「国境離島」と呼ばれる島々に暮らしている人の想いを紹介。2017年4月、「有人国境離島法」が施行され、29市町村71島が特定有人国境離島地域として指定されました。「国境離島に生きる」では、内閣府総合海洋政策推進事務局による「日本の国境に行こう!!」プロジェクトの一環として実施された、71島の国境離島に生きる人々へのインタビューを、ウェブマガジン『another life.』とのタイアップにて公開します。
経営者として社員を食べさせ続ける。
土木から畜産に進出した理由とは。
島根県隠岐諸島の西ノ島で、土木事業と畜産事業を経営する近藤さん。エンジンの修理屋から、土木企業の再生に乗り出し、さらには畜産業に進出するには、どのような背景があるのでしょうか。お話を伺いました。(編集:another life.編集部)
近藤武夫(こんどう・たけお)|有限会社山下土木工事所 事務所社長。土木事業と畜産事業を手がける。
島根県隠岐諸島にある離島、西ノ島で生まれました。生まれた頃は人口が7000人を超え、活気がありました。中学の同級生は130人ほどいて、私が通っていた学校の他にもう一つ中学があるほどでした。
家は、船のエンジンの修理屋をやっていました。長男だったので、必然と家業を継ぐものだと思っていました。継ぎたいとか継ぎたくないという気持ちはなく、長男だから継ぐのが当然だという時代でした。
中学卒業後、技術を学ぶために大阪のエンジン会社に技術研修に行きました。夜は、工業高校の夜間部に通いました。エンジンを触るのは好きだったので、仕事は楽しかったですね。ただ、昼の仕事でも学ぶことだらけなので、夜まで学ぶのはそりゃ大変です。それで、高校はすぐに中退しました。
技術研修を1年で終えてからは、大阪でトラックの運転手などをしました。実家の修理屋には、そこまでたくさんのお客さんがくるわけではありません。親父が元気だったので、まだ帰る必要はなかったんです。都会での生活を楽しんでいましたね。
4年ほど経った後、親父が高齢化してきたこともあって西ノ島に帰りました。戻ることに抵抗はなかったです。仕方ないことでしたから。
久しぶりの西ノ島での生活は静かすぎると思いましたね。結構うるさいところで暮らしていたので、島が静かすぎて眠れないほどでした。(笑)
まだ遊びたいという気持ちもありましたが、仕事は面白かったですね。やっぱり、エンジンや船を触るのが好きなんですね。修理屋は他にも何件かいたので、一生懸命仕事をしましたよ。夜中も仕事をして、翌朝の漁に間に合うように仕上げたり。信頼してもらって、また依頼してもらえるのが嬉しかったですね。
土木企業の経営再建に乗り出す
修理屋を継いで30年する頃、妻の実家の土木会社の経営再建を依頼されました。妻の弟が経営していたのですが、業績不振でこのままではまずい。できるのは自分だけだと押し付けられた感じです。それで、土木の会社の社長をやることになりました。
技術者の責任者は別にして、私は経営者として事業再生に乗り出しました。売上は数億円規模だったので、どうにかはなるだろうと考えていましたね。
従業員は50人くらいで、車が75台くらいあったんですけど、まずは維持費がかかっている車の台数を減らすことにしました。75台はいらないんですよね。土木事業の中で、生コンクリートのプラント事業の採算が合ってなくて。生コン事業から撤退することで、車の台数を大きく減らすことができたんです。
あとは、定年を超えていた従業員の方々には、仕事をやめてもらうことにしました。年金で食べていける方にはご遠慮いただこうと。
人にやめていただくのはやっぱりつらいですね。仕事ができる人もいるわけです。ただ、いくら仕事ができても、自分を基準に考えてしまい「自分はできるのに、なんでできないの?」というものの言い方をしてしまう人はちょっとねえ。そうじゃないんだよと話しても改善されない場合は、やめていただくこともあります。
やっぱり、会社というチームでやっている以上、協力できないとダメですよね。一班5人くらいのユニットで仕事をすることが多いんですけど、いくら仕事ができる人でも5人分できるひとはいませんからね。
5,6年は火の車でしたが、経営状況はなんとか立ち直りました。大変ではありましたが、苦しいとは思わなかったですね。チャレンジ精神というか、立ち向かっていこうみたいな気持ちでやっていました。
また、土木の仕事は、船のエンジン修理とは全然違う仕事でしたが、違ったやりがいがありました。エンジン修理のように直接ありがとうと言われることは少ないですが、自分たちの会社がやった工事が目に見えて残るのが良かったですね。
公共事業から牧場経営への展開
島での土木の仕事は、ほとんどが公共事業の受託です。災害があったときなど仕事が増えますが、長続きするわけではありません。
実際、公共事業で受託できる量が半分くらいに落ちたことがありました。そのまま行くと、再度従業員にやめてもらわなければならなくなります。30人規模の会社ですし、島で暮らしていると生活の距離も近いので、従業員の家庭が見えるんですよね。仕事がなくなったら家族までご飯が食べられなくなる。それは何とか避けなければならない。
それで、土木ではない異業種に進出することを決めました。最初は養殖業をやろうとかと話が出ましたが、船の修理屋時代に漁業の難しさは嫌というほど目の当たりにしていたので、やろうとは思えませんでした。時期や自然の影響を受けて、漁獲量が大きく変わってしまうんです。
他にも、炭作りや野菜作りの案も出たんですけど、従業員を食わせるには規模が小さすぎました。それで、畜産業をすることにしました。牛に子どもを生ませて、子牛がある程度大きくなったら出荷する、繁殖をやろうと決めたんです。
島で新しいことを始めようとすると大抵は周りから反対されるのですが、牧場経営に関しては何も言われなかったですね。大規模に飼っている人はあまりいませんでしたし、成功しないと思われていたんですね。
それで、町営牛舎を借りて、17頭の牛を育てるところからスタートしました。まずは1年間、素人でも牛を育てられるかテストしてみたんです。
牛の世話は、私ともう二人の社員でしました。発情期の見分け方は牛を飼っている人に教えてもらい、種付けは農協の人にやってもらいました。放牧もしていたので、ずっとつきっきりで世話をする必要がなかったので、並行して進めることができましたね。牛に蹴られたり、歩いてもらえなかったり大変でしたが、1年経つ頃には素人でもできると分かりました。
ただ、私は牛を雑に扱っていた部分もあったので、最初の頃は牛も気性が荒かったですね。それから、農大で畜産を専門で学んだ人が入ってきてからは、牛も大分優しくなりましたね。牛を育てることに関しては、そのメンバーに任せることにました。
経営者として適切な判断をする
現在は、土木と牧場の事業、どちらもやっています。数年前に自社の牛舎も作り、今では80頭ほどの牛を飼っています。牛舎で50頭ほど育て、あとは放牧しています。
畜産の素人だからこそ思いつくアイディアもあります。例えば、ドローンを活用するとか。放牧する山はかなり広いので、牛を探すのってかなり大変です。3時間くらいかけて頂上まで行っても、見つからないこともあります。
それなら、ドローンを飛ばして空中から牛を見つければいいなじゃないかなと思ったんです。柵を超えている牛がいないか確認できますよね。そういう発想が湧くのは、素人の強みかなと思います。
牧場経営を始めた頃は、子牛の販売価格は20万円程度でしたが、2013年頃から価格が一気に上がって、70万円も超えるようになってきました。業績はかなり安定してきました。ただ、この価格はいつかは下がると思っているので、それまでに親牛の数を増やして、値段が下がっても対応できる状況にしなければと思います。
目標は100頭ほどに増やすことです。牛の値段が高い今、普通の人は売ってしまった方がいいといいますが、私はそうは思いません。経営者として中長期的なことを考えて、社員を露頭に迷わせるわけにはいけませんから。
土木も牛も、後継者は早く見つけなければと思いますね。土木の方は、なかなか若い人からの人気がないんですよね。昔は、きつい、汚い、危険の3Kなんて言われていましたが、今は違うんですよね。安全対策はしっかりしているので、よほどのことがない限り危険なことはありませんし、昔のような手作業ではなく機械作業なので、汚いこともきついこともそんなにないんです。継いでくれるような人に来てもらいたいですね
牛の方はとにかく牛が好きな人間だったら任せて大丈夫だと思います。仲間とうまくやれて、牛が好きでさえあれば、そこまで難しいことはありませんから。
後継者ができたら引退して、船にでも乗ってのんびり釣りをするような生活を送りたいですね。



離島経済新聞 目次
【国境離島に生きる】国境離島71島に暮らす人へのインタビュー
いわゆる「国境離島」と呼ばれる島々にはどんな人が暮らしているのか? 2017年4月に「有人国境離島法」が施行され、29市町村71島が特定有人国境離島地域として指定されました。「国境離島に生きる」では、内閣府総合海洋政策推進事務局による「日本の国境に行こう!!」プロジェクトの一環として実施された、71島の国境離島に生きる人々へのインタビューを、ウェブマガジン『another life.』とのタイアップにて公開します。
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