つくろう、島の未来

2024年10月25日 金曜日

つくろう、島の未来

2010年、瀬戸内海の島々を舞台に始まった「瀬戸内国際芸術祭」(以下、 瀬戸芸)。過疎や高齢化が進行する島々にアーティストが滞在し、空き家や廃校に設置されたアートをめがけ、国内外から大勢のファンが訪れる。

2025年には6度目の開催を迎える瀬戸芸が目指すものは、「じいさまばあさまの笑顔」と「海の復権」。14年間に渡り、総合ディレクターを務めるアートディレクターの北川フラムさんに、その背景と想いについて聞いた。

聞き手・鯨本あつこ 写真・坂口祐

ritokei

瀬戸芸が 「海の復権」と「じいさまばあさまの笑顔」を掲げる背景について教えてください。

フラムさん

僕が瀬戸内に関わりはじめたのは1996年からで、当時は過疎化がものすごいスピードで進んでいました。島によっては高校がないので、進学を機に家族みんなが本土に移り住み、人口が減り、島の生業にも展望がなくなってしまうことが問題でした。

瀬戸芸は、2006年頃から当時の福武總一郎ベネッセコーポレーション代表取締役会長と真鍋武紀元香川県知事との間で話が進み、地域力が減退している瀬戸内の海と島を、美術を契機に元気づけていこうと計画されたのが始まりです。

当初から「足はしっかりと大地に、目は遠く世界に!」という覚悟で「海の復権」をテーマに進められてきました。

ritokei

島と美術が紐づいたのですね。

フラムさん

島が隔離、孤立し、過疎になって地域が減退していくなか、外部と島をつなぐものとして美術を選びました。美術のおもしろいところは地球上に80億人いるなら、80億人の平均値でなくてよいこと。「みんなが違う」ことが美術の存在意義なのです。

もうひとつ、美術という言葉は明治時代の翻訳の間違いで、本来的な意味は「自然との関わり方」なんです。その意味を考えると、島にはじいさまばあさまが多いので、じいさまばあさまが「ここに住んでいてよかった」と思える芸術祭にするべきだと考えました。

自然との関わり方が本来的なアートであるなら、都市空間よりも島の方が自然は身近です。ホワイトキューブ(白い壁)のような均質空間や都市化は、20世紀としては理想的だったわけですが、地球環境が崩壊している中、自然から切り離したものを「普遍的です」とはいえません。

ギャラリーや美術館のホワイトキューブ、均質空間での試みも大切なので否定はしませんが、僕は今の人間が抱えている問題の根本には、自然との付き合い方のマズさがあると思っています。

そして世界のグローバル化・効率化・均質化の流れが島の固有性を少しずつなくしていく中で、島々の人口は減少し、高齢化が進み、地域の活力を低下させてきた。だからもっと本質的な現場に関わって行った方が良いんじゃないかと思ったのが、芸術祭を田舎でやりだした理由です。

瀬戸芸には大勢のアーティストが関わり、ファンが訪れています。ありがたいことに現代美術ファンは2〜3万人と言われているところ、瀬戸芸だけで100万人近い人に来てもらえるようになりました。

海や島が良いのは、船に乗ることで意識がリセットされること。都市に暮らす人ならその暮らしをリセットし、自身の日常を改めて問い直せることはものすごい効果です。

芸術祭は来た人もおもしろいし、受け入れた人もおもしろく、元気になる。美術って、生産性からすれば手間暇かかるし役に立たないものだと思うんです。 だけど、 おもしろさがあるから、やあやあと言って人々がやって来れるんです。

ritokei

そうやって人がやってくるなか、瀬戸芸の舞台のひとつである男木島はUターン者によって、休校していた学校が復活するような良いニュースも生まれました。

フラムさん

僕もびっくりしました。 小豆島も移住が多いので、人口はあまり減っていないんじゃないでしょうか。

ritokei

確かに、小豆島の人口減少は瀬戸内海の島々の中では比較的ゆるやかですね。

フラムさん

はっきり分かっている数字では、芸術祭を約100日間行うなか、手伝いにくるサポーターは1会期あたり延べ8,000人を超えていて、その半分以上が海外から来られています。香川・岡山を除いた地域から来た人々の平均宿泊日数は2.85日で、リピーターが55パーセント。次回の芸術祭に「ぜひ来たい」「来たい」とアンケートに答えた人も91,6パーセントに上ります。

ritokei

100万人の55パーセントがリピーターなら55万人の関係人口を産んでいることになりますね。

フラムさん

震災が起きた奥能登でも芸術祭を行ってきました。その土地を歩き、人と話し、食事をし、土地の祭りに参加するアーティスト、サポーター、旅行者にとっては、その土地が第二、第三の故郷になっているので、震災後の心配や応援の申し出が連日送られてきました。瀬戸芸もつまり、そういうことなんです。

ritokei

海外からのサポーターはどちらの国の方が多いのでしょうか。

フラムさん

一番多いのは台湾が多く、中国や韓国もまんべんなく多いです。

ritokei

来場者はどのように島を楽しまれているのでしょうか。

フラムさん

美術の世界では直島が圧倒的に人気なので、一見すると直島が瀬戸芸のすべてを覆っているようにも見えますが、お客さんのアンケートをみると、直島以外の島をちょこちょこ見てまわるのがおもしろいという声が多いんです。

ritokei

島に渡るということそのものも、楽しまれているのですね。

フラムさん

豊島などでは岬めぐりもすごく楽しいんです。ちょっと行くと風景が変わり、海と陸地とのつながりを知る喜びがあります。交通が不便なのでなかなかできないものの、もっとやりたいと思っています。

ritokei

フラムさんは「集落単位でのコミュニティ」も大切にされているとのことですが、その理由は。

フラムさん

「大地の芸術祭(※)」が始まった時は合併政策だったんです。けれど、動いているうちに集落単位でやるしかないなという逆行した動きになっていった。やはり一番のリアリティは集落なんです。村社会というのもあるし、地域にはまだ高齢者や実力者の力が大きくて、世代間の断絶もあったりするので大変でもありますが、集落単位で守らなければならないことや、工夫しなければならないことを学んだのは大きかったですね。

例えば、瀬戸芸では瀬戸大橋でつながる与島5島(櫃石島・岩黒島・与島・沙弥島・瀬居島)に暮らす漁師や住民の方々と、それぞれ1週間から10日かけて網を編み、つなげるプロジェクトをやったアーティストがいました。島ごとに編み方も網の目も違っているのがおもしろくて、最後に5島の網をつなげるとみんなが感動したんです。

※新潟県十日町市および津南町で開催される世界最大規模の国際芸術祭

ritokei

すばらしいですね。そのように地域に根ざした芸術祭を運営する上で気をつけていることは?

フラムさん

そうですね。僕はサポーターの皆さんに、民俗学者である宮本常一先生の著書『忘れられた日本人』と『調査されるという迷惑』(宮本常一・安渓遊地著)をおすすめしてきました。「塀の向こうはのぞくな。じいさまばあさまは大抵寝ている」「道で並列になって自転車に乗るな」など、私自身も地域の文化や暮らしの知恵を学ぶのにとても参考になり、同時に旅行者としての心得でもあると感じています。

ritokei

2025年に開催される瀬戸芸に向けて思うことは。

フラムさん

できるだけゆっくりまわってほしいというのが僕のテーマです。 はじめは2〜3泊になるのも仕方ありませんが、できればじっくり滞在してもらいたい。実際、「もっと見たい」と思って農業をやりながら半分島で生活するような人も出てきていますから。

ritokei

メッセージをお願いします。

フラムさん

島や山の中で芸術祭をやる理由は、それらが普遍的になる時がやってくると思っているからです。やはり、自然とのダイレクトな関係性を持っているところがもう一度見直されると信じているし、ると信じているし、 実際にそうだと思っています。

島や山の中には多少困難な場所でも、人が訪ねて、つながっていく新鮮さがあり、与島5島の網プロジェクトのように、その地域にしかない知恵があるので、それらを誇った方がよい。人間は本来、技術がないと生きていけなかったわけです。島や山にあるものは大きな価値であり、宝であり、すごいことなのです。

お話を伺った人

北川フラム (きたがわ・ふらむ)さん
1946年新潟県上越市生まれ。東京芸大卒。瀬戸内国際芸術祭総合ディレクター、越後妻有アートトリエンナーレ総合ディレクターなどを務める。アートディレター。2017年度朝日賞、2018年度文化功労者。2019年イーハトーブ賞など受賞

<瀬戸内国際芸術祭2025開催概要>
【会場】瀬戸内の島々と沿岸部(全17エリア)
【全会期】直島豊島女木島男木島小豆島大島犬島、高松港エリア、宇野港エリア
【春会期】瀬戸大橋エリア
【夏会期】志度・津田エリア、引田エリア
【秋会期】本島高見島粟島伊吹島、宇多津エリア
【公式HP】https://setouchi-artfest.jp/

     

離島経済新聞 目次

『季刊ritokei(リトケイ)』インタビュー

離島経済新聞社が発行している 全国418島の有人離島情報専門のタブロイド紙『季刊ritokei(リトケイ)』 本紙の中から選りすぐりのコンテンツをお届けします。 島から受けるさまざまな創作活動のインスピレーションや大切な人との思い出など、 島に縁のある著名人に、島への想いを伺います。

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