つくろう、島の未来

2019年12月09日 月曜日

鹿児島県本土の沖合約90キロに浮かぶ人口70人あまりの竹島(たけしま|鹿児島県三島村)。縄文後期の遺跡地があることから3000年以上も前から人が暮らしていたとみられるこの島で2018年、20年ぶりに商店が営業を始めた。オーナーは島出身のUターン男性。店舗開設の背景には、買い物の利便性を高めるだけではなく「島でもいろいろなことにチャレンジできる」という雰囲気を醸成したい、という願いがある。

提供:「竹のいえ」山崎晋作さん

週4便のフェリーが日用品を運ぶ竹島に復活した商店

竹島に20年ぶりとなる商店「竹のいえ」が誕生したのは2018年4月のこと。その名の通り島全体が竹で覆われているこの島は、鹿児島港からフェリーで約3時間の場所にある、周囲約10キロの小さな島だ。

竹島にはかつて商店があったが、最後の商店は20年前に閉店。島には民家を除くと酒屋と民宿があるだけで、島民は電話やネットで本土から日用品を取り寄せていたが、フェリーは週4便のみ。注文してから島に届くまで通常でも数日かかるうえ、海が荒れて船が欠航すると、さらに時間を要する状況だった。

「竹のいえ」は、そんな島の物流実情を背景にオープンした。竹島で育ったオーナーの山崎晋作さん(36)は、妻の貴子さん(38)、長男僚馬くん(5)、長女来海ちゃん(2)との4人暮らしだ。

提供:「竹のいえ」山崎晋作さん

買い物だけでなくコミュニティスペースとしても機能

山崎さんは、高校進学と同時に島を離れ、以後、鹿児島や首都圏などで働いたが2014年、結婚を機に島にUターンした。「島で子育てしたかったのと、漠然と島で何かやりたいな、という思いがありました」と当時を振り返る。

実家を改修した店舗は、離島で働く場をつくり出すことを目的とした国の交付金制度を活用し改修した。年中無休で、営業時間はだれかが「家にいるとき」だ。

お店の取扱商品は、日用品や食料品を中心に約400品目に上り、売れ筋はコーヒーやお茶などの飲み物類。もともと150品目程度でスタートしたが、買い物客の要望に応えるうち、どんどん品数が増えた。

商品を売るだけでなく、島民らが交流を深めるコミュニティースペースの役割も果たしており、山崎さんは「お客さんが笑顔でおしゃべりしている様子を見るのが喜び」と笑顔をみせる。今後は、宿泊業や飲食業に乗り出す計画があるほか、島に観光業者がいないことから観光商品の開発も進めたい考えだ。

提供:「竹のいえ」山崎晋作さん

このチャレンジが島の未来につながるように

一方、島の活性化には島民と行政の密接な連携が不可欠と考える山崎さんは、2019年春に実施された三島村議会議員選挙に立候補し、初当選。村は、役場本庁舎が別の自治体である本土の鹿児島市にある珍しい自治体で、意思疎通を図りにくい。商店を運営すると同時に島の代表として声を上げ、公に提言していくことも必要だと考えた」と表情を引き締める。

今後の目標は、島出身者が帰ってきたいと思えるような環境を後世に残しつつ、仕事の創出など島で何かにチャレンジしたい、と思ってもらえるような環境を整えること。

山崎さんは「島では、生活に必要な仕事を創出することが難しい。といって、産業をつくるために島の景観が一変してしまうような過度な開発を受け入れては『帰りたい島』ではなくなってしまう。まず、私が島で商店を復活させるというチャレンジをすることで、島でもいろいろな挑戦ができるんだ、という雰囲気が醸成されていくことを願っている」と力を込める。(取材・竹内章)

特集記事 目次

特集|島にみる再生復活という希望
台風、噴火、地震、津波、人口減少、人口流出、産業衰退に学校の統廃合etc……。自然の猛威や社会変化により、昨日まであったものが無くなることもあれば、じわじわと姿を消すこともあります。自然災害の多い日本列島では毎年のように台風や豪雨、地震などの被害が起き、地域を支える人口減少にも歯止めはかかりません。 島から無くなろうとしているもの、あるいは無くなってしまったものの中には、人々の生活やつながり、心を支えていたものも含まれます。失ったものが大事であるほど、心に大きな穴があき、寂しさや悲しさ、無力さがその穴を広げてしまいます。 とはいえ、絶望もあれば、希望もある。有人離島専門フリーペーパー『季刊リトケイ』30号と連動する「島にみる再生復活という希望」特集で、島々で実際に起きている希望に目を向けてみませんか?

ritokei特集