つくろう、島の未来

2019年12月09日 月曜日

日本で3番目に広い島・対馬は島の9割を山林が占める「山の島」でもある。そんな対馬で、40年ほど前まで行われていた木庭作(こばさく。山際の斜面地で行う焼畑農業)を復活させようとする人がいる。

木庭作の復活に取り組むのは、島で農業を営む神宮正芳(しんぐ・まさよし)さん(74)をはじめとする地元有志や、日本大学生物資源科学部糸長浩司研究室(主担当:關正貴研究員)ら。

提供:神宮正芳

食糧難の時代を支えた農法を紐解く

2011年から開始し、現在はツシマヤマネコ木庭作利用実行委員会を組織。作付けや刈り取りの作業を地元住民が行い、維持管理の計画を研究者らがそれぞれ主に担う。都市と農村の連携をもって進められている取り組みだ。

そもそも、なぜ山際の斜面地で焼畑農業を行う必要があったのか。かつての対馬は、麦や蕎麦しか作れず、田畑だけでなく山も食糧生産の場であった。

神宮さんが物心のついた頃は、1世帯あたりの人数も多かったため、対馬の住民は食糧難の時代を過ごしていた。そこで、山で炭焼きをしながら伐採される枝葉などを焼き、肥沃な土を作り、農業を行っていた。

しかし時代が流れ、現金収入が得られる仕事が増え、エネルギー源が木炭から石油にシフトしたりするなど、ライフスタイルが変化したことなどから、山が生産現場として利用されなくなってしまった。

かつての対馬の暮らしを「山と田んぼと畑と海がつながっている生活だった」という神宮さんは、そんな環境を目に見える形で再現したいという想いを抱く。圃場のある志多留地区は、農地がぬかるみ作業がしにくく基盤整備ができない土地だったが、食糧難の時代にどのように農業が行われてきたのか。その歴史を紐解く役割も担っているという。

対馬島・木庭作の様子(長崎県対馬市)

提供:神宮正芳

学術的な視点でも注目される木庭作

近年、対馬では漁業も衰退傾向にあるが、木庭作の復活をもって山と海のつながりを再生し、衰退した山が果たしてきた役割を、もう一度復元させたいと神宮さんは話す。

一方、学術的な視点では、山地で蕎麦等を育てる木庭作のある環境は、国の天然記念物・ツシマヤマネコの餌となるネズミ類などが好む環境であり、ツシマヤマネコの良好な餌場となるという。木庭作を行い、人の出入りが少なくなった里山に人が入ることで、里山の荒廃を防ぐころができ、さらに山際斜面地の有効活用することで、シカやイノシシによる里での食害抑制につながる可能性がある。

日本大学の關研究員は「焼畑は環境に優しい農業や山林利用法として全国的に見直されてきています。木庭作では蕎麦を山際で育て、獣害が起きないように柵を作っています。面積は狭いですが、獣害等でのヤマネコの生息地減少に対するヤマネコのオアシス的な役割も出てきています」と話す。

提供:神宮正芳

木庭作の復活は対馬の伝統文化の継承にも通じる

關研究員は、木庭作の復活を対馬の伝統文化を継承する観点でも重要視し、同じように神宮さんも「私は昭和20年生まれだから対馬が最も食糧難だった時に育っている。父や親戚などと木庭作をやってきた世代は私たちまでだと思うので、私たちがやってきたことを伝えていかなければならない」と、次世代に向けた文化継承を意識する。

「活動を支えてくれる木庭作サポーターの方々もたくさんいる。止めてしまったら、その方々へのお返しができなくなってしまう。最後までやり通したい」と話す神宮さんは、「記事に載ったら、まだ続けていかなければ」と笑った。

ツシマヤマネコ木庭作利用実行委員会では、木庭作を通じて対馬の農業の歴史や文化、風土保全や環境教育などを幅広く伝え、共に木庭作復活を行うサポーター会員も募集している。詳細は同委員会のホームページへ。(取材・佐藤雄二)

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特集|島にみる再生復活という希望
台風、噴火、地震、津波、人口減少、人口流出、産業衰退に学校の統廃合etc……。自然の猛威や社会変化により、昨日まであったものが無くなることもあれば、じわじわと姿を消すこともあります。自然災害の多い日本列島では毎年のように台風や豪雨、地震などの被害が起き、地域を支える人口減少にも歯止めはかかりません。 島から無くなろうとしているもの、あるいは無くなってしまったものの中には、人々の生活やつながり、心を支えていたものも含まれます。失ったものが大事であるほど、心に大きな穴があき、寂しさや悲しさ、無力さがその穴を広げてしまいます。 とはいえ、絶望もあれば、希望もある。有人離島専門フリーペーパー『季刊リトケイ』30号と連動する「島にみる再生復活という希望」特集で、島々で実際に起きている希望に目を向けてみませんか?

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