「国境離島」と呼ばれる島々に暮らしている人の想いを紹介。2017年4月、「有人国境離島法」が施行され、29市町村71島が特定有人国境離島地域として指定されました。「国境離島に生きる」では、内閣府総合海洋政策推進事務局による「日本の国境に行こう!!」プロジェクトの一環として実施された、71島の国境離島に生きる人々へのインタビューを、ウェブマガジン『another life.』とのタイアップにて公開します。
花と海と自然に囲まれて生きる! 旅する私がたどり着いた島、礼文島。

鹿川明美|礼文島にて自然ガイドをする。
北海道の礼文島にて、自然ガイドとして生きる鹿川さん。岐阜県で生まれ、日本全国旅して回った鹿川さんが、礼文島を選んだ理由とは何だったのでしょうか。半生を伺いました。
自分の力で旅を味わいたい
岐阜県瑞浪市で生まれました。長女で、妹が一人います。小さい頃からおっとりした性格でした。両親は特に厳しいわけではありませんが、だからといって放任でもない、普通の家庭でした。
地元で育ち、中学卒業後は商業高校に進みました。将来のことは何も考えてなくて、自分の成績で入れそうだから進学しただけです。卒業後も、周りの子と同じように就職。事務系の仕事で、休日はショッピングをしたり、映画を見たりして過ごしていました。
20代の中盤頃になって、バイクを始めました。世の中でバイクが流行っていたんですよね。200CCくらいのバイクを買って、日本全国を旅するようになりました。一人で度に出ることもあれば、ツーリングをすることもありましたね。
同じ頃、山登りも始めました。高い山を登りたいというよりも、とにかく山歩きをするのが好きだったんです。植物に興味があるわけでもなくて、ただ歩くだけで気持ちいいんです。リフレッシュできるというか。
バイクに乗って全国に行き、山を登るのが楽しかったですね。沖縄に行ったり、北海道を一周したり。自然がいっぱい見えて、自由気ままな生活を送っていました。
次第に、バイクじゃなくて、自転車で旅をしたいと思うようになりました。バイクは早すぎて、周りの景色がすぐに通り過ぎてしまうんですよね。あとは、機械に自分が動かされているような感じがして、達成感もありません。自分の力で旅を味わってみたいと思って、自転車で旅をするようになりました。
高山植物が低地で見られる島
仕事は辞めてしまいました。いくつか同じような仕事を転々としたんですけど、飽きちゃったんですよね。それよりも、いろんなところを旅したかったんです。
各地を周りながら、先々でアルバイトをして生活している人もたくさんいたので、私もそんな世界に入っちゃおうって思ったんです。遊びながら暮らしたほうが面白いだろうって。
色々回る中で、自転車で北海道を一周したこともあります。ライダー仲間に北海道の離島をおすすめされて、手売島、焼尻島など、色々行きました。
その中で、最北端にある礼文島も訪れました。どの島も港に着いた瞬間はほとんど同じ雰囲気でした。でも、礼文島の自然の豊かさには本当に驚きました。高山植物が、低地でもたくさん咲いてるんです。その景色に感動しました。
花が綺麗で、歩くところもたくさんあると聞いて、島中歩き回りました。キャンプ場には旅仲間がたくさんいて、そこでみんなと話すのも面白かったですね。どの辺に、何の花が咲いているとか情報交換もして。礼文島にしか咲いていない花もたくさんあって、本当に面白かったですね。
1週間くらいいて、隣の利尻島に移りました。本当はもっと長くいたかったんですけど、別の旅仲間と利尻富士山を登る約束があって。名残惜しい気持ちで島を後にしました。
その後も、日本全国、色々なところに行きましたが、礼文島はお気に入りで何度も行きました。他にも、沖縄の与那国島と北海道の富良野が好きでした。花があるところや綺麗な海、人の温かさなどが好きだったんですよね。与那国と礼文は雰囲気が似ていると感じました。
導かれるように礼文島に移住
34歳の時に、与那国島で出会った人と結婚しました。旅する生活は楽しかったんですが、いつまでも風来坊してちゃだめだなとは思ってたんですよね。きっかけがあれば、どこかで落ち着こうとは思っていました。
その後、しばらくは与那国にいたんですけど、ある夏、すごく大きな台風が直撃して、住んでいた家が飛んでっちゃったんです。たまたま夫と波照間島にいたので、怪我とかはなかったんですけど。ちょうど妊娠していたので、二人で岐阜の実家に戻ることにしました。
二人の子どもが生まれて少しした頃、夫が仕事をやめました。新しい仕事を探すまでにどこかに行こうかということで、北海道に行くことにしました。富良野と迷ったんですが、6月でちょうど花が綺麗な時期だったので、礼文に行きました。
夫は島国出身だったので、礼文も気に入ったようでした。釣りが趣味なので、楽しんでいましたね。魚の美味しさにも驚いてました。最初に食べたのが、特産品のホッケだったんです。脂がすごくのっていて、フライパンで焼いたらトローッとして、まるでバターを溶かしたような味がするんです。美味しかったですね。
キャンプ場でテントを張ったり、車の中で過ごしたりしているうちに、結局4ヶ月も過ごしてしまいました。それだけ長くいると、島の人から「引っ越してきなよ」と言ってもらえることが増えました。最初は社交辞令かと思ったんですけど、仕事も紹介してくれて。本当に移住してもいいかなって思いましたね。
その時は一度礼文を出て、富良野で越冬。その後岐阜に戻り、翌年の6月に、本当に移住することにしました。岐阜も嫌いではないんですが、個人的には中途半端だと感じていたんですよね。私はもっと自然が豊かなところで暮らしたかったんです。
自然ガイドとしての醍醐味
2000年、40歳で礼文島に移り住みました。移住先としては、富良野もいいと思っていました。ただ、釣り好きな夫は海がないとダメだったので礼文島に来たんです。
移住と言っても、一生住み続けるとか、そういう覚悟があったわけではありません。とりあえず1年間過ごしてみようという感じで、心地よかったら住み続ければいいくらいのものでした。
夫は紹介されたコンクリート会社で働き、私は漁師の手伝いをしたり、ホテルでアルバイトをしたりしました。小さな子どもが二人いたので、島の人は喜んでくれましたね。外から来たとか分け隔てなく、本当に良くしてもらいました。
人との距離の近さに戸惑いはありましたけど、それが心地いいんですよね。島での習慣になれるのは、ちょっとだけ苦労しました。島時間ってよく言われるじゃないですか。でも、時間を守らないんじゃなくて、むしろ早すぎるくらいに集合するんですよ。5分前とかに行くと「遅い」と言われたりして。(笑)そういうところは慣れが必要でした。
礼文に来た翌年、自然ガイドの仕事を始めました。フラワーガイドをやらないかと声をかけてもらったんです。花も山も好きだったので、ぜひやりたいと言いました。それから、花の種類だったり、礼文島の産業だったり、色々勉強して知識をつけながら、観光で来た人向けのガイドをするようになりました。
礼文島には、本当に珍しい花がたくさんあります、例えば、エゾノハクサンイチゲやレブンコザクラ、あとはレブンウスユキソウなんかが人気があります。レブンアツモリソウは固有種でここでしか見られないので、有名ですよね。
スローライフではないゆったりさ
現在は、礼文島で自然ガイドをやっています。一緒に山を登ったりしながら、礼文島の自然の魅力をお伝えしています。観光客が多いのは夏のシーズンですが、他のシーズンでもガイドの仕事が入ることがありますね。
冬は雪山の周りをスノーシューハイクしたり、雪があるからこそ遊びを体験してもらいます。また、春先くらいからは渡り鳥がたくさん来るので、バードウォッチングもできます。1年中びっしりとまではいきませんが、1年通してガイドの仕事はあります。冬場は別のアルバイトもして生業を営んでいます。
自然ガイドの仕事の面白さは、お客さんと気持ちを分かち合えることですね。自然の素晴らしさに感動してもらうというか。お客さんと一緒に歩いているので、感動を共有できるのが嬉しいですね。
礼文に来て18年になりますが、私はこの土地が大好きです。自然が好きな人とか、トレッキングが好きな人、高山植物が好きな人にはすごくいいと思います。人混みもないし、ゆっくり過ごせます。
ゆっくりと言っても、生活自体はスローライフではないですね。観光業をやると、夏の間は忙しくて暇が全然ありません。冬は冬で別の仕事をして稼がなきゃならないので、働くんだったらゆっくりは過ごせないですね。それでも、気持ち的には落ち着いて過ごせますし、常に自然の癒やしがあります。
ふたりの子どもにとって、この島は故郷になるので、ここに居続けたいですね。ただ、私の性格を継いだのか、ふたりとも島からもう出てしまいましたし、上の子は海外を放浪しています。
少し前に、娘が暮らしているニュージーランドに遊びに行きました。トレッキングやバードウォッチングをしたのですが、日本とは全然違い、また旅をしたい気持ちも湧いてきましたね。近々、娘がオーストラリアに移動するらしいので、その時は私も行こうと思っています。
ただ、さすがに年齢もあるので、拠点は礼文島ですね。礼文島の景色はころころ変わるけど、どの景色もいいですね。春先は対岸に見える利尻島が素晴らしい。夏になると、花が一面に咲きますし、秋はすすきがぱーっと出て、夕日がキラキラ光ります。真冬は寒さが厳しいけど、庭を歩いているだけでびしっと締まる感じがまたいい。どの時期も、みんないいですね。
この礼文島で、これからも自然と共に暮らしていきます。
離島経済新聞 目次
【国境離島に生きる】国境離島71島に暮らす人へのインタビュー
いわゆる「国境離島」と呼ばれる島々にはどんな人が暮らしているのか? 2017年4月に「有人国境離島法」が施行され、29市町村71島が特定有人国境離島地域として指定されました。「国境離島に生きる」では、内閣府総合海洋政策推進事務局による「日本の国境に行こう!!」プロジェクトの一環として実施された、71島の国境離島に生きる人々へのインタビューを、ウェブマガジン『another life.』とのタイアップにて公開します。
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