2014年本屋大賞を受賞した『村上海賊の娘』は、戦国時代、天下一の海賊として恐れられた「村上海賊」と、戦国最強といわれた信長軍との「木津川の合戦」を描きます。村上海賊が跋扈していたのは広島県と愛媛県の間に位置する芸予諸島。史実に基づきながら、痛快で躍動感溢れる登場人物を描く作者の和田竜さんに、海賊の魅力について伺いました。タブロイド紙『季刊リトケイ』12号に掲載されたインタビューのノーカットバージョンの後編をお届けします。
瀬戸内の島々を書く 和田 竜さんインタビュー(後編)
(聞き手・薮下佳代/写真・大久保昌宏)
―主人公を女の子にしようと思ったのはどうしてでしょうか?
初め、単なる思いつきで女の子を主人公にしたいと思っていたんです。当時、瀬戸内海を支配していた海賊王・村上武吉に娘がいたら「書けるな」と思いました。けれど、いくつかある村上家の家系図にはどれも養女しか書かれていなかった。困ったなと思っていたら、山内先生の本を読んでいた時、『萩藩譜録(※)』のなかに、武吉に実の娘がいるということが書いてあったんです。その事実を知ってから、この小説を本格的にスタートすることができました。
※萩藩譜録(はぎはんふろく)……長州藩主毛利家の家臣を中心とした諸家に伝わる古文書や家系図を編纂した史料。南北朝時代〜戦国期にかけての中国地方の歴史をいまに伝える貴重な文献。山口県文書館所蔵。
―どうして『萩藩譜録』だけに書かれていたんでしょうか?
能島村上家には複数の家系図が存在し、また当時、女性は、家系図に書かれない場合も多く、書かれたとしても「女」としか書かれていません。実は、「景(きょう)」という名前も僕が付けたもので、家系図には「女」としか書かれていませんでした。
―というと、毛利家の小早川隆景から一文字をもらって「景」としたというエピソードも……。
僕がつくりました。景の兄弟は、実在の人物で実名です。兄の元吉の「元」は毛利元就から、弟の景親の「景」は小早川隆景からもらっていたので、娘もそうしようと。
戦国時代には女性も戦っていたという史実もいくつかあって、元気で勇敢な女性が多く存在していたという印象がありました。この小説では、そういう勇ましい女性を描きたいと思ったんです。
―もともと日本史が苦手だったという和田さんが、なぜ歴史小説を書くようになったんでしょうか?
司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』を読んでからですね。中学、高校の時の歴史というと暗記もので、どういう人物かわからないと、人名ってただの記号にすぎないんです。だから予備知識がないと教科書はおもしろくない。けれど、大学生の頃に読んだ『竜馬がゆく』は、小説だから史実に基づきながらも、想像も交えた人物像が描かれていて、とてもおもしろく読めたんです。ある人物が考えたり、何かをしたりしながら物語が動いていく様子が、歴史は人間ドラマなんだなと思うようになって、そこから興味を持ちはじめました。
歴史的な史実も好きなんですが、ある人物がどんな人柄だったのかというエピソードのほうが好きですね。お酒がすごく好きだったとか、いつも酒瓶を腰にぶら下げている武士がいただとか、そういうような話を読むのが好きなんです。
―だから、和田さんの小説に出てくるキャラクターはそれぞれ魅力的で生き生きしているのですね。
歴史の史料を読みながら、僕がいつもイメージしているのは、現実の人間がこういう目にあったら、どういう風に感じるだろうなということ。歴史史料をそのまま読んでも、躍動感って生まれにくいんです。史実を調べながら、物語として再構築していく過程で、僕なりに“人間を描く”という行為をしているんだと思います。
歴史小説を読んでいておもしろいなと思うのは、現実にいた人間がこんなことをやっていたんだという事実なんですね。それによって勇気づけられたり、現実の人間がここまでできるんだということを、歴史を通じて教えられるところがある。だから歴史小説が好きなんです。そういう人間ドラマに触れたくて、史料を読んでいるんだと思います。
―和田さんは、シナリオを書いてから小説を書くそうですが、それはどのような感じなのですか?
完全なシナリオを書き上げます。シナリオを書く前には構成を考えます。物語の初めから終わりまで、どんなシーンがあるかを想定して、印象的なシーンやセリフを書いたり、伏線を考えたりといった設計図を作るんです。それをさらに、シナリオとして細かく書いていきます。その時、セリフは一から十までがっちり決めるので、物語もその流れで決まっていきます。そのシナリオで映像化しようと思えばできるくらい完全なものを作りますね。
―その時、和田さんの頭のなかには、ビジュアルが思い浮かんでいる?
そうですね。ビジュアルがあって、その人物の動きもある程度シナリオを考えるときに思い浮かべています。でも、シナリオというのは“簡潔に書く”という作法があって、ほぼセリフと状況しか書けないので、細かなイメージを封印してしまうんですね。でも、シナリオから小説にする時に、その封印したイメージを全開にして、歴史的な事実や海賊の説明などを地の文で加えていくんです。
―もともとシナリオライターを目指されていた和田さんにとって、シナリオと小説を書く作業に違いはありますか?
ほぼやっていることは同じですね。最終的なギリギリのところでアウトプットが違うだけなんです。登場人物がどんな人なのか、彼らが動くことでストーリーが動いていくわけですけど、それも小説であろうが、シナリオであろうが同じことなので、そういう意味では大差ないですね。いろいろ書かなくちゃいけないから、小説の方が大変かな。
―次の小説も歴史小説ですか?
そうですね。いまようやく準備しているところで、史料をぼちぼちと読み始めました。
―また時間がかかりそうですね。
『村上海賊の娘』は、取材に1年、シナリオに1年、連載小説を書くのに2年で、4年もかかってしまいました。机に座っている時間だけ考えているわけではないので、四六時中、休んでいても、ずっとこの小説のことを考えていましたね。もう少し短くしようとは思っているんですが(笑)。
―首を長くして待っています。ありがとうございました。
▼お話を聞いた人
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和田竜(わだ・りょう)さん
1969年大阪生まれ、広島育ち。2007年『のぼうの城』で小説家デビュー。同書は累計200万部をこえる大ベストセラーとなり、12年には映画公開、脚本も自らが担当。第4作目の『村上海賊の娘』には4年の歳月を費やした。
『村上海賊の娘』上巻・下巻
信長が日に日に勢力を増す戦国時代、窮地に陥った大坂本願寺を救うため、瀬戸内海を支配していた海賊王・村上武吉の娘、景が立ち上がる。魅力的な登場人物が軽快な筆致で描かれる大長編戦国記。(新潮社/各1,600円)