つくろう、島の未来

2024年03月19日 火曜日

つくろう、島の未来

人気キャラクター「くまモン」のプロデューサーや映画『おくりびと』の脚本家など、マルチな活動で知られる小山薫堂さんは熊本県の天草諸島の出身。

5月29日に全国で公開がスタートする映画『のさりの島』は、薫堂さんが生まれ育った町が舞台となり、実在するスポットが多く登場する。

同作のプロデューサーを務める薫堂さんに、映画のことやふるさとの島について聞いた。

聞き手・鯨本あつこ
写真・金田吉弘

※この記事は『季刊ritokei』35号(2021年5月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。

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映画『のさりの島』の舞台・天草諸島の本渡(ほんど)は小山薫堂さんのご出身地でもあります。作品をプロデュースされることになったきっかけを教えてください。

薫堂さん

(副学長を務める)京都芸術大学の忘年会で山本監督と話したときに、映画の舞台を探していると聞き、候補地の一つが天草市だったんです。山本監督が天草を選んだのは偶然でしたが、ぜひ協力させてくださいということで入りました。

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劇中に登場する商店街は、薫堂さん自身が親しんだ場所だとか。

薫堂さん

小学生の時、あの商店街から300メートルくらいのところに住んでいました。中央新町という天草の真ん中であり、新しい町。僕は天草の中でも一番の都会っ子だったんです(笑)。昼間はたくさん人がいて、いつもにぎわっていました。

僕たちは夜になると誰もいない商店街にスケボーを持っていって、ツルツルした大理石みたいなアーケードを疾走して遊んでいました。

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映画に登場するのはにぎわいを失った商店街の姿ですが、昔はどのくらいにぎわっていたのでしょう。

薫堂さん

すれ違う時に人と人がぶつかるぐらいでした。夏休みの土曜日には毎週、夜市があって全部のお店が夜も開いていて、屋台も出ていました。お祭りみたいに、人とはぐれたら見つからなくなるくらい。東京でいえば原宿のようでした。

あの当時はデパートもふたつあって、映画館も3館。本当に都会だったなと記憶しています。

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映画館やラジオ局、たい焼き店など、映画に登場する場所の多くが今も実在していますが、「みつばちラジオ」にも関わられているそうですね。

薫堂さん

ラジオ局は立ち上げの時にブランディングのお手伝いをしました。僕は天草市のアドバイザーをしているので相談にのってほしいと言われ、「みつばちラジオ」という名称をどうするかなど、話をしました。

実際、今のみつばちラジオも(映画に描かれているように)天草の人にとっては、声の回覧板みたいな存在になっていると思います。

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たい焼き屋さんは、廃業されたところを薫堂さん自身が再生されたとか。

薫堂さん

「まるきん」のたい焼きは子どもの頃は最も身近なファーストフードで、もらったお小遣いでいつもたい焼きとたこ焼きを買っていました。

閉めたと聞いたので、電話をかけてお父さんになんで閉めたんですかと聞いたら「機械が故障した」と。それで何の機械が故障したのかと尋ねると「エアコンが壊れました」といって、たい焼きを焼く機械はあるという。それで閉めるのはもったいないから、保育園からの幼なじみを誘って経営を引き継いだんです。

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「まるきん」の名の通り、普通のたい焼きとは少し違った丸い形が印象的でした。

薫堂さん

子どもの頃、ちょうど『泳げたいやきくん』という歌が流行っていたんです。歌に出てくるたい焼きにはしっぽがついているのに、ここのたい焼きにはしっぽがついていない。それが僕にとってはコンプレックスで、田舎のたい焼きにはしっぽがついていないんだな、いつか自分もしっぽのあるたい焼きを食べにいきたいと思っていました。

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しっぽがあるたい焼きが都会への憧れに重なったんですね。

薫堂さん

東京に出てきて念願のたい焼きを見た時には都会に来たなぁと思いました。でもそうすると、むしろ丸いたい焼きが懐かしくなってくる。それで(地元のたい焼きを)よく見ると、何周も遅れた感じでオシャレに見えてきて、今はこれはこれでいいと思っています。

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『のさりの島』では天草の素朴な魅力や温かさをたっぷりと感じた一方、商店街のシャッターなどからネガティブな空気も感じました。劇中で東京に出て行った島の女の子が「息苦しかこともある」と話したような島のネガティブな面を、どのように感じていらっしゃいますか?

薫堂さん

確かにそのようなことはあると思います。都会の方から見たらのどかでいいと思うのですが、内側の人から見ると本当に息苦しかったり、プライバシーがなかったり。これは本当に、島の中にいるときには感じるんですが、外に出るとあれがとても貴重なことだったと思い、息苦しく感じてしまった自分を情けなく、やるせなく感じることがあると思います。

でも、そう思ってもしょうがない。おかしくもないし悪くもない。誰もが通る自然な感覚なので、(劇中の)あの子もきっといつか天草に帰ってくるんだろうなと思っています。

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薫堂さん自身は、都会へ出て故郷を振り返った時に、どのような良さを感じましたか?

薫堂さん

やはり流れている時間の細やかさがいいですね。僕の場合は時間と風。天草はとにかく風が気持ちよくて、時間の進み具合とか、人々のゆっくりした空気感みたいなものも、今の時代では貴重だと思います。あとは、人の温もりや穏やかさのようなものですね。

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山本起也(たつや)監督の作品には島根県海士町で撮影された『カミハテ商店』もあり、島の本質的な姿を作品におさめられている印象がありますが、薫堂さんにとって日本の「島」とはどのような存在でしょうか。

薫堂さん

ガラパゴスじゃないですけど、ピュアなところが汚れずに残っていて、俗に染まっていないと感じる場所ですね。(外の世界と)分断され、道が繋がっていないことによって、その地域だけのコミュニティができあがり、信頼関係があって、人を疑うことがなかったりする。

それゆえに無垢なるものがあって、(この映画のように)ちょっとでも事件が起こったら大騒ぎになったりする場所です。

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今号の特集は「島の魚食」ですが、おいしい食べ物が多いことでも有名な天草の「魚」について自慢をお聞かせいただきたいです。

薫堂さん

天草には中学生までいましたが、天草の魚が良いとか考えたこともありませんでした。東京や京都に行って、いろんなお店で「これは天草のタチウオなんです」と言われたりして、外で天草の魅力を感じて、今、語れるようになりました。

自慢といえば値段とのバランスですかね。東京に持って行くと、ものすごく高いものとして扱われたりするんですけれども、天草の中では日常の中でいただける。ただ、田舎だとハモの骨切りをできる人があまりいなかったりするので、都会に比べると食材を持て余している面もあるかもしれませんね。

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「日本人にもっと魚を食べてほしい」という魚食応援プロジェクト(※)にも携わられていますね。

※小山薫堂さんがレギュラー出演するテレビ番組『東京会議』に届いた水産庁長官からの依頼によりスタートした企画

薫堂さん

僕も頼まれてやっているのですが、フグ、タイ、ホタテなどコロナ禍で卸先が減ってしまった高級魚をみんなで食べましょうというキャンペーンで、いろいろなレシピを考案したり、毎週金曜日を「お魚の日」にしたり、ユニークなアイデアが出されています。

僕が出したアイデアは「大漁速報」。携帯に地震速報みたいなニュースがくると思うのですが、速報って嫌なものしか入ってこないじゃないですか。だから、受け取る人がわくわくするような速報があればいいなと思っていて「どこどこでカンパチが大漁です!」みたいな大漁速報を受け取れたら、買ってみたくなるんじゃないかなと思いました。

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おもしろいですね!最後に、島に暮らす人や島が大好きなリトケイ読者へメッセージをお願いします。

薫堂さん

僕の勝手な夢というか漠然とした憧れとして、島に移住することがあります。以前、倉本聰(そう)さんと天草に行ったとき、「きみはなんで東京に住んでいるのか? 北は俺がやっているから、きみは南だろうと」と言われ、どこかの島に会社をつくって、船で会社に通うような事務所をつくったらいいんじゃないか? と話したことが頭の中に残っているんです。

いつか島ごと、理想郷みたいなものがつくれたら。会社ごと引っ越して島をおもしろくできたらなと思っています。なので「こんな場所が空いているよ!」という島があったら是非教えてください。


小山薫堂(こやま・くんどう)
放送作家。脚本家。京都芸術大学副学長。1964年に熊本県天草市に生まれ、地元天草市のアドバイザーを務める。大学在学中に放送作家としての活動を開始。「料理の鉄人」などの番組を数多く企画・構成。脚本を手がけた映画『おくりびと』は日本アカデミー賞最優秀脚本賞等を受賞。人気キャラクター「くまモン」のプロデュースなど多方面で活躍。

『のさりの島』公開情報

群れから離れるように一人「オレオレ詐欺」の旅を続ける若い男(藤原季節)と、熊本の天草で、彼の電話に出た一人の老女(原知佐子)。受け子として来た彼を、老女は「孫」と思い込み、そのまま奇妙な同居生活が始まる。そこにあったのは、これまで彼が経験したことのない穏やかな時間だった――。プロデューサーを務める小山薫堂の郷里・熊本県天草市の全面的な支援のもと製作。

監督:山本起也
出演:藤原季節、原知佐子、杉原亜実 他

天草での先行上映を経て、5月29日よりユーロスペースほか全国にて公開中
https://www.nosarinoshima.com/

離島経済新聞 目次

『季刊ritokei(リトケイ)』インタビュー

離島経済新聞社が発行している 全国418島の有人離島情報専門のタブロイド紙『季刊ritokei(リトケイ)』 本紙の中から選りすぐりのコンテンツをお届けします。 島から受けるさまざまな創作活動のインスピレーションや大切な人との思い出など、 島に縁のある著名人に、島への想いを伺います。

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