つくろう、島の未来

2022年10月01日 土曜日

つくろう、島の未来

海士町(中ノ島|なかのしま)、西ノ島町(西ノ島|にしのしま)、知夫村(知夫里島|ちぶりしま)からなる隠岐島前エリアでは、「大人の島留学」に集う若者が増加中。プログラムではどんな体験ができるのでしょう。
2022年4月から島留学中の、元リトケイインターン生のえいちゃんと喜界島(きかいじま|鹿児島県)出身のすみちゃんに聞きました。

※「大人の島留学」とは?
国内外の若者たちへ向けた隠岐島前地域(海士町・西ノ島町・知夫村)での【中長期】就労型お試し移住制度。1年間〜の「大人の島留学」のほか、「複業島留学」(2年間〜)や「島体験」(3カ月〜)がある

※ページ下の「特集記事 目次」より関連記事をご覧いただけます。ぜひ併せてお読みください。

※この記事は『季刊ritokei』39号(2022年8月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。

>>前回:「9泊10日の島暮らしで学ぶ「生きること」への気づき(後編)【特集|島だから学べること】」はこちら

【お話を伺った人】


鈴木瑛(すずき・えい)さん(以下、えいちゃん)
1997年北海道生まれ。大学時代に80島超の島々を旅し、利尻島、宮古島、座間味島では数カ月間ずつ住み込みアルバイトを経験。離島系メディアや小笠原観光局のアンバサダー、2021年度はリトケイインターンとしても活動。
大学卒業後、喜界島で住岡さんに「大人の島留学」の話を聞いて即時応募。現在は知夫里島に留学中。


住岡尚紀(すみおか・なおき)さん(以下、すみちゃん)
1995年喜界島生まれ。喜界高校を卒業後、国連ユースボランティアでウガンダ共和国の国連開発計画に派遣。内閣府次世代グローバル事業世界青年の船に参加。20か国以上を旅し、2021年から喜界島にUターン就職。
喜界町役場で離島留学を担当中、隠岐島前高校の生徒が面接にきたことをきっかけに「大人の島留学」へ応募。現在は海士町に留学中。

4月から留学中とのこと。今はどんな仕事を担当していますか?

週3は海士町役場の人づくり特命担当課で、JICAの青年海外協力隊の事前研修の受け入れなどを担当していて、週2は現場支援で岩牡蠣「春香」の仕事をしています。

僕は知夫里島観光協会の広報担当としてSNSや隠岐諸島の観光サイトに載せる紹介文をつくったり、日常業務として観光案内や自転車の貸し出しをしたりしています。勤務は週5で8時半から17時15分まで。残業はありません!

プライベートはどうでしょう?

平日は週3くらい夜8時から島の人とバトミントンやバスケをしていますね。食事は基本自炊。留学生はシェアハウス暮らしですし「人疲れ」するとも聞いていますが、観光協会だと平日の休みもあるので、ひとりの時間も楽しめています。

僕も休みの日は島の人と野球しています。コミュニティの狭さは喜界島(人口約7,000人)よりも感じますね。先日も日帰りで本土に行ったら、誰にも言ってなかったのに夕方戻ると何人かが知っていたり(笑)。それだけ気にかけてもらっています。

スポーツを通じて島に溶け込むのもいいですね。お住まいはどうですか?

仕事場から10キロメートルほど離れたシェアハウスで3人暮らしです。近いシェアハウスの人は自転車移動で、僕のように遠い場合は3〜4人でシェアする車を借りられますが、基本、集落内で過ごすことが多いです。

僕も同じ島留学生と3人でシェアハウス暮らしです。ひとり1台、スポーツタイプの電動自転車を貸してくれるので、移動は自転車ですね。

島で生活するなかで、これまでに印象深く感じたことは?

朝、まだ寝ていた時に「えいちゃ〜ん」と1階から呼ぶ声が聞こえたんです。夢かと思ったら階段をのぼってくる音がして「脱輪した車があるから助けてくれ」と。他の人も集まってきてみんなで助けることができ、お礼にごちそうをたっぷりいただきました。

僕は島で育った人間なので、島留学に来て感じたのは、これまではもてなす側だったのにもてなされる側になって戸惑ったことです。島の人たちにいろんなものをもらったり。あげる立場からもらう立場に変わって、どう立ち振る舞えばいいのか…….と。

島から島に留学する人ならではの感想ですね。留学生として「学んでいる」と感じることは?

海士町には最先端といえる取り組みが多いので、すごく学びになります。これから先の日本の人口減少に対してどう取り組めばいいのか、一次産業で人が足りなければ複業組合をつくったり。僕は海士町での経験を喜界島に持ち帰るのが前提なので、気が済むまで学びたいと思っています。

島の人ほど何個も仕事を掛け持ちしているんだな〜と思いました。先日、牛の競りがあったので見に行ったら、普段は別の仕事をしている人も来られていて、この人も牛飼いをしてたんだ!と。それと、人口が3桁と4桁では全然違いますね。海士町も西ノ島も2,000人規模で、知夫は600人規模。人との距離も知夫の方が近く感じますね。

それと、やはり人が少ないので「この人に会いたい」と思えばすぐ会える環境であることです。町長にもすぐ会いにいけますし、意欲さえあれば学校の先生や地域の区長さん、Iターンで来ている人とか、いろんな人にいろんなことを教えてもらえます。

他の島留学生はどんなことを求めてきているんですか?

3カ月プログラムでくる留学生は大学生が多くて、地方や地域を知るためとか、自己成長のためとか、何かのきっかけをつかみにきている人は多いです。1年間でくる留学生は社会人や新卒が多くて、都会から離れて働いてみるとか、暮らしに重点を置いている人も。僕も数カ月単位で島に住んだことはありましたが、1年いることで季節の移り変わりを感じたいです。

ちなみに島のごはんでおいしかったものは?

やっぱり日本酒ですね(喜界島にはない)。刺身と日本酒が最高においしいです。

天然わかめのシャキシャキさはすごかったですね。タイやブリもおいしかったです。大きな魚をさばいたことがなかったんですが、島の人からLINEで連絡がきてシンクからはみ出るくらいのブリをもらったこともあります。

良いですね。ほかにも幸せを感じる瞬間はありますか?

たまに仕事場から家までの10キロを自転車で帰るんですが、ちょっと遠回りしながら、島の風景を眺めてぼーっとする時間に充実感を感じます。

思い立った時に「天気がいいから夕陽を見に行こう」と出かけられるのがいいですね。電動自転車で20分くらいかけて、夕陽を眺める時間は幸せです。あとは家から歩いてすぐ海があって海を見ながらビールを飲むこと(笑)。

幸せそうです(笑)。すでに濃度の高い時間を過ごされているようですが、あと数カ月すごしたらどんな感想が飛び出てくるのか楽しみです。

そうですね。(留学に来て)まだ3カ月ですが、集落とかもっと小さい単位のコミュニティに目が向くようになったように思います。来る前は「喜界島のために」と思っていましたが、今は海士町の「この集落のために」「この家族のために」という気持ちも高まっています。住んでいるうちに解像度が高まってくるんですね。

>>次回:「学びの最前線。隠岐島前にみる「問い」というキーワード【特集|島だから学べること】」に続く

特集記事 目次

特集|島だから学べること

地球レベルの気候変動にテクノロジーの進歩と社会への浸透、少子高齢化、孤独の増加、人生100年時代の到来etc……。変化の波が次から次へと押し寄せる時代を生き抜くため、近年、教育や人材育成の現場では「生きる力」や「人間力」を養う学びに注目が集まっています。 そんななか、離島経済新聞社が注目したいのは学びの場としての島。厳しくも豊かな自然が間近に存在し、人と人が助け合い支え合う暮らしのある離島地域には、先人から継承される原初的な知恵や、SDGsにもつながる先端的なアイデアや挑戦があふれています。本特集では全国の島々にある学びのプログラムや、それらを運営する人々を取材。「島だから学べること」を紹介します。

ritokei特集