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離島経済新聞

 

インタビュー

【国境離島に生きる】生きる本質は、楽しむこと。|伊原和良さん

「国境離島」と呼ばれる島々に暮らしている人の想いを紹介。2017年4月、「有人国境離島法」が施行され、29市町村71島が特定有人国境離島地域として指定されました。「国境離島に生きる」では、内閣府総合海洋政策推進事務局による「日本の国境に行こう!!」プロジェクトの一環として実施された、71島の国境離島に生きる人々へのインタビューを、ウェブマガジン『another life.』とのタイアップにて公開します。

生きる本質は、楽しむこと。
アラスカとアフリカが教えてくれた大切なこと。

東京の八丈島にてピザ屋を営みながら、自分が最高に楽しめる生活を送る伊原さん。東京で建築設計の仕事をしている時、価値観を大きく変えてくれたのはアラスカとエチオピアに行ったことだったそうです。どのような気づきがあり、島への移住を決めたのでしょうか。お話を伺いました。(編集:another life.編集部)

伊原和良|ピザ屋経営 八丈島でPIZZA PARADISO (ピッツァ パラディッソ)を運営する。

父の会社に入らないという選択

千葉県松戸市で生まれました。姉二人と兄が一人いる末っ子です。父は会社を経営していたので、将来は父の会社で働くものだと思って生きていました。

性格はおとなしかったですね。家でものを作ったり、絵を描いたりするのが好きでしたね。運動を始めたのは中学生からです。中高は剣道をやり、大学ではレスリングをやりました。強くなりたいとは思わず、練習も嫌いでした。端っこで目立たないようにしていましたね。かといって、やめようとも思わないんです。ただひたすら続けていました。

それは、高校の時に牧師に言われた言葉の影響でした。練習がきつくて部活をやめたいと話たら「じゃあやめればいいんじゃないの?」って言われたんです。その時、「あ、そっか。やめようと思えばいつでもやめられるんだ。じゃあもうちょっと頑張ろう。自分が好きでやってるんだから」と思ったんですよね。自分には選択肢があると。

大学卒業後は父の会社で働くつもりだったんですが、年を重ねるうちに、それは面白くないと感じるようになりました。すでに兄が会社にいたので、そのまま入社したら、常に「兄の弟」なんですよね。その関係性が変わらないのはつまらない。じゃあ何をやろうかと考えた時、建築士になりたいと思いました。

建築士が出てくる『スリーメン&ベビー』という映画をみた影響です。映画の中で、建築士の人がスーツの上にヘルメットと作業服を着て、建設現場行って指示を出したり図面を見たりしているのがかっこいいなと思ったんです。また、テレビCMで「アーキテクト」っていう職業を紹介していて、何かと調べたら建築家で、これまたかっこいいなと。

会社に入らないなんて言ったら、親父には家を追い出されると思っていましたね。それで、最初は4年間だけ好きなことやらしてくれと言ったんです。専門学校に2年行き、残りの2年は設計の仕事をやって、そしたら家の仕事に入るからって。

ただ、4年経っても、やっぱり設計の仕事を続けたいと思いました。覚悟を決めて親父に話したら、「うん、じゃあしょうがねえな」って言われました。予想に反して、全然反対されないんです。それで、建築設計の仕事を続けられることになりました。

アラスカの大地が教えてくれたもの

設計の仕事は面白かったですね。何もない更地に、建物を作る。その過程が面白いんです。

やりがいもあります。僕たちは建物オーナーのためを思って色々考えるわけですよね。廊下の幅とか、気づかれないようなことも含めて細かいことをたくさん考えます。そのうち、お客さんはほとんどのことを気がつきません。悪いところがあれば気がつくんですけどね。悪くないところは気づかないんです。たまに、工夫した10個のうち1個ぐらい気づいてくれて「伊原君あそこすごいね、使いやすいよ」とか「あそこかっこいいね」って言われると、「よしっ」てなります。

仕事は順調で、いつかは自分の事務所を作りたいと考えていました。

プライベートでは、アラスカでオーロラを見たいと思っていました。テレビか何かで見て、行ってみたいと思ったんです。アラスカに行きたいといろいろな人に話しているうちに、アラスカで犬ぞりレースに何度も参加している日本人冒険家の方を紹介してもらうことになりました。その人と一緒に、アラスカに行けることになりました。

犬ぞり冒険家の方から受けた影響は大きかったですね。その人は、次は犬ぞりで北極圏を一周したいと話していて、いくらかかるか聞いたら「1億円かな」とか言うんですよ。僕はそれを聞いた時点で、無理かな、違うことをした方がいいんじゃないかなって思ったんです。

でも、彼の中には、諦めるという発想が微塵もないんですよね。「まずやりたい。やり遂げるためにはどうすればいいんだ」っていう発想なんです。成し遂げるために何をしなきゃいけないのかしか考えていません。すごいなと思いました。

僕も、自分がやりたかった建築士になりましたが、やっぱり「できるか、できないのか」っていうのをまず考えてたんですけど、彼に会って一番大事なのは「やりたいのか、やりたくないのか」だって分かりました。どうすればいいのかは後で考えればいい。それが衝撃的でしたね。

また、アラスカの環境から学ぶもの大きかったです。アラスカは本当に不便な環境です。気温はマイナス30度。外に出るにもたくさん着込まなきゃいけないし、車は1時間前とかからエンジンをかけなきゃいけません。ジュースが飲みたくても、東京のようにぱっと出て自動販売機で買うことなんて、もちろんできません。

選択肢やできることが少ない分、アラスカにいると本当に大事なことが何か、常に自分で見つけるようになります。東京にいると、選択肢に溢れて何でもすぐにできてしまうから、本当にやりたいことを突き詰めて考えません。気づかないうちに、やりたくないことに時間とお金を費やしちゃって、本当にやりたいことがわからないまま時間が過ぎてしまうんです。

アラスカに行ったことで、人生にはいろんな可能性があるとわかりましたね。同時に、東京での生活に疑問を持つようになりました。とにかく情報が多すぎる。便利すぎる。それが本質を鈍らせる。そこを気にするようになりましたね。

アラスカの大地が教えてくれたもの

30代半ばになると、その後のキャリアについて真剣に考え始めました。独立するか、それとも事務所に所属し続けるのか。また、独立するとしたらどんな形にするのか。個人でアーティストっぽい仕事をするのか、会社にして大きな建物をやるのか。

客観的に考えるために、一度建築とは全然関係ない環境に身をおくことにしました。できるだけ違う環境に行くため、海外にしよう。手っ取り早く海外で暮らせる方法として、青年海外協力隊の制度に申し込みました。

不安はありませんでした。建築士の資格はありましたし、一通りの仕事は覚えているので、なんとでもなると思っていました。

釣りが好きだったので、できれば南の島がいいと思ってたんですけど、配属されたのはエチオピアでした。配属通知にエチオピアって書いてあって、どこにある国かと思いました。アフリカなのか南米なのかも分かりません。すぐに本屋さんに行き、地図でエチオピアを探してアフリカだと知りました。どんな暮らしが待っているか、想像もできませんでした。

実際に足を踏み入れたエチオピアの第一印象は、臭くて汚い。街中に人がたくさん寝ていて、おそらく何人かに一人は亡くなってるんです。寝てる人は仕事もないし、やることがない。ひどいところで、びっくりしました。

僕はエチオピアの学校で製図を教えました。製図といっても基礎の基礎から教えます。僕がいた学校の生徒は、1センチが10ミリで、100ミリが1メートルということを知識では知っていましたが、本物の定規を見たことがありませんでした。5センチの線を引いてと言っても、どのくらいの長さか分かりません。初めて見た定規を使うんですが、最初は1から5のメモリのところで引くから、4センチになってしまって。そういう環境の違いが面白かったですね。

ただ、日本と環境は違くても、本質的な部分は変わらないんですよね。人間として、何が楽しいとか、悲しいとか、そういうのは全然変わらないんです。

違うのはシステムだけ。エチオピアはシステムがメチャクチャでしたが、だからといって日本のシステムが完璧だとも思いませんでした。その時代の状況に応じて、その場所で最適なシステムを選択していくだけで、時代が変われば新しいシステムを適用する。それだけです。

2年間のエチオピア生活で、生きていればどうにかなると思えるようになりましたね。不便さとか、貧しさに目を向けたら本当に切なくなりますが、アフリカの人たちも生きてるし、楽しそうなことをしている。ちょっとしたことで悩んでもしょうがないし、生きていれば何とかなる。人が生きる目的は、人生を楽しむことだなって思うようになりました。

人生を楽しむため住む場所から変える

日本に帰ってから、職業に対するこだわりは一切なくなりました。人生を楽しむのが目的であって、お金も仕事も健康も、すべて手段でしかない。それなら、自分が一番楽しいと思える生き方をしようと考えました。

東京に対する違和感はさらに大きくなったので、東京を離れようと思いました。ある程度自由に仕事をしていたんですけど、それでも東京の情報の多さにうんざりで。時間的な無駄を減らして、好きなことを好きな時にする生活をしたいと考えました。

また、日本に帰ってきてから、同じ時期に青年海外協力隊としてタンザニアに行っていた人と仲良くなり、結婚しました。僕と同じような価値観を持っていて、人生を楽しむため、二人で移住先を探し始めました。

釣りが好きなので、海があって、温かい場所がいい。千葉や伊豆半島の海沿いで探しました。でも、しっくりくるところがなかったんですよね。伊豆半島を下っていくうちに下田まできちゃったんですけど、いいところがない。そこから先は島しかありません。「じゃあ島に移住しちゃおうか?」という話になりました。

元々、東京の離島、伊豆大島や三宅島、八丈島には釣りに行くことも多くて、生活するイメージもしやすかったんです。それで、住む場所として東京諸島を検討しました。

伊豆大島は東京に近すぎて、思い切りがない。一方で、小笠原は遠すぎて、そこまでは思い切れない。ということで、最終的に八丈島を選択しました。八丈島は、たまに行くといい魚が釣れて印象が良かったんです。

八丈島に決めてからは、家探しと仕事探し。建築の仕事は需要がなさそうなので、別の仕事を作らなければいけません。考えた末、ピザ屋をやることにしました。外国料理店が少ないエチオピアの首都にもピザ屋があって、ピザ屋ならできると思ったんですよ。イタリア料理となると、修行している人に勝てないけど、ピザに絞ればなんとかなるんじゃないかなって。

それから2年ほど家を探しながら、知人の建築事務所の仕事を手伝ったり、飲食店でピザの修行をして、2010年に八丈島に移住しました。移住後の苦労はとくにないですね。お店を出すための内装工事なんかも全部自分たちでやったんですけど、それはそれで楽しかったです。元々不便なのは覚悟していましたし、アフリカに比べたら全然でした。

移住して1年半ほどした2012年2月、念願のピザ屋をオープンしました。

釣り場で食べるお弁当が最高

現在は、八丈島でPIZZA PARADISO (ピッツァ パラディッソ)を運営しています。基本的には、島の人向けに作っているお店です。島の特産品を使って観光客向けの料理を作るよりも、島では普段食べられないようなものを提供することを意識しています。

そのほうが面白そうだったんですよね。観光の人は1回きりで終わっちゃうけど、島の人が来てくれたら、深い関係を築けて、楽しいかなって。

真夏の忙しいシーズン以外は、水曜日を定休日にして、毎週釣りに行っています。東京に住んでいる時は、釣りに行こうと思うと、千葉にしろ伊豆にしろ夜中一晩中走って、半日釣りして半日かけて帰るような感じで、すごく時間がかかりました。八丈島なら、釣り場まで5分とか10分でいけちゃいます。朝出て昼まで釣りをして、午後からはまた違う遊びをできます。映画を見たり、本読んだり、そういう時間を作れるのは大きな違いですね。

夏の忙しい時期でも、ランチが終わった2時から5時の間で、「よし泳ぎに行こう」ってシュノーケルとか持って車でピュッと海に行って、30分くらい泳いで、帰ってシャワーを浴びて、夕方1時間ぐらい昼寝して、それから夜の営業に出れる。無駄な時間をかけず、やりたいことができる。そういう生活が楽しいですよね。

ものが届くのが遅いとか、そういう不便さはあります。台風の時期なんかは船も飛行機も欠航して、スーパーの野菜や乳製品がなくなることもあります。でも、不便さは織り込み済みですし、全く気にはなりません。

自分の身の回りのことが自分でできるうちは、八丈島に住み続けたいですね。ストレスも大してないし、悩みも少ない。悩みといえば、水曜日の釣り場はどこにしようか考えるくらいです。

現状だと、車がないと生活は難しいので、もし自分で車が運転できなくなったらどうしようかとは考えています。でも、その時にはこの島の状況も変わってるかもしれません。公共の交通機関が増えて、バスが乗れるようになったりとか、島のスーパーが色んなもの届けてくれるようになったりとか。その時に考えればいいかなと思いますね。

人生は楽しむのが目的。僕にとって最高の瞬間は、魚が釣れたときと、釣り場でお弁当を食べてる時。妻が作ってくれたお弁当を釣り場で二人で食べるのが最高です。たまに天気が悪くて、お弁当を家に持って帰って食べると、そんなにはおいしくないんです。まずくはないですよ。でも、釣り場で食べる方が本当に気持ちいいんです。こんな幸せなことはないと思います。

人によっては、こういう生活を都会でもできるのかもしれません。ただ、僕らにとっては、やっぱり八丈島の環境が、今のところ一番楽しめる場所なんだと思います。

離島経済新聞 目次

【国境離島に生きる】国境離島71島に暮らす人へのインタビュー

いわゆる「国境離島」と呼ばれる島々にはどんな人が暮らしているのか? 2017年4月に「有人国境離島法」が施行され、29市町村71島が特定有人国境離島地域として指定されました。「国境離島に生きる」では、内閣府総合海洋政策推進事務局による「日本の国境に行こう!!」プロジェクトの一環として実施された、71島の国境離島に生きる人々へのインタビューを、ウェブマガジン『another life.』とのタイアップにて公開します。

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