鹿児島県大隅半島の南に浮かぶ屋久島(やくしま)。周囲約130kmの円い島の、山と川と海が接するわずかな平地に、ひしめき合って暮らしています。Uターンして、自らもコーヒーショップを営む島記者が、島ならではの小さな商いの話と季節のたよりを届けます。
ケサンキと石蕗の花
山に灯りがともるように、常緑の照葉樹の深い緑の中にポツポツと火のようなハゼの紅葉がみられる季節になりました。
生垣や沿道の足もとには、金色の石蕗(つわぶき)の花。
一湊では「ケサンキ(袈裟の木)」と呼ばれ、生垣に使われることの多いハマヒサカキは、一年中緑の葉をたたえる常緑の照葉樹。濃緑のハマヒサカキの足もとに咲く石蕗の花も、鈍い光沢をたたえ自ずから光を放っているよう。本州とは違った照葉樹の島ならではの、遅い冬のはじまりです。
2014年の正月は歩いていました。
円い島を一周するおよそ100kmの道路を歩き通すというイベント「歩いてみよや屋久島一周」。このイベントは、島の東、宮之浦地区の民宿「晴耕雨読」の20周年を記念した催しのひとつ。1997年から宿の常連客や友人を中心に、10年間行われていたかつての正月恒例イベントを1年だけ特別に復活させたものです。
100km歩き通せる自信はまったくなかったので、スタート地点の宮之浦から一湊まで、島の東から北へと、少しだけ参加させてもらいました。普段車で通り過ぎる景色を歩くと、今まで見過ごしてきたものの多さに驚かされます。
緑濃い川沿いの照葉樹や清楚な一重の山茶花(さざんか)。高台から望む海の色、廃道を埋め尽くす植物の勢いや、道の細かな凹凸まで、旅人の目線を獲得したように新鮮に映ります。初対面の方や友人たちとたくさんおしゃべりしながら歩けば、からだも暖かく、清々しい一年のはじまりでした。
民宿「晴耕雨読」の仲間たち
「晴耕雨読」は素泊りによくある相部屋がなく、ひとりで泊まってもひとり部屋。大きなダイニングテーブルでは初対面の旅人同士が語らい、ときに夕飯をともにする。主の長井三郎さんは、さまざまな年齢、背景の旅人が、ここで親しくなっていくさまをみつめてきました。
リピーターも多く、来訪回数が2桁を越える客も珍しくありません。
「素泊りだったら……」と、本業と掛け持ちで気軽にはじめた民宿ですが、掃除洗濯、客の受け入れから送り出し、備品の補充に問い合わせ、予想以上の仕事量にとまどったと言います。当時、三郎さんが勤めていたのは、屋久島発の季刊誌『生命の島』編集部。愛着ある職場でしたが、思いきって退職し、民宿稼業に本腰をいれることに。
さて、話を戻して、昨年のイベント前の大宴会には、日本各地からやってきた常連客と、島で生まれ育った三郎さんの親戚や友人知人、赤ちゃんからお年寄りまで、たくさんの人が集まりました。観光地とはいえ、普段の暮らしで旅人と島民がふれあう機会は、意外と少ないもの。そんな島で、貴重な場となってきた「晴耕雨読」そのものといった顔ぶれが並びました。
旅人だけど、親戚みたい。めったに会えないけれど、どこかでつながっている。古い友人や最近知り合ったばかりの人も、なんだかひとつの家族みたい。「金もうけはできなかったけど、人もうけはできたと自負しております」と三郎さんが語るように、みなの知恵と愛情がこもった手作りの温かい会でした。
会の締めくくりは、三郎さんが島の友人たちと結成したバンド「ビッグストーン」の演奏で盛り上がります。オリジナル曲を収録したアルバムも2枚リリース。島内外のライブに呼ばれる人気バンドです。
島から発信する言葉
実は、三郎さんのもうひとつの顔は、シンガーソングライターなのです。
フォークシンガー笠木 透さんの誘いで、詩を書きはじめ、笠木さんのバンドメンバーである坂庭省悟さんが曲をつけた「一本の樹」は、名曲として各地で歌い継がれています。サビの「雨の日には雨のうたを 晴れの日には晴れのうたを」は、厳しい自然を受け入れる島の暮らしそのもの。
「365日島の歌を歌いたい」と話すように、土地に根ざした自分たちの歌を自分たちの言葉で、表現し続けたいという願いを込めて詩を書きとめる日々。今年は初の単行本『屋久島発、晴耕雨読』(野草社)も上梓。『生命の島』時代のエッセイを中心に、つつましくもにぎやかな島の日々が綴られています。
旅人や学者、役人によって語られる機会の多い島ですが、島で生まれ育った生活者の目線から描かれる屋久島は、それらとはまったく違った色合いで、島民が言葉を持つことの意味をあらためて考えさせられました。
今月は、福岡在住の浦田剛大さんとともに、福岡、広島、岡山、大阪をめぐるライブツアーを予定しています。
12月20日、ツアー最終地となる横浜・綱島温泉には、屋久島在住の写真家、山下大明さんも合流。「屋久島の今」と題して、スライドショーなども含む、ライブを企画しています。当日は、島の焼酎「三岳」や、郷土料理のつきあげ、鯖節の販売などもあり、どっぷりと屋久島にひたるひとときになりそう。