人は「若者は地方からの上京者で増えている」という「東京シマ」の常識を信じ込んでいて気づかない。けれど、小さい島だと気がつくんです。これはまずいと。

ritokei

人口が少ない地域の方が危機を察知しやすいというわけですね。

藻谷さん

ある人に「地方都市にもコンビニがあるんですか?」と聞かれて驚いたことがあります。離島や田舎について「何もない」と言う人はたくさんいますが、そこで「では、あなたの言う『何も』がある場所はどこなんですか?」と聞くと多くの人は答えられません。

子どもなんかは素直に「東京」と言ったりしますが、実は東京にもないものがたくさんあるわけです。澄んだ海や川がない、山がない、月や星が見えない、花火やBBQが許されない、ゴルフ場もビーチも遠い……とないものだらけ。

一方、離島や地方には釣りができる海があり、山菜が採れる山もある。都会の暮らしはありとあらゆるものを失っているというのに、「地方には何もない」「都会には何でもある」という情報をそのまま認識してしまう人は ChatGPTと同じなんです。

ritokei

人工知能と同じ?

藻谷さん

はい。ChatGPTに最近の天気を聞くと「暑いですね」と言う。神経がないのにそう言えるのは、みんながよく言っていることを編集して言っているからです。「田舎には何もない」と言うのも、入ってきた文字情報をただ編集して言っているだけ。

学校教育で文字情報の丸暗記ばかり訓練しすぎると、自分が感じた「文字ではない情報」から感じ取って「実際にこうじゃないの?」と知覚する能力が失われて、手足のあるChatGPTになってしまうんです。養老孟司先生の言う「脳化」も同じことでしょう。

ritokei

田舎がなんとなく 「何もない」と言われがちな理由が見えました。

藻谷さん

離島というのは非常に分かりやすいテーマなんです。国内ではあまりそう思われていませんが、世界の中では日本列島自体が離島。おまけにその中にさらに離島が無数にあります。日本の中の離島を理解すれば、世界の中の日本が分かります。

ritokei

離島の中で注目している地域はありますか?

藻谷さん

佐渡島や周防大島(屋代島)のように万人単位の島にはおもしろい人が必ずいて、おもしろい動きも継続しやすいですね。数千人単位でも引き続き海士町(中ノ島)はおもしろいし、瀬戸内海ではあえて本土側と橋を架けない大崎上島もおもしろいですね。

藻谷浩介さんが講師となり、佐渡島で毎年開催されている「学校蔵の特別授業」の様子
藻谷さん

私は人口をチェックしているので、若い人や赤ちゃんの数がコンスタントに維持できているところは、何かがあると注目していて、 実際に安定している地域もぽつぽつあります。一方で、宮古諸島などの沖縄離島については、 バブルが過ぎ去った後にどうなるかを注目しています。

佐渡島にある地元誌の 『Ikki』や、島ではありませんが新潟県津南町の『津南学』など、地元の文化人が継続的な掘り起こしの活動をやっている例も増えるといいですね。

ritokei

すると田舎や離島にも価値があると思うものの、人口減少地域を存続させる取り組みは 「効率が悪い」 と聞くことがあります。その点については?

藻谷さん

では、反対に「効率がいい」というのは、誰にとってのどういう状態なのでしょう。人が生きていくことのうち、「効率」で測れるのは何パーセント?

そもそも日本の存在は、あるいはあなたの存在は、効率的?非効率?彼らは答えられないです。 人工知能のように、 他人がそう言うから言っているだけで、そこに何の数字の根拠も、哲学もありません。

「離島は補助金漬けだ」と言う人には、あなたの生活は補助金付漬けじゃなかったんですか?と問いたい。道路も上下水道も学校も医療も年金も、莫大な税金で賄われているし、だからこそ税金を納める意味があるのです。

ですが離島は、道路も短く、下水道はないところが多く、人口当たりの生活保護費は東京の3分の1〜6分の1程度しかかかっていません。お金がなくても、高齢者でも、楽しく暮らせます。そういう事実も、「効率」の計算に含んではどうでしょうか。

島の場合、港湾や船に補助金が使われますが、 本土の道路や鉄道・バスなどと見合いで考えるべきです。

ritokei

さらに離島地域は日本全体の0.5パーセントの人口で排他的経済水域の50パーセントを保全しているので、広大な面積を守っている事実からすれば必要な補助金についても妥当だと感じます。島の価値を問うにも、藻谷さんがおっしゃる 「現実はどうなのか?」という視点が大事ですね。

藻谷さん

人間の価値は金額ではなく、その人がにこにこ楽しく生きていることなのです。他の人がどうのと言うよりも、自分自身が満足して楽しく生きていることが価値。国際競争をするにも、何のためにやっているのかといえば、にこにこ楽しく生きていくためであって、稼ぐ稼がないはその手段の一つにすぎません。

それが離島に行くと非常によく分かります。離島で皆がにこにこ楽しく暮らしている風景をみると楽しくなりますよね。離島の経済っていうのはまさに里山資本主義なのです。

お話を伺った人

藻谷浩介(もたに・こうすけ)さん
株式会社日本総合研究所主席研究員。平成の大合併以前に存在した約3,200の市町村すべてと海外140カ国を私費で訪問。地域特性を多面的に把握し、 地域振興や人口問題に関して精力的に研究・執筆・講演を行っている。著書に『デフレの正体』、 『里山資本主義』、近著に『誰も言わない日本の「実力」』(毎日新聞出版)

『誰も言わない日本の「実力」』
(毎日新聞出版)

「日本はジリ貧」 「国際競争力は地に落ちた」 根拠なき絶望感に囚われず、 危機の時代をどう乗り越えるか? 毎日新聞コラム『時代の風』欄への9年分の連載に新たに解説を加え再編集。安倍政権から現在までの、日本と世界をファクト・ベースで徹底検証する。『デフレの正体』『里山資本主義』のエコノミストによる渾身の提言!


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>>佐渡島・学校蔵の特別授業で深める「シマ思考」【シマ思考Report】

藻谷浩介さんが10年以上に渡り佐渡島で取り組む「学校蔵の特別授業」の体験レポート。併せてご一読ください。

     

離島経済新聞 目次

『季刊ritokei(リトケイ)』インタビュー

離島経済新聞社が発行している 全国418島の有人離島情報専門のタブロイド紙『季刊ritokei(リトケイ)』 本紙の中から選りすぐりのコンテンツをお届けします。 島から受けるさまざまな創作活動のインスピレーションや大切な人との思い出など、 島に縁のある著名人に、島への想いを伺います。

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