つくろう、島の未来

2024年11月24日 日曜日

つくろう、島の未来

鹿児島県大隅半島の南に浮かぶ屋久島へUターンして、コーヒーショップを営む島記者 高田みかこが、島ならではの小さな商いの話と季節のたよりをお届けする連載コラム。今回は「洋上アルプス」とも称される屋久島の山の幸のお話。

#12 美しくておいしい山の幸

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奥山の雪もすっかり溶けて、里山も磯も青々と輝く季節がやってきました。干潮の磯は海苔の新芽で青々と輝き、里山の照葉樹は自ずから光を放つように盛り上がり、朝晩、新芽の香りを風にのせてきます。

かつて南九州の各地で見られた「浜出張(はまでばい)」の季節。干満の差の大きい旧暦の桃の節句の頃、お重を下げ、仲間たちと連れ立って、1日磯遊びを楽しむ行事ですが、近頃は見かけることも少なくなりました。それでも、風のない快晴の海辺に立つと、冬とはまったく違う近しさ、親しみを感じさせられます。

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島の食材は、海の幸だけにあらず

島料理といえば、海の幸を連想される方も多いでしょうが、そこは、洋上アルプスともいわれる緑深い屋久島。豊かな森のもたらす山の幸にも恵まれてきました。

筍、つわぶき、ヨモギの葉、山の幸は数あれど、その王者ともいえるのが、「千草(せんぐさ)」を食むといわれ、豊富な野草でまるまると太ったヤクシカです。森の恵みを一身に集めた島民のタンパク源として、古くから愛されてきました。

ニホンジカの亜種でもあるヤクシカは、エゾシカに比べ、小柄で、急峻な森を駆け回って締まった身体は低脂肪、高タンパクで鉄分豊富。

黒くつぶらな瞳はしっとりと潤んで、おしりのふわふわの毛は真っ白いハート型。ファインダーを向けずにはいられない美しさですが、島民にとっては、おいしい食料。冷蔵庫が普及する以前、各集落に1人は猟師がいて、シカをしとめては清流のほとりで解体し、防腐効果のある葉っぱに小分けに包み、家族で売り歩いたといいます。

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その恵は、肉だけはありません。薄くきめ細かなヤクシカの皮は珍重され、定期的に島外の業者が買い集めにきたといいます。島内では、赤ちゃんのおねしょシーツとして、敷き布団に重ねて用いられ、角は漁具の素材として加工されました。

さまざまな形で人の暮らしを助けてきたヤクシカですが、野犬の減少や人の森との関わりの変化に伴い、近年は、農作物を荒らす有害獣として、毎年、猟友会により駆除されています。しかし、島内に処理施設がなかっため、と畜場法により、これまで売買が禁じられてきました。猟師が解体して友人知人に配り、さらには解体しきれずに埋設処理されてきたのです。この現状に一石を投じたのが、2014年、島内初の鹿肉処理場「ヤクニク屋(宮之浦)」です。

普段は自動車修理工場を営む猟師、牧瀬一郎さんが、友人たちと立ち上げた施設。島発の雑誌「屋久島ヒトメクリ.」にコラム「シカ肉食うべし!」と題した連載を重ねる中で、おいしいシカ肉を販売できないジレンマがむくむくとふくらみ、オープンに至りました。

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清潔な施設で解体され、冷蔵庫で4日ほど熟成された鹿肉は、獣臭もほとんど感じられず、かすかにハーブのような草の香りを感じさせます。強い旨味がありながら、くせのないすっきりとした味わい。冷凍の真空パックで販売しています。

個人店が知恵を絞った島の新名物

オープンから2年、島の内外でこの鹿肉を食べられる店も増えてきました。昨年からは、お店で提供する料理に加え、お土産になる食品も続々発売されていて、シカの骨で贅沢に出汁をとったタイ風ラーメンを提供するRestaurant&Wine Bar「ヒトメクリ.」(宮之浦)内のスモークキャビン「ちょく」からは、登山の行動食にも最適なジャーキーや、ソーセージ、ベーコンが。

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バラ色の鹿肉ローストやミンチ肉のパスタやピッツァを提供するイタリアン「イルマーレ」(小瀬田)からは、レトルトのパスタソースやカレーが。福祉作業所「じゃがいものおうち」(尾之間)からは、南九州の郷土料理、豚味噌をアレンジした鹿味噌が。島の定番土産や、人気のお取り寄せ商品に成長させるべく、地元の個人店が知恵を絞っています。

ヤクニク屋の一郎さんは、さらに今年から新たな取り組みもはじめました。

トリミングした肉を少しでも無駄にしないように、食肉処理施設の近所に、ペットフードの加工施設と直売所を立ち上げたのです。

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一郎さんは、犬好きがきっかけで猟師になったといっても過言ではない、大の愛犬家。幼い頃からいつも犬がそばにいました。「犬と一緒に山を歩くのはよかよ。最近は、ただの登山に犬を連れていくとがらる(怒られる)っからよ」と笑います。

猟の相棒は屋久島固有といわれる屋久犬(やっけん)。古くから島で猟犬として活躍してきたといわれる犬で、小柄で俊敏、発達した胸筋にピンと立った大きな耳、さし尾といわれる立った尾が特徴とされています。

一郎さんのペットフードはとってもシンプル。鹿肉を成形して水分を10%以下に減らしただけ。歯磨きも兼ねる骨つき肉から、高齢ペットも食べられるミンチやパウダーまで、ペットの状態に合わせて選ぶことができます。我が家の愛猫もうっとり時間をかけて骨つき肉を噛んでいました。

目下の課題は、鹿皮の有効活用。

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直売所では、ペットフードや冷凍鹿肉、先出の加工品の他に、猟師仲間が手づくりした鹿角のキーホルダーやペーパーナイフ、ボールペンも並んでいます。しかし、皮はといえば、まだまだ手探り状態。島外の業者になめしてもらった素材を、島の靴職人さんに渡して加工してもらうなど、新たな取り組みに向け、試行錯誤は始まっています。

     

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