400島あれば400通りの個性がある島と文化。島で暮らす文化人が、リトケイ読者に紹介したい島文化とは?今回は神津島(こうづしま|東京都)で地域住民や子どもの交流拠点「くると」を営む中村圭さんによる「神事かつお釣り」です。
※この記事は『季刊ritokei』42号(2023年5月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。
「神事かつお釣り」
「やっし!やっし!やっし!やっし!……」威勢のいい掛け声が、物忌奈命神社(ものいみなのみことじんじゃ)の境内に響きわたる。
伊豆諸島(いずしょとう|東京都)は神津島の鎮守様・物忌奈命を奉る神社では毎年、8月1〜2日に例大祭が行われる。冒頭の掛け声は、国指定重要無形民俗文化財にも指定される神事「かつお釣り」のワンシーンで聞くことができる。
この神事は、江戸時代後期に行われていたカツオ漁を神社境内で再現しながら奉納するもので、島民総出でつくられてきたものだ。
神事の流れは出航、操業、入札、出荷のフェーズに分かれ、「出航」では冒頭の「やっし!やっし!」の掛け声と共に、青竹で組んだ3隻の船衆が境内を駆け巡り、「操業」ではエサに見立てたお菓子やおひねりが撒かれ、勢いよく、時にコミカルにカツオ漁の様子が再現される。
青竹の船に若い漁師たちが入り込み威勢良く境内をまわる「出航」のシーンに、撒いたお菓子やおひねりに人だかりができて魚群のように見える「操業」のシーン、「入札」の競りで魚の値段がとんでもない額になるシーンや、「出荷」の際に樽に入れた大漁のかつおを女形の頭に乗せるシーンなど、多くの見所がある。
私は幼い頃からほぼ毎年欠かさずこの神事に参加していたものの、昔は「やっし!やっし!」の掛け声がなんとなく賑やかで、お菓子やお金が拾えるイベントのようにしか認識できておらず、「すごい!」と感じるようになったのは、20代半ばになってからだった。
ある年の神事かつお釣りに、島外からやってきた知人が同行した。その時は「入札」シーンの声がよく聞こえず、知人は神津弁での会話が分からなかったと言った。
どうしたら観客が楽しめるのかと考え、マイクや拡声器を使って解説を交えればいいのでは?と思いついたが、それは身勝手な考えだと気づいて考えを改めた。
誰のための祭りなのか?誰に見せるものなのか?マイクや解説を入れると演じている島民の自発性が損なわれ、他動的になってしまうのではないか?と感じたのだ。
かつお釣りは神事であり、島民にとっては自分ごとである。とはいえ、カタチにとらわれすぎないおもしろさもある。
「島じまん」という伊豆諸島・小笠原諸島(おがさわらしょとう|東京都)が東京本土に集まるイベントで、神事かつお釣りの一部がステージで披露された時、退場のシーンで漁を終えた漁師たちが神津弁で「ほいじゃぁ、新橋へと飲みにいくびゃぁ!」というアドリブを入れ、いっそう元気に「やっし!やっし!」と退場していった。かつお釣りはそんな「自分ごと」の神事なのだ。
中村圭(なかむら・けい)さん
東京都神津島村出身。高校進学を機に島を離れ、大学・社会人生活を経て26歳の時に地域おこし協力隊としてUターン。任期終了後、ゲストハウスの経営やアートプロジェクトの企画運営、空き家を活用した住環境整備などに取り組む。