つくろう、島の未来

2024年03月28日 木曜日

つくろう、島の未来

九州最高峰の宮之浦岳が島の中央にそびえ、山々に降り注ぐ雨が、川から海へ流れ、水蒸気となってまた山々へめぐる屋久島。

その雄大な自然のもと、企業研修やファミリープログラム、キッズキャンプ、リトリートなどを通じた学びを提供する「モスオーシャンハウス」。自らも屋久島に学んできたという代表の今村祐樹さんに話を聞きました。(文・片岡由衣)

※ページ下の「特集記事 目次」より関連記事をご覧いただけます。ぜひ併せてお読みください。

※この記事は『季刊ritokei』39号(2022年8月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。

>>前回:「島に学ぶ先生と先生に学ぶ島人の化学反応(後編)【特集|島だから学べること】」はこちら

海と山と川のつながりや 流域の暮らしを守るために

僕は屋久島で、海と山と川のつながりや“流域の暮らし”を体感してもらえるプログラムを提供しています。大阪で生まれ育ち、屋久島のきれいな川と苔に魅せられて2002年に移住。初めはゲストハウスで働いていて、そこに来る学生が自分たちだけで山に入っている状況だったので、お金のない学生にも屋久島の魅力を伝えられたらと思いガイドを始めました。

屋久島の人々は、山に入るときに必ずあいさつをするんです。山に入る時も、帰る時もあいさつし感謝を伝える。島の人からそのことを教わって感銘を受け、お客さんにも必ず伝えるようになりました。

2007年に屋久島がブレイクした頃に転機が訪れました。人が大勢やってくるようになって3〜4年経つ頃、ガイドをすればするほど自然が傷んでいくことに気づき悲しくなりました。

屋久島が好きでガイドを始めたのに、美しい苔が日に日に減っていくとは……。自然が悲鳴をあげている場所に、人を連れて行きたいのか?自分はここで何をしたいんだろうか?と問いかける日々。ちょうどその頃、この場所(現在、モスオーシャンハウスのある土地)を取得したこともあり、原点に立ち返ろうと思いました。

屋久島の南側、太平洋に面した小高い丘の上にあるモスオーシャンハウス。一期一会を大切に、プログラムはすべてカスタマイズで提供。参加者と共に森を育み、屋久島の営みのなかにある大事なものにふれ、感じとってもらうことに重点を置いている

そんなある日の休日、上流に広がる山々を背景にしたがえた古い橋の上を、クワを担いだ畑帰りのおじいさんがゆったりと歩いているのが見えたんです。その姿が山の風景と海の風景に溶け合っているようで、とても美しく、その瞬間、自分は忙しくしているだけで、全然この島に暮らしていないなと感じたんです。

おじいさんのように島の風景の一部になりたい。地に足をつけ、森海川のつながりを感じながら屋久島の「暮らし」を味わってもらえる場をつくろうと考え、モスオーシャンハウスをつくりました。

海10日、里10日、山10日 屋久島に息づく感覚に習う

屋久島には昔から「海に10日里に10日山に10日」という考え方があります。「どんなに魚が捕れても10日以上海に行ってはいけない」という教訓で、必要な分だけを自然から恵んでもらう生き方を表わしています。

モスオーシャンハウスではこの考え方をもとに、森海川のつながりを感じながら、かつての豊かな暮らしを味わってもらえる時間を、企業研修やファミリープログラムなどに表現し、提供しています。

例えば、朝の空気を味わった後に朝食を食べて森へ行き、帰ったら3時のお茶を楽しむツアーなど、体験後に空や海を眺めてぼーっとする時間があることで、豊かさが体に染み入っていくのです。

企業研修では、サステナブルの観点から、持続可能な企業のあり方や企業と地球環境との折り合いを学べる2泊3日のプログラムを実施しています。

島にいると「自然はみんなのもの」という感覚があって、僕も子どもと海へ流木を取りにいくときに「ありがとう、もらっていきます」とあいさつをします。

同じように、参加者の皆さんと海や森で食材を集め、流木でご飯を炊いてお風呂を沸かし、その流木の灰は畑の肥料として土に還します。「この流木はどこからきたんだろう?」という問いかけから、翌日は流木のふるさとである森へ行き、木が流木という小さなカケラになる前は大きな森の一部であったことを体感する。

一連のストーリーを体感することで、言葉で伝えなくても、僕たち一人ひとりが自然の循環の中で生かされているんだということを、感じることができます。

企業研修にも家族連れにも見えない世界を想像する力を

屋久島の川の水は、森や海とのつながりがあるからこそきれいなんです。僕が生まれた大阪など、都会で暮らしている人々は、上流部でメガソーラーの開発があったとしても、無関心だったり、海や川とつながっている実感は薄いのかなあと感じます。でも本当は人ごとの話ではないんですよね。

大自然の循環がコンパクトに感じられる屋久島で流域のつながりにふれた人には、身近なものの見方にも変化が起こるように感じます。例えば、家族向けのプログラムの最後に、参加者の子どもたちに森の絵を描いてもらうと、土の中に水が流れる絵を描くんです。

屋久島での学びを通して、森の中に水が流れていることを感じとる。子どもの感性の豊かさや、見えない世界を想像する力を感じると、僕もうれしくなります。

ある企業研修では、川と海がつながる海辺で心地よい風を受けながらクロージングをしました。その時、組織でコミュニケーションの中心を担っていた方が、「風通しの良い会社にしようと今までやってきたけど、『風通しが良い』という感覚を本当に知ってる人はどれくらいいるんだろう?」と言ったんです。

「風通しの良い」という感覚は、実はこれ(屋久島で体感した風)なんじゃないかと。まさに知識が知恵に変わる瞬間。言葉になる前の原体験が、島の自然にあるんだと改めて感じました。

屋久島には心地いいばかりではない、むきだしの自然があります。島に遊びにきた知人はSUP中、海にさらわれそうになり「都会では感じたことのない命の危機を感じた」と言いました。自然は本来、人間の手には負えない。だからこそ、良い部分を都合よく見るばかりではなく、森と海と川のつながりを実感し、自分たちが生かされている存在であることを知ることが大事なんです。


お話を伺った人
今村祐樹(いまむら・ゆうき)さん
1978年大阪府生まれ。合同会社モスガイドクラブ代表、モスオーシャンハウス代表、イマジン屋久島実行委員。かつて『海10日、里10日、山10日』と形容された屋久島の森川海と一体であった流域コミュニティの再生をとおして、『いつでもどこでもおいしい水が飲める地球をまず屋久島から実現する』ことを目標に様々なプロジェクトに取り組む
https://moss6.com/

>>次回:「リトケイ編集部おすすめの修学旅行&体験キャンプ【特集|島だから学べること】」に続く

特集記事 目次

特集|島だから学べること

地球レベルの気候変動にテクノロジーの進歩と社会への浸透、少子高齢化、孤独の増加、人生100年時代の到来etc……。変化の波が次から次へと押し寄せる時代を生き抜くため、近年、教育や人材育成の現場では「生きる力」や「人間力」を養う学びに注目が集まっています。 そんななか、離島経済新聞社が注目したいのは学びの場としての島。厳しくも豊かな自然が間近に存在し、人と人が助け合い支え合う暮らしのある離島地域には、先人から継承される原初的な知恵や、SDGsにもつながる先端的なアイデアや挑戦があふれています。本特集では全国の島々にある学びのプログラムや、それらを運営する人々を取材。「島だから学べること」を紹介します。

ritokei特集