昨年、デビュー30周年を迎えたBEGINは全員が石垣島(いしがきじま|沖縄県)の出身。
デビュー曲「恋しくて」を筆頭に、「島人ぬ宝」や「涙そうそう」「海の声」など、老若男女に親しまれるさまざまな楽曲を生み出してきた。
ボーカルであり2014年に暮らしの場を石垣島に戻した比嘉栄昇(ひが・えいしょう)さんに、音楽のことや島暮らしのなかで感じる島への思いについて聞いた。
聞き手・写真 岩倉千花(石垣島)
※この記事は『季刊ritokei』34号(2021年2月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。

- ritokei
1月1日にニューシングル「黄昏」を配信リリースされました。島の黄昏時は思わず足を止めて感傷的になるような印象がありますが、「振り向かず行こう 道は続いてる今も」と、足を止めずに進もうという前向きな歌詞が印象的でした。
- 比嘉さん
この曲は、忌野清志郎さんの存在が大きくあります。昔、同じフェスに出演したことがあって、どういう流れだったか清志郎さんと二人きりで雨宿りするという状況になったわけさ。少し離れた距離でお互い無言で過ごしたほんの2、3分。ひとつも会話はなかったけど、何時間も清志郎さんと会話した気分になった。「これからどうする?どうなる?」という。未来に向けてすごく前向きな会話をしたような感覚を今でも鮮明に覚えているんだよね。
あの人はああしろこうしろと言葉で伝えることはしなかったけど、常に前を向く姿勢を俺たちに見せてくれたと思う。本当はもっと愛嬌のある曲をつくった方がいいよなあと思いながらも、あの時、清志郎さんが無言で語りかけてくれた「これからどうする?」という問いを、今の自分たちに重ねながら思いのままに書いた曲です。
- ritokei
卒業と共に島を離れる若者や、送り出す島の人々の気持ちを歌った「春にゴンドラ」の歌詞が沁みる季節がやってきました。
- 比嘉さん
時代の流れと共に旅立ちの形も変わってきたよね。島を離れたらまともに連絡も取れなかったのが、今では数時間後には「着いたよ」とメッセージを送れるし、飛行機も増えて帰ってきやすくもなった。島に住む人がこの歌で共感するポイントも、変わってきているんだろうなと思う。
「この紙テープが引きちぎれても」の歌詞は、きっと今の旅立ちの情景には無い感覚かもしれないよね。
でも、全部が変わったわけではなくて、島で暮らす以上は親元を離れる確率が高いこと、親の心配、子の不安は当たり前に今でもあるわけさ。だからこそ、胸に残るような“島の境界線”であり続けて欲しいと思う。
島は、別れの形が綺麗だなと感じるんだよね。海に向かって、空に向かって、親戚や友達や身近な人たちに送り出される。都会みたいに人混みの中での別れじゃないから、涙も笑顔も素の感情でその時を過ごしやすい。
人生で忘れられない情景ってそうないと思うんだけど、島からの旅立ちは人生においてすごく大切なシーンであり続けてほしいと思うよ。
- ritokei
BEGINには10周年ミニアルバム「ビギンの島唄〜オモトタケオ〜」以降、「BEGINが島唄を作る時にだけ現れる心の住人」として知られている“オモトタケオ”という架空の人物がいますが、彼との出会いや人物像を教えていただけますか。
- 比嘉さん
10周年ミニアルバムを制作していた時、ある疑問が浮かんできたわけさ。「なんで三線習ったことないのに弾けるんだろう。メロディが浮かぶんだろう」って。誰かが俺の手を取って「ここを押せ」って指導してくれていると感じるぐらい。
それまで好きで聴いてきた洋楽とは、全く違う曲のつくり方やメロディの浮かび方だったんだよね。勉強しなくてもできちゃう感じ。島唄と向き合えば向き合うほど、そのできちゃう感じを、俺も(メンバーの)優や等も申し訳なく感じてきたわけ。
言葉にすると、きっとそれは“沖縄のDNA”とかになるんだけど、そういう表現も違う。じゃあ、「島唄を作る時のこの感覚に名前をつけて、新しいBEGINのメンバーとして迎えよう」ってなったわけさ。
石垣島には県内最高峰の於茂登岳がある。そこから、「オモトタケオ」って名付けたのが始まり。イメージとしては、新メンバーなのに真ん中に偉そうに座ってる髪ボサボサのおじいだね(笑)。
- ritokei
石垣島に帰ってきて6年が経とうとしていますが、栄昇さん自身の「島への思い」への変化などはありましたか。
- 比嘉さん
きっとこの記事を読んでいる方は島が身近で、知っている人も多いかもしれないんだけど、島は人との距離感が近いさね。
人との距離が近いとさ、ぶつかるしめんどくさいこともたくさんある。「酒でも飲んでないとやってられん!」みたいな日が沢山あるんだよね。でもそれって人生の一番の旨味部分だと思うし、俺はそういう島が好きなんだなと感じるようになった。文句言いながら暮らせるって最高だなって。
人との距離感が近いからこそ、思ってることを言い合う環境がここにはある。おばあ達に「あの人は口が悪くてよ」と言われるおじいほど、誰よりも優しかったり愛情があったりするわけさ。その理由が最近になって分かってきた気がするな。
島に暮らすと人との距離感に戸惑う人や悩む人もいるかもしれないけど、人との距離感こそ島の魅力だと思うから、時には受け入れて、時には文句も言って、みんなでたくさん会話できたらいいよね。
- ritokei
東京でデビューし、今は東京・沖縄本島・石垣島とメンバーそれぞれの拠点も変化しているBEGINの皆さんですが、BEGINとしての活動をする上で特に大切にしていることを教えてください。
- 比嘉さん
俺個人の話になるんだけど。俺は勝手にアーティストはやめたと思ってるわけ(笑)。俺はアーティストという存在じゃなくて職業として音楽をしているんだ、と。
お医者さんや八百屋さんはサイン書かないさ。BEGINのライブにきたことがある人は分かるかもしれないけど、ファンの皆さんに向かってよく「俺にサインを求めないでくれ!」と言ったりもしてる。会場に来てくださる方々と俺たちはさ、同じところに居る仲間だからさ。何か俺らだけ違う立場で距離を保たれてしまうのは、BEGINの音楽ではないかなと思うんだよね。
例えばひとりのプロ野球選手にも、家族や恩師やその選手を支えてくれる人たちが沢山居るわけで。選手ひとりの輝きによって、そういった周りの皆さんが見えなくなってしまうのはなんか寂しいなと思う。
俺たちの場合もさ、ヤイリギターっていうギターを作ってくれる職人さんたちがいて初めて、こうして曲づくりができているんだよね。
でも、そういうことを言うと、「比嘉栄昇は控えめな人だなー」なんて言われて、それもなんかしっくりこないから、ファンの皆さんには「サインなんて書くか!」と毒を吐いてる(笑)。そういう風に同じ仲間として俺たちの音楽も楽しんでもらえたらいいなと思っているよ。
- ritokei
3月21日でデビュー31年目を迎えます。BEGINとして歩んだこの長い年月で、ふるさと石垣島の皆さんからもらったものや、島の人たちにとってBEGINがどんな存在でありたいか、理想があれば教えてください。
- 比嘉さん
俺たちは島人だし、俺はもう島に戻ったから「島の人たちから何か恩を受けた」という感覚はちょっと違うかな。それよりももっと大きな、未来の見方、ものの考え方を島に教えられてるし、今でも叩き込まれてると感じるよね。ビシバシと。
同時にもうあふれるほどの評価をいただきすぎているから「もういいです、BEGINのことは忘れてください」って俺は思ってる(笑)。でもそれって本当に目指しているところなんだよね。いつかBEGINの歌が「この歌って誰がつくった曲だっけ」と言われるようになったら、その時初めて俺たちの音楽が“残った”と思える。
島で伝わってきた民謡や島唄も、誰がつくったかを知ってる人は少ないけど、当たり前のようにみんなが知っててみんなが歌える。BEGINにとって一番の望みは、そんな忘れられた存在になることだな。
- ritokei
最後に読者に向けて一言メッセージをお願いします。
- 比嘉さん
自分としては、島に住んでいようが、陸続きに住んでいようが、俺らみんな日本人でいいじゃんという思いがあって。今、大変なことも多いかもしれないけど、一人ひとりが自分の暮らしを本気で守る、自分の人生を大事にするというところから始められたら、未来はもっと楽しくなりそうだなと思うわけさ。みんなが自分にできることをしながら「で、どうすんの?」って前向きに未来を考えていけたらいいよね。清志郎さんみたいにさ。
今は地球レベルでさまざまなことが起こっているけど、どんな困難も100%明けると信じて、みんなで地球の春をのんびり待ちましょうよ。
比嘉栄昇(BEGIN)
3人組バンドBEGINのボーカル。1990年シングル「恋しくて」でデビュー。代表曲の「島人ぬ宝」、「涙そうそう」は老若男女に歌い継がれている。毎年開催のイベント「うたの日コンサート」を主宰、誰でも簡単に弾き語りができるオリジナル4弦楽器「一五一会」を考案するなど、独自の音楽活動を展開。近年はブラジルやハワイでの海外公演も成功させ、活躍の場を広げる。ブルースから島唄、バラードまで多彩な音楽性と温かい雰囲気で多くのファンを魅了する。新曲『黄昏』では作詞・作曲を担当

2021年1月1日配信リリース
富山常備薬グループ10周年タイアップソング
BEGIN『黄昏』



離島経済新聞 目次
『季刊ritokei(リトケイ)』インタビュー
離島経済新聞社が発行している 全国418島の有人離島情報専門のタブロイド紙『季刊ritokei(リトケイ)』 本紙の中から選りすぐりのコンテンツをお届けします。 島から受けるさまざまな創作活動のインスピレーションや大切な人との思い出など、 島に縁のある著名人に、島への想いを伺います。
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