世界中を旅しながら小説を書く作家・池澤夏樹さんの作品には「島」が舞台に物語が展開していく作品も多くあります。池澤さんに「島」について伺いました。タブロイド紙『季刊リトケイ』9号に掲載されたインタビューのロングバージョンを3回に渡りお届けします。
(聞き手・鯨本あつこ/写真・野村裕治)
島に共通して思う「独立心」
鯨本
池澤さん小説には「島」が舞台の作品も多くあります。池澤さんと島との縁を教えてください。
池澤さん
僕は最初に行った海外がミクロネシアだったんです。なんて良いところだろうと思ってずいぶん通い、『塩の道』(※1)という詩集を出したのが創作活動のはじまりでした。ミクロネシアに通った後はギリシャに移住、島から島へ船で渡って遊んでいました。たしか1977年で、まだぜんぜん観光地になっていなかった。
ほかにも島を舞台にした小説は多くて、『南の島のティオ』(※2)はポナペ、『マシアス・ギリの失脚』(※3)は、パラオとヤップのあたりの架空の島が舞台です。その後は沖縄に住み、「神々の食」という『コーラルウェイ』(※4)の連載でずいぶん離島をまわりました。沖縄の家の大家さんなんて「離島のことは池澤さんに聞けば分かるさぁ」って。
鯨本
うらやましいですね。私たちはそういった「島」に視点を置いた媒体をつくっていますが、池澤さんが島に視点を置く理由はなんでしょう。
池澤さん
行ったとたんに目覚めたんですね。自分は島が好きだってことに。
鯨本
最初からなんですね。
池澤さん
都会にも神社仏閣にも興味なかったし山にもそんなに登ってなかった。ところが「島」は地域としてすごく限定されていて、それぞれに個性があってぐるっと見てまわることができる。そういうのが、旅のスタイルとして面白かった。芝居で言うと舞台なんです。舞台装置としてきっちり限定されていて、自然があって人の出入りがはっきり分かる。都会みたいに無制限にいるんじゃないから、ストーリーが作りやすい。それでしばらく島ばかりを書いていた。
鯨本
池澤さんの本では『南鳥島特別航路』には、地質とか地形についても書かれていますね。
池澤さん
もともと自然科学をやってましたからね。地質学は好きだったし、それから、『南鳥島』を書いていたころは、あんまり、べたっと人間に関心を持たないようにしてた。まだ、フィクションに自信がなかったから、ネイチャー系のほうがずっと仕事がしやすかった。人間を書くのが未熟で、だから人に会って話を聞いてってのが苦手だったんですよ。今でもそうですけね。今でも行った先で、普通の歩行者として立ち話をしたり、民宿のおばさんとしゃべったりするけど、小説家としてメモをとりながら取材するってことはしないんです。
鯨本
最新作の『アトミック・ボックス』には、島にこんなおじさんいるなぁと思う人たちが登場しますね。
池澤さん
ここにでてくる面々は、みんなはいい加減に僕がでっちあげたものです。特定のモデルはいない。たくさんの人を見てるから、それを組み合わせてるんでしょうね、無意識にうちに。
鯨本
世界中の島もそうかもしれないですが、島に共通して思うことはありますか?
池澤さん
独立心ってのはありますよね。
鯨本
独立心?
池澤さん
確かに国家に帰属してはいるんだけれでも、あっちはあっち、こっちはこっち、島は島さといえば、それでなんか分かっちゃう。
鯨本
そうですね。そのさっぱりした感じには、私も惹かれています。最新刊の『アトミックボックス』は瀬戸内海の島が舞台ですが、瀬戸内海の島々をまわられていたんですか?
池澤さん
冒険小説を書こうと思って、読み始めたらぜったい終わりまで止まらない話が書きたいなと。殺人は嫌いなんですよ。だから、そうじゃなくて、追うと逃げる話で、逃げる方が主人公で、逃げるのには理由がある。しかし、追う方が圧倒的に強い。瀬戸内海は島だらけだから。橋にかかっている島、かかっていない島、連絡船が行ってる島、行ってない島さまざま。だからそれを組合わせれば、逃げる話がうまく構築できる。まずは取材と称して、島から島へ行きはじめた。
その時は『シマダス』(※5)を使って島を選んでいって。追う方は警察ですから機動力もあって、ハイテクもあれば人手もたくさんある。普通に逃げたら捕まるに決まってる。だからそうじゃなくて、「人と人のつながり」だけで逃げようという、ぜんぜん別の方法にしたかったんですよ。
鯨本
なるほど。
池澤さん
で、その逃げるにしても、陸地だと町から町は途中意外とつながっちゃっていて、くっきりとした境界線がないわけですよ。
鯨本
確かに。
池澤さん
国際的に国境を越えるならともかく、島は中と外がはっきり分かれているわけでしょ。だからその、島から島へ逃げるのがいいと。それが宮本美汐がやった研究が「離島における独居老人の生活」だから彼女が立ち寄る先も自ずから離島だけになる。それから、老人たちが出てきて、老人はみんないい人だから、ヒロインが若い女性だし、信頼関係がパッと、長い付き合いでもないほんの1週間か、2週間だった場合、あの人はいい人だねと、老人たちが思うようなそういう魅力のある人に作れる。それ縁はその後ずっとのこってるわけですよ。で、これが彼女の武器なの、警察に対抗する。
鯨本
人と人の「つながり」みたいなところっていうのは小説にも出てくるんですけれども、国はたとえば「数の原理」。だからどっちかって言ったら、数の方が簡単に捉えられるのかもしれないですけれども、「つながり」って非常に捉えにくいですよね。
池澤さん
うん。
鯨本
私は島でよく、縁とかルーツとか「つながり」で動かれている人たちに出会いますが、「数」よりも「つながり」は捉えにくいですよね。
池澤さん
数にならないんです。たとえば、彼と彼と彼と彼女と彼女であって、5人にはまとまらない。だって全部顔が浮かぶんだもん。
鯨本
それぞれが「個」っていうことですよね。
池澤さん
そう。そういう意味で言うと、島って、なかなかまとまらないじゃないですか。となりの島同士って仲良さそうに見えて、ぜんぜん仲良くなかったりとか。島は島、細かく言えば集落は集落みたいな。
<#2へ続く>
(お話を聞いた人)
池澤夏樹(いけざわ・なつき)さん
1945年北海道生まれ。世界中を旅しながら詩集や小説等を執筆。『スティル・ライフ』で芥川賞、架空の島を舞台にした作品では『マシアス・ギリの失脚』は谷崎賞を受賞。毎日新聞の連載小説『アトミック・ボックス』が2014年2月に発売された。
公式ホームページ http://www.impala.jp/
※1 『塩の道』は、若い頃に著された詩の数々を紹介する『池澤夏樹詩集成』(書肆山田)に収められている1編の詩。
※2 『南の島のティオ』(文春文庫)小さな南の島に暮らすティオと出会った人たちを描いた連作短編集。第41回小学館文学賞受賞。
※3 『マシアス・ギリの失脚』(新潮文庫)南洋に浮かぶ島国の独裁者を、不思議な力が包み込む長編作。※4 『コーラルウェイ』沖縄の島々をつなぐ日本トランスオーシャン航空の機内誌。1985年創刊。
※5 日本の島ガイド『SHIMADAS(シマダス)』(日本離島センター)日本全国の
島情報を集めた島図鑑。