つくろう、島の未来

2020年07月13日 月曜日

九州一の都市・福岡市西区・玄界灘の沖合約40キロに浮かぶ人口約200人の島・小呂島(おろのしま)。この島に、大人から子どもへ担い手を継承する形で復活を遂げた伝統芸能がある。

小呂島

※この記事は『ritokei』30号(2019年11月発行号)掲載記事です。

島人が最後のひとりになっても奉納すると誓った芸能

かつて、小呂島で疫病が流行り、餓死者が出て、魚も捕れなくなった時期に、島の安全を願い「島人が最後のひとりになっても、神様に芸能を奉納します」と誓ったことから「万年願」が行われるようになり、島の男性たちが万年願歌舞伎を奉納していた。

現在、福岡市漁協小呂島支所の会長を務める島田澄夫さんは「以前は、夏に1か月ほど漁を休んで、稽古に励んだものです」と振り返る。島田さん自身も、女形として舞台に立ったそうだ。

万年願の時期になると福岡市内から指導者がやってきて役者に台詞や立ち回りの稽古をつけた。今よりものどかで娯楽が少ない時代、「稽古にも島の住民が見学に来ていました。島の婦人部がお弁当を作ってくれて、それも楽しみでした」と島田さん。

毎年8月18日に行われる万年願の奉納歌舞伎は1966年を境に一時、姿を消してしまう。

当時、島で行われ始めた「まき網漁(※)」は、ある程度の人数が揃わないと行えず、万年願の稽古とはいえ1ヶ月も休むことができなくなった。さらに、海が時化ると稽古をつけてくれる指導者が来島できないという理由もあった。「歌舞伎がなくなってからは、万年願の日にはカラオケ大会などを行っていました」(島田さん)

※魚群を網で取り巻き、その囲みを狭め網裾を締めて捕る漁法(大辞泉)

芸能を担えなくなった大人に代わり、子どもたちが活躍

その後、歌舞伎の奉納をやめた小呂島では、船が転覆・座礁する事故が立て続けに起き、「芸能の奉納をやめたからではないか?」 「何らかの形で奉納を復活させたほうが良いのではないか?」という声があがった。

そこで、歌舞伎を担えなくなった大人たちに代わり、島の小学5年生を中心に復活が指揮され、2000年に子どもたちにより、かつて万年願歌舞伎の中で舞われていた「三番叟」が復活した。

現在、小呂島に暮らす小学生は10人。8月に入ると万年願当日まで10日間ほど稽古が行われ、小呂島で生まれ育った北川ワキ子さんと、29年前に熊本から島へ嫁いだ島田貴美さんの2人が指導役を務めている。

貴美さんは、4人の子どもたちが皆、三番叟を経験し、それぞれの稽古に立ち会ってきた。

その頃、島外から来ていた指導者に「お母さんたちも踊れるように」と言われ、子どもたちとともに三番叟を習っていたという貴美さん。

やがて、高齢となった指導者から「指導を引き継ぎたい」と言われ、北川さんと貴美さんが指導役を引き継いだ。

北川さんは幼少期、歌舞伎を演じる大人たちを見て「私もやってみたい」と感じていたという。今でも当時の風景が目に浮かび「立派な緞子の衣装や、鬢付け油のにおいが蘇る」そうだ。

そんな北川さんは、子どもたちに「礼儀と三番叟を踊る理由を伝えるように心がけています」と言い、稽古場に入るときの挨拶はもちろん、踊る時には「この踊りは島の安全祈願。三番叟を奉納したら神様に喜ばれ、島の人が幸せになる」「島が発展することを願って踊るため、みんなが選ばれている」と子どもたちに伝えている。

子どもから子どもに継承される伝統芸能に

今年は小学5年生の男子1名、4年生の男子と女子各1名で踊りを担ったが、稽古の場には小学生全員が顔を揃える。「上級生が下級生に『こうやったらうまくいくよ』と教えたり、中学生や高校生が時々稽古に顔を出してくれたりして、心強いです」と貴美さんは語る。

8月18日当日、本番に臨む子どもたちは、早朝4時半から支度にかかる。

代々、大切に保管されている衣装をつけ、化粧をすると、子どもたちも感情を高ぶらせる。7時半頃になるとまず七社神社へ向かい、嶽宮神社、恵比須様の3カ所で三番叟を奉納する。

島田さん、北川さん、貴美さんは「子どもたちがいる限り、三番叟は続けていきたい」と口を揃えるが、小呂島にとって最大の懸念は、「子どもたちは一度島を出てしまうと、なかなか帰ってこない」こと。

一度は絶えた万年願歌舞伎が、大人から子どもに引き継がれ、今も変わらず島の安全を祈願している。そんな島の営みが、未来永劫続いていくことが願われる。(取材・上島妙子)

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特集|島にみる再生復活という希望
台風、噴火、地震、津波、人口減少、人口流出、産業衰退に学校の統廃合etc……。自然の猛威や社会変化により、昨日まであったものが無くなることもあれば、じわじわと姿を消すこともあります。自然災害の多い日本列島では毎年のように台風や豪雨、地震などの被害が起き、地域を支える人口減少にも歯止めはかかりません。 島から無くなろうとしているもの、あるいは無くなってしまったものの中には、人々の生活やつながり、心を支えていたものも含まれます。失ったものが大事であるほど、心に大きな穴があき、寂しさや悲しさ、無力さがその穴を広げてしまいます。 とはいえ、絶望もあれば、希望もある。有人離島専門フリーペーパー『季刊リトケイ』30号と連動する「島にみる再生復活という希望」特集で、島々で実際に起きている希望に目を向けてみませんか?

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