つくろう、島の未来

2024年11月21日 木曜日

つくろう、島の未来

「ニーズがないからですよ」。佐渡島で数十年の間途絶えていた養豚を始めたきっかけについて、株式会社佐渡島黒ファーム代表の須藤由彦さんはそう話す。同社は5年ほど前から、島中央部の国中平野で放牧形式の養豚を行っている。繁殖・飼育しているのは「ブリティッシュバークシャー」という種類の黒豚。体に6カ所白い部位があり「六白」とも呼ばれている。

※この記事は『ritokei』30号(2019年11月発行号)掲載記事のロングバージョンです。

佐渡島

黒豚・ブリティッシュバークシャー

須藤さんの家では代々水産加工を手掛けてきて、ホテルでレストラン経営にも乗り出している。そこで観光客と接していて感じたことがあった。「佐渡では魚はたくさん提供できる。でも肉がないんですね。グリーンツーリズムなどで島で何泊かすると、毎日朝から晩まで魚で飽きてくる。そこで豚肉を提供しようとしてもオーストラリアなど外国産だったりする。それでは物語がないし、満足感が生まれないんですよ」

観光は島の主産業。その観光の満足度を高めるためには、ニーズを作らなければならない。この問題意識が養豚をはじめるきっかけのひとつになった。飼育から出荷まで3〜4年かかる牛に比べると、豚はサイクルが早く約8ヶ月で出荷できることもポイントとなった。ここで須藤さんは豚の種類にこだわり、黒豚を選んだ。一般的な白豚よりも生まれる総数が少なく、飼育日数も長い。それでも黒豚には味がいいという大きな特長があり、「あえて経済効率の悪い豚を選んだ」と須藤さんは話す。放牧によりストレスがない健康な豚は、味もよりよくなるという。

佐渡島

佐渡島の黒豚を使った料理

かつて佐渡では養豚が行われていた。しかし離島の環境で、本土と同じやり方を行っても利益を上げるのが難しかったと須藤さんは見ている。「佐渡から本土まで送って、本土で精肉して、佐渡に戻して売る。それだけでコストかかるのに、市場と同じ値段で売られていた」という。安価な外国産の豚肉も入ってきて、さらに苦しくなった。

一方、須藤さんにも養豚のノウハウがまったくなく、専門家を招いて学びながら事業を開始。当初は失敗の連続だった。生まれる頭数が少なかったり、子豚が早死したりした。飼料の素材や、放牧のための燃料を工夫するなどしてノウハウを積み上げた。費用は持ち出しが続いたが、今年度ようやく事業として成立するまでになった。

須藤さんの養豚は、島の環境を活用した「循環型養豚」とも呼べるものだ。トウモロコシや麦など、タンパク質を含む飼料の多くは輸入に頼ることが多い。ここで須藤さんは米粉に含まれるタンパク質に着目。島内の酒蔵「北雪」の日本酒YK35は、酒造りの段階で65%の米粉を捨てており、それを飼料にブレンド。島のリンゴ農家から出荷できないリンゴを飼料用として引き取り、リンゴ酢を与えることもある。やがて豚の糞を発酵させた肥料をリンゴ農家に渡し、物々交換を行っている。

休耕田で豚の放牧をすると、豚が草を根こそぎ食べるため、再び農地として活用できるようになる。同社ではそこで野菜を栽培する。この流れを繰り返して放牧場を拡大。太陽光発電の電力を使い、飼育用の水として地下水を給水するシステムもつくった。

出荷した豚肉は東京都内や新潟県のレストランなど島外が中心。島内でも少し流通しているが、養豚の知名度はそれほど向上していない。「大きくPRしていないし、豚コレラのこともあり人を遠ざけている」と須藤さん。しかし事業は伸びており、当初は約200匹だった豚は約550匹まで増えている。自社で加工場を持っているのも強みだ。福利厚生が充実した農業法人を経営するための人材不足が現状の課題だ。

須藤さんは「この養豚が佐渡島全体の付加価値を高めることを意識しています。大量生産ができない離島ではそれが鍵になる」と話す。復活した養豚が、島の新たな将来像を描こうとしている。

特集記事 目次

特集|島にみる再生復活という希望

台風、噴火、地震、津波、人口減少、人口流出、産業衰退に学校の統廃合etc……。自然の猛威や社会変化により、昨日まであったものが無くなることもあれば、じわじわと姿を消すこともあります。自然災害の多い日本列島では毎年のように台風や豪雨、地震などの被害が起き、地域を支える人口減少にも歯止めはかかりません。 島から無くなろうとしているもの、あるいは無くなってしまったものの中には、人々の生活やつながり、心を支えていたものも含まれます。失ったものが大事であるほど、心に大きな穴があき、寂しさや悲しさ、無力さがその穴を広げてしまいます。 とはいえ、絶望もあれば、希望もある。有人離島専門フリーペーパー『季刊リトケイ』30号と連動する「島にみる再生復活という希望」特集で、島々で実際に起きている希望に目を向けてみませんか?

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