つくろう、島の未来

2024年04月24日 水曜日

つくろう、島の未来

島とは何か? この問いに向き合う人へお届けする日本島嶼学会参与・長嶋俊介先生(佐渡島在住)による寄稿コラム。第11回目のテーマは、気候変動による災害の増加が懸念されるなか気になる島の安全・安心について。

備えあれば憂い無しであれるには?

「安全・安心に暮らしたい」。ごく当たり前の基本が崩れそうになることが希にある。

島における脆弱性指標(Vulnerability index)は、1980〜90年代にマルタ大学のリノ(Lino Briguglio)教授により報告されてきた(※)。脆弱性の社会要因・国際要因・災害要因はいずれも、国(小国/未独立地域)単位でみると分かりやすい。日本国内の島々では、社会・国際要因による脆弱性は、過剰に意識する必要は少ない。

※世界の島々(国際島嶼学会の前身)、「’89 海と島の博覧会・ひろしま」・「島嶼における持続可能な開発に関する国際シンポジウム」(国連大学)・国土庁pp.10-54,1995年等

脆弱性の真逆の概念が、レジリエンス(Resilience/強かかつしなやかな回復力)である。跳ね返す力・回復力・弾力、あるいは防災・復興に向かう心折れない力を、心理学では「困難な状況にしなやかに適応し、生き延び、成長する能力」と捉えられ、パラリンピックのキーワードにも採用されている。

脆弱、つまり「安全」が崩れた後でも回復できる力が確かであれば、「安心」でいられる。「備えあれば(=必要条件で、十分条件的に、回復できるか、予防できるか次第で)」「憂い無し(=安心)」でいられる。

脆弱性(Vulnerability)に対する、十分条件的「備え」に加え、島ならではの柔組織的「回復力」(Resilient power)を総括的に整理しておく。それは安全・安心な島ライフ(※)・地域設計の屋台骨にもなる。

※ライフには生活(暮らし)に加えて、生命(体の健康等)や人生(守りたい価値観等)が含まれる

島型災害の背景には隔絶・環海・狭小という島らしさがある。同じように災害対処力の骨格にリスク管理論がある。災害の種類や個性への応用幅を知れば、過剰な備え(Redundancy/冗長性)にもゆとりができる。知識を正確に応用できるよう用語(一部英文)を付記した。

リスク管理循環図を下に示す。

図 島の安全・安心(ライフを守護)の経営的循環

右半分は単純である。出来事(Event)には、物理的・精神的・倫理的の3つの原因(Hazard)がある。物理的原因はハザードマップや氷のように見えやすい。悪意・犯罪等の倫理的原因は希かも知れないが、うっかり(ヒヤリ・ハット)の精神的原因は常にある。出来事は一定の確率で存在する。それが実害やダメージに結びつかない初期対処(Primary care/自らの働き・他者の働き・制度)があれば、リスクは発生しない。

ただ人災は、香川県の豊島で起きた産業廃棄物不法投棄事件(※)や、有機水銀中毒(水俣病)事件のように島を直撃することも希にある。

※1975年後半から1990年にかけて産業廃棄物が豊島に運び込まれ不法投棄された事件。戦後最大の不法投棄事件と呼ばれ、事件の発端から公害調停が成立した2000年までに住民らが重ねた島の寄り合いや会合は、6,000回にのぼる(参考:『豊島(てしま)・島の学校|豊かな島と海を次の世代へ』)

①1975年から住民は許可権を持つ県に働きかけた。②我がもの顔で業者ダンプが県外廃棄物を持ち込んだ。③焼却煙がぜんそくの実害を生んだ。④毒物も常在した。(写真提供:小林恵)

確率が低くても、深刻度は尋常ではない。島社会が実情への理解を求め、払ってきた犠牲も、島(狭小・遠隔の地)から発信するという事情により、多大な犠牲として上乗せされてきた。

豊島の場合、島人1,500人のうち530人が原告になり、島が一丸となり動いた。ピーク時には専従者10人の企業が3つ、もしくは役場担当者30人相当の人日数の負担であった(※)。

※長嶋俊介・安達浩昭・長坂弘美, 人災対応への島民負担とガバナンス~豊島産業廃棄物不法投棄事件の資料整理結果と考察~』学会誌『島嶼研究』第4号, p.31, 2003年

①豊島住民のこころからの(自分・仲間・共感)メッセージ。 ②集会には常に全住民に近い人数が参加していた(危機管理的結束)。③ようやく国費による原状回復が始まった頃(写真提供:小林恵)。二重の遮水壁でほどなく、磯の色・香り・生物が戻ってきた。物的な原因(Hazard)には物的な防御(Protection)が即効力を持つ

この代表的な二つの事件には、何を犠牲にされたか?何を守り、何と闘ったか? を巡る本質的な問題が根底にある。

守るべきものの究極に地域(ふる里)とそのライフ(生命・人生・暮らし)がある。島で生きる人々には、次世代のライフへの(持続可能性=豊かさ維持)責任がある。それこそ、豊島住民が掲げた「豊かなふる里我が手で守る」覚悟であった。

①豊島の人々は体調を崩してまで銀座デモをして危険廃液をも持ち込み公害等調査委員会に提示した。②穴を掘り調査。③県に対し島民側が勝訴した。④知事が豊島で謝罪した。共創での再生・復興が始動。⑤二重の鋼矢板遮水壁が瀬戸内(海・生物・暮らし)を守った。(写真提供:小林恵)

【図 島の安全・安心(ライフを守護)の経営的循環】に話を戻すと、左半分は経営努力である。

[事前リスク回避]としての回避・分散・予防・軽減で、災害の発生確率を可能な限り抑える、あるいは価値低減を抑えることができる。強靱な回復力(Resilient power)には復旧・復興・恢興(かいこう)がある。

後者は中越地震で一般用語になったが、元の状態以上に跳ね上がることを指し、事前復興(=失敗防止復興)に通底する。

[事後リスク管理]では、資源確保も対処力を高める。リスク対応資源の保有(自家保険)と移転(保険/外部資源の制度的確保)である。「予備・遊び」の確保と「相身互い」の精神・実践である。

①奥尻島(おくしりとう|北海道)には全集落で40箇所近い避難路・避難階段がある。⑤⑥⑦のような夜間用案内灯もある。しかし日常の保守・管理がなければ②③④のように藪に隠れかねない。堤防⑧からの避難路は切迫事態に不可欠。1983年5月日本海中部地震で小学4・5年生45人中13人が死亡。バスで地震の揺れを自覚したにもかかわらず、日本海安全神話で慢心し昼食。警報前に津波来襲。以降、誰一人残さず一人でも救う設計思想が浸通している。

安全の確保は抑えどころと手順が分れば必要条件は整う。安心はそれへの得心。でも無理があれば、信任には至らない。十分条件を知るには、日常に戻ればよい。カネ以外の力への信頼ともいえる。

ライフを保障する資源は、ヒトーヒト(human-ware)、 ヒトーモノ(hard{money}-ware)、ヒトーコト(soft-ware)、 ヒトーココロ(spiritual-ware)、ヒトー自然(ecological-ware)で確保され、相互作用で無いものを補う。

対人的資源(愛・地位・情報)と経済的資源(サービス・財・カネ)、防災インフラ、社会的関係資源、支え合いのココロや防災文化・教え、生態系サービス等である(※)。

※具体的な資源細目については長嶋俊介,「ライフ」経営経済手法とその課題―新持続可能文明に向けての生活経営学の拡充と復活―,生活経営学研究,56, pp.28-37, 2021年参照

その具体像を島暮らしに見いだせば安心度は高まる。行動原理に確信が持てる。人情の豊かさ、智恵の横溢、結束力……その脆弱性に対抗してきた蓄積が、島には豊かに存在する。

奥尻島におけるハード整備の奥尻島事例。青苗小学校は入口が2階にある①。同校の川側は新しい水門で守られ、かつ壁のないピロティ構造で、水圧を逃がす構造②。青苗港⑥からは、漁船の左の階段の上が人工地盤⑦、④の屋根付き待機所から通路⑤を通り6m嵩上げ地に至る。さらに高台には多様な避難路がある③⑧)

島ライフ(福祉や介護や教育や人間復興にも通底するもの)を守る力は、一人ひとりが自他のライフを尊重する力であり、自立力(助援力含む)・共同力(関係者互力)・共生力(他者との共存)の総合である。

地域が狭いほどシマ社会(沖縄・奄美群島でいう水系を同一にする最小地域単位)の睦み合いの力が確かである。「困った時の友こそ真の友」。シマ社会では、日常の友が運命共同体内の人生的伴侶でもある。

防災行動(命令無くても率先始動)・防災グッズ(小舟等の救助物資の常備)・防災智恵(予備水源/停電長期化への対処力等)の共有等、一つひとつにその具体が見えやすく存在している。衣食住一つ取っても島個性の奥に、ライフ守護の安全・安心を図る仕組みがあることに思い至るであろう。

身近な者を助ける確かな力は、阪神淡路大震災での淡路島(あわじしま|兵庫県)の始動力でも確認できた。また共助・公助よりも確かな、関係者助援力も都市内で確認できた。

自助・互助力に頼り切れない少子高齢化の島の未来設計においては、共助・公助に島型支援の仕組み組み入れが不可欠ではあるが、地域間が互いに助け合う島連携的資源形成が優先されていてこそである。

島の分散性ハンディを克服する上では、島の環海性が新たな繋がりを導きうる(阪神淡路大震災では家島(いえしま|兵庫県)の水船が大活躍した)し、その新たな連携的対処力形成にも期待したい。

島ライフには、学ぶ姿勢があれば、現場学的教訓に満ちている。それがみえやすい(分断されずに1セットで存在する)場所でもある。自他の安心・安全を見直す場にもなる。

離島経済新聞 目次

寄稿|長嶋俊介・日本島嶼学会参与

長嶋俊介(ながしま・しゅんすけ) 鹿児島大学名誉教授。佐渡生まれ育ち。島をライフワークに公務員・大学人(生活環境学⇒島の研究センター)・NPO支援(前瀬戸内オリーブ基金理事長)。カリブ海調査中の事故(覆面強盗で銃創)で腰痛となり、リハビリでトライアスリートに。5感を大切に国内全離島・全島嶼国を歩き、南極や北極点でも海に潜った。日本島嶼学会を立ち上げ、退職後は島ライフ再開。島学54年。佐渡市環境審議会会長・佐渡市社会教育委員長。著書・編著に『日本の島事典』『日本ネシア論』『世界の島大研究』『日本一長い村トカラ』『九州広域列島論』『水半球の小さな大地』『島-日本編』など

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