医師や医療ジャーナリストとして活躍、鹿児島を拠点に医療と介護の新たな連携スタイルを構築する森田洋之さん。その礎は、財政破綻後に市内唯一の病院がなくなった北海道夕張市での経験にありました。島の人々とも親交が深い森田さんに、島にとって理想的な医療・介護について聞きました。
ウェブ版『ritokei』では、特集「島で守る命と健康」を前編・後編に分けてお伝えします。
※この記事は『季刊ritokei』43号(2023年8月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。
誰もが等しく死ぬなかで理想的な医療介護とは?
僕はプライマリ・ケア(※)の指導も行っていますが、日本の医者はほとんどが専門医で、総合診療医やプライマリ・ケア医は全体の2%ほど。イギリスはプライマリ・ケア医を命懸けで育てていて、医師の半数がプライマリ・ケア医。要は医者を育てる教育システムの問題です。
※患者の心身を総合的に診て、初期段階での健康状態の把握や一時的な救急処置、日常的にみられる病気や軽度の外傷の治療、訪問診療などを行い、特殊な症例については専門医に紹介する役割を担うこと
僕のクリニックは人口1万人程の町にあって、大工や木工職人が多く、家の修理でもちょっとしたことなら自分で直せてしまう人が多い土地柄です。(自著である)『うらやましい孤独死』の表紙を飾ったおばあちゃんは、生まれつき小児麻痺を持っていますが、ずっと一人暮らしをしてきた人でした。
台所仕事も台所に寄りかかりながらできていたけど、最近はだんだんできなくなってきた。そこで、連携している介護施設のスタッフとみんなで「どうしようか?」と話しました。
施設に入ることをおばあちゃんが望むならそれも良い。けれど、望まずに施設に入るとすれば、僕らの勝手な判断になる。
考えた結果、「台所を下げる」というアイデアが発明されたんです。そうすれば這ってでも台所仕事ができ、おばあちゃんは望む暮らしを続けることができる。しかも介護スタッフたちが自ら大工仕事をして台所を下げたんです。すごくないですか?
江戸時代くらいまでは誰もがそんな風に日常を支えるスキルを持っていて、皆で支え合うこともできていました。島にはそんな人たちがまだまだたくさんいるので、それが医療や介護にも生きています。
最大の病は孤独で地域のきずなが最強
プライマリ・ケア医が少ない日本ですが、下甑島(しもこしきしま|鹿児島県)の室原誉怜(むろはら・ほまれ)(参考記事:大好きな島で暮らしを楽しみ、命を支える令和のDr.コトーほまれ先生の頭の中(前編)【特集|島で守る命と健康】)のように、住民目線に立つ努力ができる若い医者もいます。
奄美大島(あまみおおしま|鹿児島県)でお産がとれる「産科総合診療医」を目指している小徳羅漢(ことく・らかん)もおもしろい。彼らは医者になって10年目くらいの30代。そんな時期に離島医療を学べることは、医者にとっても貴重な体験です。
彼らが得ている貴重な体験を、僕は財政破綻後の夕張で体験しました。都会で生まれ育った僕は、夕張で都会にはない人間関係のきずなを人生で初めて感じました。
核家族化が進行した現代の日本では、人々が孤立しています。さらにコロナが追い討ちをかけたことは、人間を破滅に追い込む罠なんじゃないかと思うほど。人々の孤立・孤独が深まっています。
社会学者の宮台真司さんは「孤独は最大の病だ」と言っています。多くの都市生活者は周囲の人と協力することができず、お金で解決するしかない。それで医療もビジネスになり、病院や薬に依存することになる。
一方、夕張や島には、人々のきずなが防御壁のように存在している。財政破綻で病院がなくなった夕張は、地域住民のつながりが強く「台所を下げる」ような支え合いができる地域で、それは医療やお金があること以上に大切なんです。
私の著書では「きずな貯金」として書いていますが、やっぱり地域の人同士のつながりが最強。(自己決定性や目的論など5つの理論を基本とする)アドラー心理学でも、最後は共同体の重要性に行き着きますし、結局は仲間とのきずなの中で暮らすのが幸せなんです。
ちなみに、財政破綻後の夕張ではさらに、地域の医療体制が刷新されたことで「病院への依存」から「命を受け止める覚悟」に意識改革され、最先端の「治す医療」から「生活を支える医療・介護」へと変化しました。
>>「どのように生きたいか?島人の力とプライマリ・ケア(後編)【特集|島で守る命と健康】」に続く
「プライマリ・ケア」とは?
日本では家庭医療や総合診療と呼ばれ、馴染みの薄いプライマリ・ケアはヨーロッパを中心に配備されている「地域のかかりつけ医」です。
特徴は「子どもから高齢者、予防から治療まで、心も体もすべての診療に対応してくれる」「対応できないときは総合病院や専門医を迅速に紹介してくれる」「治らない病気にかかってしまったときや人生の終末を迎えるときにも、本人の希望にしっかりと寄り添ってくれる」「医療だけでなく、介護や地域の集まりなど、ネットワークで対応してくれる」など。
内科、外科、小児科などさまざまな診療科を横断的に診ることはもちろん、体(病気)、心(心理)、社会(地域)の3つを診れるお医者さんがプライマリ・ケア医です。
【お話を伺った人】
森田洋之(もりた・ひろゆき)さん
医師、南日本ヘルスリサーチラボ代表。1971年横浜生まれ。一橋大学経済学部卒業後、宮崎医科大学医学部に入学し医師免許を取得。鹿児島医療介護塾まちづくり部長、日本内科学会認定内科医、プライマリ・ケア指導医、元鹿児島県参与(地方創生担当)。
2020年に鹿児島県南九州市にひらやまのクリニックを開業。著書に『破綻からの奇跡』(南日本ヘルスリサーチラボ)、『医療経済の嘘』(ポプラ新書)など。