つくろう、島の未来

2024年11月23日 土曜日

つくろう、島の未来

極地から都市まで、新しい地図を描くように世界中を旅し、写真を撮り続ける石川直樹さん。
「メディアを通して見知っている世界をなぞるのではなく、自分の身体を通して捉えた世界を写真で提示したい」と言う。島々の連なりを追い求め、そこに暮らす人々の姿や祭祀などの風土を収めた写真集『ARCHIPELAGO(アーキペラゴ)』をはじめ、撮影の裏側にあるエピソードや、写真に対する思いについてお話を伺いました。
『季刊ritokei』21号(2017年8月発行号)に掲載された記事のロングバージョンを2回にわたりお届けします。


(インタビュー前半はこちら)

聞き手・石原みどり 写真・渡邉和弘


-『ARCHIPELAGO(アーキペラゴ)』の沖縄本島のページでは写真家の平敷兼七(へしき・けんしち)さんも登場していますね。後書きで、平敷さんから島のことを教えてもらったと書かれていましたが、平敷さんとはどんなお話をされたんですか。

平敷さんは、自分の生まれた場所である沖縄の写真を、生涯を通じて撮り続けた方です。外から訪れた人の視点とは異なる、平敷さんの深い眼差しに触れたということですね。沖縄で暮らしながら社会的な弱者を含めて彼は人に寄り添って撮影をしていました。その眼差しの在り方の根底には、人への底なしの共感があります。それは単なる優しさというのでもなく、共に在る生き方というか、そうした姿勢を僕は学びました。


-2014年に出版された『宮本常一と写真』(※1)は、石川さんが企画されたのですか?宮本常一(みやもと・つねいち)さんと石川さんは、いろんな場所を歩いてそれを写真に収めるというところが共通していますし、そこにあったものを記録的に写し込む撮り方も似ていますね。写真を全部見て編集するのは、とてもおもしろい体験だったのでは。

※1『宮本常一と写真』(コロナ・ブックス)……民俗学者・宮本常一の残した10万枚に及ぶ写真群から石川さんが厳選したものを〈故郷〉〈子ども〉〈仕事〉〈都市〉〈移動〉という5つのキーワードをもとに解説。

出版社から、宮本常一さんの“写真”に焦点を当てた本を出すので一緒につくりませんか、とお声がけいただいたのがきっかけでした。僕自身、常一さんの残した写真を総ざらいで見たことがなかったのですが、見ていくうちに「ああこれはとてもおもしろいな」と思いました。
常一さんは、写真という存在の原点にある記録性についてよく分かっていた方だと思います。写真がもっている情報量の豊かさについて理解していたからこそ、あれだけの膨大な写真を残したし、写真の読み解きに関しても非常に長けていたと思います。
例えば祭祀に登場する仮面だったら、あたかもスタジオ撮影のようにそれだけを強調して撮ることもできるし、今だったらデジタル加工してさまざまな見せ方も可能ですが、主観によって意図的に切り取るのではなく、祭を見ている観客や村の人々の様子なども含めて、混然一体となった場を冷静に観察しながら写しとっています。こうした写真の撮り方の面でも、とても共感するところがありました。


-2016年に宮古島(みやこじま|沖縄県)で見つかった東松照明(とうまつ・しょうめい)さんのオリジナルカラープリント107点を修復して展覧会を開いていますが、生前も親交があったそうですね。

沖縄本島を何度か訪ねて行く中で、生前の東松照明さんにお会いする機会があって、自分の写真を見せに行ったりしていたんです。無口な方で、僕の写真を見て細かく何か言うことはなかったけど、ぽつりぽつり口から出る言葉が、印象的でした。写真史に残る巨人のような方と直接相対して、東松さんのデジタル暗室や仕事場、その人となりに触れられたことだけでも、自分にとっては大きな学びでした。
その後、彼が撮影した写真が宮古島のあるお宅に眠っていたのに出会い、修復して展覧会「光源の島」をニコンサロン新宿で東京芸大の伊藤俊治先生と一緒になって開催しました。宮古島で見つかった写真は、ほとんどがポジフィルムで撮られたものからダイレクトプリントされていて、晩年の作品と質が異なります。コントラストが強く、つぶれている部分もあるんですが、荒々しくてかっこよかった。そういう写真を間近に見て、きちんと世に出すことができてよかったし、僕自身もいろいろと教えられることがありましたね。


-高松で写真学校「フォトアーキペラゴせとうち」を始めたきっかけは。

瀬戸内国際芸術祭などに参加して四国の高松に通ううちに写真好きの人たちと知り合い、2015年に写真学校を立ち上げ、2016年に「一般社団法人フォトアーキペラゴせとうち」を設立しました。中国地方と四国地方の写真好きの人たちが集うプラットフォームになることを目指しています。冊子『PHOTO ARCHIPELAGO』も年に2冊程度出していく予定です。


-『PHOTO ARCHIPELAGO』冒頭に石川さんの挨拶文がありますが、「この場所にいる私たち自身が写真を通して自らの価値をしっかりと見つめ、記録し、発信していきたい」とあったのが印象に残りました。

どこの地域でも、観光で行くと見るものが限られてしまいますよね。例えば、沖縄に行くと、SNSに上げるために沖縄「らしい」美しい写真を撮ろうとして、それ以外の何でもない風景は選ばれない。地元の人が地元を見つめる普段の眼差しは、表に出てきづらい。だからこそ、そういう眼差しを拾い上げ、きちんと記録しておきたいと思っています。


-地元目線の風景ですね。

北海道の知床半島でも「写真ゼロ番地」というプロジェクトを進めています。知床というと大自然のイメージが強いと思うのですが、知床にも人々と関わる土地の歴史や文化があるということを、地元の人の視点から考えていこうという活動です。
土地の人の視点というのは、撮る際の心構えとも関連して、例えば東京なら、東京「を」撮るのではなく、東京「で」自分と世界との関係を撮ることが重要だと僕は考えます。自分が、私が、世界と交わりながら撮っている、その意識が重要なんじゃないかと。


-あくまでも、出発点はその人自身の眼ということですね。

誰もが「らしさ」というものに囚われていて、富士山だったら「富士山らしい」写真を撮りたくなるんです。湖に映る、「ナントカ富士」の構図とか。そういうものよりも、山に登る自分と富士山との関係を写すことに僕は関心がありました。


-人はいろんな他者との出会いや経験から影響されていきますよね。石川さんだったら、いろいろな冒険家の方々や写真家の方々との出会いがあったと思いますが、そうした先輩方との出会いの中から得たものはありますか?

それはたくさんありすぎますね。話に出た、宮本常一さんや、東松照明さん、平敷兼七さんをはじめ、いろんな市井の人々と出会って今の自分があります。これです!みたいな答えはないけれど、いまの僕は島が育ててくれたといっても過言ではありません。
大陸とか都市とか、すごく大きな場所からものを眺めるんじゃなくて、島みたいな小さな場所から大きな世界を見渡した方が、いろいろ気がついたり感じたりするものが多いんじゃないか、と僕は思っていて。


-島で暮らす方々から学んだ姿勢ということでしょうか。

僕はいま宮古島にも暮らす家があって、住民票も宮古島市にあるんですよ。今は行ったり来たりですが、暮らしてみるとまた見えてくるものが違ってきますね。


-鹿児島県十島村の2017年カレンダー「12events in NAOKI ISHIKAWA met TOKARA. トカラで出会った12のコト」(※2)の撮影ではトカラ列島を全島巡ったということですが、撮影の旅で印象に残るエピソードはありますか。

※2「12events in NAOKI ISHIKAWA met TOKARA. トカラで出会った12のコト」……鹿児島県十島村の会費制サポーター「十島村友好島民の会」会員に配布された2017年版カレンダー。

トカラ全島に行くのはなかなか時間がないと難しい。僕は幸運でした。あのような島々があって、時々思い返せるのは、自分にとってとても豊かなことです。諏訪之瀬島(すわのせじま)の火山は、今も噴火しているんだろうかとか、港での荷物の受け渡しを男の人たちは今日もタンタンとやっているんだろうな、とか。


-今この同じ時に、あそこにあの島があるっていう感覚。いいですね。

ふとしたときに島を思える、その経験の引き出しが複数あるだけでも素晴らしいことだな、と思っています。あの牛たちは元気かな、とか、あそこの宿のおばちゃんはまた掃除しているのかな、とか。そういう些細なことをね。おもしろいですよね。


(お話を聞いた人)
石川直樹(いしかわ・なおき)

写真家。1977年東京生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅し、作品を発表している。2000年に地球縦断プロジェクト「Pole to Pole 2000」に参加し、北極から南極まで人力踏破。2001年に世界七大陸最高峰登頂最年少記録を塗り替える。『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか、著書多数。

作品紹介
『ARCHIPELAGO』(集英社2009年)

南はトカラ列島、奄美群島、沖縄、宮古諸島、八重山列島、台湾、北は青森、北海道、利尻島(りしりとう|北海道)、礼文島(れぶんとう|北海道)、天売島(てうりとう|北海道)、サハリン島、クイーンシャーロット諸島などで10年かけて撮影した、島々に暮らす人々の姿や、祭祀などの風土を収めた写真集。日本を島の連なりとして捉え、日本南北に位置する環太平洋の島々を含む「多島海」としての視点を提示する。

     

離島経済新聞 目次

『季刊ritokei(リトケイ)』インタビュー

離島経済新聞社が発行している 全国418島の有人離島情報専門のタブロイド紙『季刊ritokei(リトケイ)』 本紙の中から選りすぐりのコンテンツをお届けします。 島から受けるさまざまな創作活動のインスピレーションや大切な人との思い出など、 島に縁のある著名人に、島への想いを伺います。

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