鹿児島県大隅半島の南に浮かぶ屋久島(やくしま)。周囲約130kmの円い島の、山と川と海が接するわずかな平地に、ひしめき合って暮らしています。Uターンして、自らもコーヒーショップを営む島記者が、島ならではの小さな商いの話と季節のたよりを届けます。
#01 はじめまして!一湊珈琲焙煎所です。
■屋久島の春
ポツポツと帰省から、旅行から帰ってくる人、宿や食堂もメンテナンスを終え、ゆっくりと賑やかさを取り戻していく3月の屋久島。
南の島というには、少々冷える屋久島の冬。年に数回は、里にあられやみぞれが降ることも。暖房だって欠かせません。2,000m近い山々を抱く奥岳は、ときに雪と氷に包まれ、冬山をものともしない上級者向けの山となり、観光客はぐっと少なくなります。12、1、2月は屋久島観光のオフシーズンなのです。
世界自然遺産に認定されて20年、減少傾向とはいえ、年間30万人ともいわれる観光客を迎え入れる島で、メリハリある1年の移り変わりはすっかりなじみ深いものとなりました。
冬期休業する店や定休日を増やす店もあるので、この時期の観光には注意が必要ですが、通年営業している宿や食堂はのんびりモード。ハイシーズンには行列必至の人気店も、予約の取れない宿もサクサク確保できる上、オフシーズン割引なんかもやっていたりして。
もったいないことに、観光客が少なくなるこの季節、島は海の幸、山の幸であふれます。直売所には、葉野菜や柑橘類が、鮮魚店には様々な魚介類が鮮やかに並びます。
夏場は賑やかな登山道ですが、きりりと冷えた静かな森に浸ることができるのも冬ならでは。森の中の一重の白い山茶花や、緑の苔の上に盛大に散り敷かれた林檎椿、甘い香りを放つ招霊(おがたま)など、冬にしかみられない花も次々に開きます。
わたしはこの島の北の町、一湊で育ちました。
一湊湾(いっそうわん)と矢筈崎(やはずざき)からなる天然の良港、潤沢な水と豊かな薪のおかげで、古代から航路の要所として栄え、縄文土器や密貿易に関わるとされる中世の陶磁器が発掘される歴史ある町でもあるのです。
最近では「首折れ鯖」といわれるブランド魚で知られ、昔ながらの製法で黴付けと天日干しを繰り返して作られる鯖の本枯れ節は、関東のそば店を中心に出荷されています。また、本枯れ節の副産物でもある鯖の燻製や「煎じ」なる鯖エキスは、島の土産物店に並んでいます。
東京で出版社に勤めていましたが、島を訪れた夫の「意外と住めるかも」のひとことでUターン。7年前から、ふたりで一湊珈琲焙煎所を営んでいます。
都会育ちの夫、最大の変化は、大工仕事好きになったこと。自分でまかなうことに慣れた島の人々、畑仕事はもちろん、ちょっとした修繕や創作は自分たちでやってしまいます。のこぎり使いは玄人はだし。夫も先輩方に笑われながら、失敗を繰り返し、ちょっとした棚づくりや、遊歩道の階段作りまでできるようになりました。最新作の遊歩道は、珈琲店からしょうのう工場へ抜ける坂に設けられています。
■屋久島産クスノキしょうのう、はじめました。
最近、父が長年の夢であった「クスノキしょうのう(樟脳)」作りをはじめ、我々も巻き込まれる形で、企画営業広報諸々手伝うことになりました。
古くは防虫剤、医薬品として、近代に入るとセルロイドの可塑剤としても使われてきたしょうのう。化学合成品が普及する昭和初期まで、しょうのう作りは島の基幹産業のひとつだったといいます。製法はいたってシンプル。細かく砕いたクスノキを蒸して、蒸気を冷やし、粉(しょうのう)、油(エッセンシャルオイル)、水(芳香蒸留水)に分離させます。
製造に欠かせないのは、原料となるクスノキと水、燃料となる薪。どれも島に豊富にあるものです。昔は、炭焼き小屋のような小さな小屋を構え、周囲のクスノキを伐採加工しては移動するしょうのう小屋が、里山のあちこちでみられたそうです。何十年もかけて少しずつ移動すると、もとの森のクスノキが大木になっている、そんなのんきなサイクルだったそうです。
平地の少ない島で、わたしたちは森と海の恵みを受けて暮らしてきました。
製材業や鯖節製造に関わってきた父にとって、その香りの強さから燃料にも建材にも喜ばれないかつての花形クスノキは、気にかかる存在でした。
現代の大スター縄文杉も、その複雑な形状から、伐られることなく残された「使えない」木だったとききます。時代や見方を変えれば、「使えない」ものも宝になる。クスノキや縄文杉以外にも、そんな宝はそこここに眠っているのかもしれません。
しょうのうが商品としてなんとか形になった今度は、思いがけず貸しコテージの経営まではじめることになりました。親族の所有する使われなくなったコテージを生かしたいとのこと。未経験の分野へまたまた飛び込むことに。
幸い周囲には宿を営む友人も多く、先輩方のアドバイスに耳を傾けながら。なんとかかんとか、せわしない日々は続きます。
(つづく)