つくろう、島の未来

2024年11月21日 木曜日

つくろう、島の未来

400島あれば400通りの個性がある島と文化。島で暮らす文化人が、リトケイ読者に紹介したい島文化とは?今回は伊豆大島に暮らすトラベルジャーナリストの寺田直子さんです。

毎年、この時期になると掲示される季節の風物詩

※ この記事は『季刊ritokei』40号(2022年11月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。

「椿の種、買い取ります」

今年もこの季節になった。「椿の島」で知られる伊豆大島(東京都・大島町)では9〜11月は椿の実の収穫期。完熟し、パッカリと割れた実の中にコロンとした漆黒の種が三つ、四つ顔をのぞかせる。それを搾れば島の特産品「椿油」ができる。

伊豆大島には約300万本の椿(ヤブツバキ)が生えていると言われている。毎年1月〜3月にかけて「椿まつり」が開催されるのはよく知られたところ。赤やピンク、純白の椿の花が島中に咲き誇る様子はそれはみごと。観光客も多く島が最も華やぐ瞬間だ。

伊豆大島の椿はもともと防風林として家や畑のまわりに植えられたと聞く。島の土壌にあい、強風にも強く頼りになる存在。かつては幹や枝で炭を焼き、花びらで染色もした。そして島の産業として定着したのが実から採取する「椿油」だ。

毎年、収穫の時期になるとスーパーや銀行の告知スペースに「椿の種、買い取ります」というお知らせが張り出される。地元の精油所が島民から種を買い取る昔から行われている仕組みで相場は1キロ800円ほど。実を拾って乾燥させ、持っていけばちょっとしたお小遣いになるのでありがたい。

だから秋になるとシートを広げて家の前で種を乾燥させている光景をよく見かける。道ばたの椿の木の下にしゃがんで何かしている人がいたら、間違いなく実を拾っていると思っていいだろう。

中にはつい、欲を出す人もいるようで町の広報誌には産業課からのお願いとして「ルールを守って!他人の敷地内に入り、無断で椿の実を採る・拾うなどは不法行為になります。椿油の伝統産業を汚さないよう注意しましょう」とクギをさすお知らせも登場するほど。椿の実をめぐって島ではさまざまなドラマが展開しているのがなんとも人間臭い。

元町地区にある1929年創業の老舗「高田製油所」では買い取りに加えて、搾り賃を引いて残りは油で返すという昔ながらのスタイルをいまだに行っている。こちらを選ぶ島民も多く、なくなると空きびんを抱え製油所をたずね、新しい油を入れてもらっているのを見かける。

「椿油で揚げものをするとサックリしてそりゃあおいしいのよ」と教えてくれたのは近所のお婆さん。ゆっくり手作業で搾った純正の椿油はトロリと美しい黄金色で見るからにおいしそうだ。揚げものもいいけれどイカや魚、明日葉、島唐辛子などを入れてアヒージョにするのもおすすめ。

私が経営するカフェでは大島バターに椿油をブレンド&ホイップしトーストに添えて出している。椿の実がもたらす伊豆大島の秋の風物詩。今年もたくさん収穫があるといいな、と願っている。


寺田直子(てらだ・なおこ)さん
東京都生まれ。トラベルジャーナリストとして約100ヵ国を取材。世界の旅事情に精通。2021年に長年、通ってきた伊豆大島・波浮港に拠点を移し執筆活動をしながら古民家カフェ「HavCafe」を運営する。
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