つくろう、島の未来

2019年12月09日 月曜日

新潟沖の粟島(あわしま|粟島浦村)の粟島港と、新潟市の新潟港を結ぶ定期船が2018年6月、44年ぶりに復活した。

片道約60kmの距離を、高速船で約90分で航行するこの試験運航は、粟島浦村が主導する誘客事業の一環。総務省によると、1992年には約57,000人の観光客が島を訪れていたが、近年は約20,000人と落ち込んでいる。そこで主に新潟市民を対象とした同事業を企画し、国土交通省海事局の「船旅活性化モデル地区」を活用して実施した。

粟島2

提供:粟島浦村

島の存在は知っていても来島機会のなかった人々の利用を検証

従来、粟島は村上市の岩船港との間で定期船が就航している。新潟市民が粟島に来ようとする際、在来線で村上駅に行き、さらにタクシーで岩船港まで移動して船に乗る必要があった。

粟島浦村によれば、新潟市民は粟島の存在を知ってはいても、来島する機会がほぼなかったことがわかっており、こうした手間や移動時間を軽減したときに、観光客がどの程度増えるのかを検証するのがひとつの大きな目的だった。

さらに2019年は新潟港の開港150周年にあたる。この時期に港町新潟を盛り上げるためのパートナー事業という側面もあった。試験運航船の利用スタイルとしては、新潟港から来島し、島で観光を楽しんで1泊して新潟に帰る旅を想定した。

粟島1

提供:粟島浦村

既存の航路とのバランスもノウハウを得て実現

2018年は期間・曜日限定で、6月29日から7月20日の平日15日間に運航。利用者総数は478人で、片道の新潟発・粟島着の船を利用した人は257人。そのうち新潟市民は185人にのぼった。

同事業の運営に携わる粟島浦村総合政策室の浅井敏克さんは「全体の72%が新潟市民で、ターゲットどおりではありました。ただ平日運行のためか、想定より少ないのが課題」と振り返る。

この結果を受けて同村は2019年も粟島-新潟航路を運航。事業実施には国土交通省海事局のインバウンド船旅振興制度を活用した。岩船航路との兼ね合いで実現しなかった土日祝日の運航も、ノウハウを得たことで可能となった。

運航期間は5月25日から7月21日の間の土日祝日18日間。2年目はさらに広報に力を入れ、新潟駅に臨時の粟島観光案内を設置して問い合わせに対応したほか、新潟駅構内の映像装置に粟島のPR動画を放映。こうしたことが奏功し、2019年の利用者総数は952人。運航期間中の6月18日に山形県沖地震が発生したため、6月中の利用者は落ち込んだ。しかし7月には回復。

新潟から粟島の片道の船を利用した人は553人で、同村が目標としていた400人を上回る結果となった。一方、往復1,000人の目標は達成できなかった。

提供:粟島浦村

認知度向上の結果を得て、翌年の運行も検討

浅井さんは「山形県沖地震の風評被害があったにも関わらず、7月にはたくさんの方が島に来てくれた。そのことに今後の可能性を感じています」と喜ぶ。新潟航路の復活にあたり、事業担当者として村上市の担当者や商店会長、岩船港の利用促進協議会など岩船航路関係者に趣旨を説明し理解も得た。

前述のとおり、2年目を終えて一定の成果は得られた。しかし新たな課題もある。島の観光業者は新潟航路の復活を歓迎したが、多くの来島者で宿泊施設が満杯になり、宿泊できずに岩船航路で日帰りをする人もいた。運航日を細かに調整すれば、より充実した滞在が見込めることもわかった。

新潟航路の実施により、粟島の認知度は確実に高まった。このことから、同村では2020年の運航を検討中だ。浅井さんは「実施に至った場合は新潟市民に加え、新幹線で首都圏から新潟に来る人や、新潟空港を利用する人。インバウンドの観光客もターゲットに加えてみたいですね」と意欲を示している。(取材・竹内松裕)

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特集|島にみる再生復活という希望
台風、噴火、地震、津波、人口減少、人口流出、産業衰退に学校の統廃合etc……。自然の猛威や社会変化により、昨日まであったものが無くなることもあれば、じわじわと姿を消すこともあります。自然災害の多い日本列島では毎年のように台風や豪雨、地震などの被害が起き、地域を支える人口減少にも歯止めはかかりません。 島から無くなろうとしているもの、あるいは無くなってしまったものの中には、人々の生活やつながり、心を支えていたものも含まれます。失ったものが大事であるほど、心に大きな穴があき、寂しさや悲しさ、無力さがその穴を広げてしまいます。 とはいえ、絶望もあれば、希望もある。有人離島専門フリーペーパー『季刊リトケイ』30号と連動する「島にみる再生復活という希望」特集で、島々で実際に起きている希望に目を向けてみませんか?

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