沖縄本島中央部の本部港を発着するフェリーに乗り、約30分で伊江島(いえじま)に着く。一島一村の伊江島は周囲約22km。教育目的の民家体験宿泊(民泊)を積極的に行い、全国から多くの生徒を受け入れてきた。そんな伊江島では近年、商用生産を目的に復活した在来品種の伊江島小麦「江島神力(えじまじんりき)」が注目を集めている。
民泊と小麦が盛んになった背景には、島で生まれ育った玉城堅徳さんの存在がある。伊江島で民泊事業を運営するTAMAレンタ企画の代表を勤める玉城さんは約10年前から、芋掘りや畜産、サトウキビの収穫などの体験学習をベースとした民泊を開始。その取り組みは徐々に定着し、いまでは島内の受け入れ先は約130軒、年間数万人が島を訪れるまでになった。
その一方で玉城さんは「10年くらい立つと、修学旅行先に変化が出てくる。民泊もこのまま安定ではない」と危機感を抱いていた。民泊が少なくなったからといって、これまで民泊でお世話になった農家さんを放り出すわけにはいかない。そう考えた玉城さんは島内にある畑に着目。小麦を植えて沖縄そばやパンを作ろうと考えて農家に呼び掛け、2011年に16戸の農家とともに伊江島小麦生産事業組合を結成。小麦の商用生産をスタートした。
伊江島には小麦の生産に適した気候や土壌があり、琉球王朝時代から小麦の生産地だったとされている。玉城さんの幼少時代も島には小麦があり、食べるもの、自分たちで使うものとして畑にあった。「穂の中から麦を取り出して、ずっと噛んでいるとガムのようになる。それでよく食べていました」と振り返る。その後、島ではピーナッツの生産が盛んになったが、中国から輸入した安価なピーナッツに押されていた。そこで、玉城さんらは島に自生している在来品種だが、商用ベースでは栽培されていなかった「江島神力」を復活させるプロジェクトを構想した。
2014年にはTAMAレンタの小麦事業を分社化して、株式会社いえじま家族を設立。いえじま家族が製造する全粒粉のスナック菓子「ケックン」はヒット商品となり、村を代表する特産品となった。同社が経営するレストラン「いーじまとぅんが」でも伊江島小麦100%の沖縄そばを提供するなど、地産地消の取り組みで成果をあげている。
さらに民泊では、同社の商品の作り方について体験学習を行っている。今後は一般の観光客を対象とし、伊江島小麦を使ったそばづくりなどの体験も視野に入れ、体験施設の整備も構想している。
玉城さんによると、短期間で伊江島小麦をこれだけ有名にし、注目される存在にしたことで、小麦の生産農家の評価も向上。麦の生産により、その近隣で育てる他の作物も育ちが良くなるため「麦を植えた後で、輪作をさせてくれないか」という相談も寄せられている。その一方で「小麦を買い取ってくれないか」という依頼もある。玉城さんには有機栽培への強い思いがあり、買い取る際にも、その小麦がどのような経緯でできたかを確認するなど、農家の収入確保と品質向上の両立に取り組んでいる。
「小麦は多方面で伸びてきて右肩上がりではある。ただ本当に採算が取れているかといえば、まだまだ」と玉城さん。いまの一番の課題は人手不足。増えつつある需要に対して供給ができず歯がゆい思いをしている。たとえば「ケックン」の生産はほぼ手作業で、一日の生産量が限られている。この状況を打開するためには機械化が必要になるが、玉城さんは「第一次産業を自分たちの資本だけで広げていくのは難しい。厳しさをひしひしと感じている」とし、行政にアドバイスなどの支援を求めながら雇用の創出も目指し、島の力を結集してさらなる事業拡大を図る構えだ。
「ウチの商品は伊江島の小麦でなければ作れない。島全体が江島神力の里になれば、それをきっかけに全国から来ていただけるようになる。そうしたケースをどんどん広げていきたい」と玉城さん。
「小さな離島の伊江島から、全国に、世界に色々なことを発信できる。だからこそ全国の離島の皆さんに『自分の島でもできる。自身を持って大丈夫だよ』と伝えていきたいですね」と呼び掛けている。
伊江島小麦生産事業組合。2011年に有限会社TAMAレンタ企画・玉城堅徳代表の呼びかけにより、16戸の農家とともに小麦の生産をスタート。株式会社いえじま家族が販売する江島神力の全粒粉スナック菓子「ケックン」は人気商品に