つくろう、島の未来

2022年12月09日 金曜日

つくろう、島の未来

子どもが島で学べるプログラムといえば「離島留学」。子育て中の親子はもちろん、人口減少傾向にある島側にとってもメリットの多い離島留学は、リトケイでも全力推進しています。そんな離島留学に「いつか我が子を……」と考えているリトケイ事務局長が、ふたつの島を訪ねました。

取材・多和田真也

※ ページ下の「特集記事 目次」より関連記事をご覧いただけます。ぜひ併せてお読みください。

※ この記事は『季刊ritokei』39号(2022年8月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。

>>前回:「リトケイ読者の私が島で学んだこと(近藤功行さん)【特集|島だから学べること】」はこちら

漁師町文化と人情に包まれる 答志島の離島留学

7月某日、僕は三重県に向かった。伊勢湾に面した鳥羽市には4つの有人島がある。そのひとつ答志島(とうしじま|三重県)で離島留学を受け入れる濱口さんに話を聞くのが目的だ。

約1,800人が暮らす答志島は本土側の港から15〜20分。JR鳥羽駅からも近くアクセスしやすい環境にある

答志島の離島留学には「寝屋子(ねやこ)の島留学」という名前がついている。寝屋子は答志島ならではの文化で、男子が中学生になると島内の別家庭に寝泊まりする風習だ。思春期の男子にしてみれば、実親に話せない内緒の相談もできるだろうし、親以外の大人と信頼関係を結ぶいい機会になる。時代の変化により減ってきているとは聞くが、人情深い文化が継承されてきた島の離島留学には寝屋子マインドが息づいていることだろう。

さて、そんな答志島にはどのくらいの留学生が来ているのだろう?濱口さんに聞くと、留学制度が始まったのは平成30年で、これまで8名を受け入れたという。里親留学、孫留学、親子留学の3パターンがあって、ホームページを見たり、島に遊びに来てポスターを見かけたり、親が答志島ファンで「留学をやっているならぜひ」といって応募されたご家族もいるそうだ。

濱口正久さん(左)と答志島で活動する地域おこし協力隊の正林泰誠さん(右)は、子どもたちの居場所づくりも実行中

親子留学では、島の空き家を月々2〜4万円で貸してもらえ、子どもについてきた保護者には月8万円程度の仕事を紹介することもあるらしい。

僕が親子留学に来るとしたら、いつも通りの仕事をすることになるだろうけど(リトケイは常にテレワークなので)、せっかくなら島の仕事も体験してみたいなぁ……と思っていたら、鳥羽市には「漁業版ワーキングホリデー」という制度もあるらしい。対象は春休みの学生や都市在住の高齢者など。離島留学とは別のプログラムだが、いつかのために心に留めておきたい。

漁船がずらりと並ぶ答志島。海女さんが活躍する漁業の島でもあり、元気な海女さんや島の方々との会話も楽しい

里親が留学生を受け入れる里親留学はコロナ禍もあって現在は休止中といい、濱口さんは「寮があったらいいんだけど」とつぶやく。確かに、以前取材したことのある福岡県の地島(じのしま)など、離島留学生を受け入れるための寮を完備する島もある。我が子の留学を思うと、信頼できる里親さんにお世話になれるのも有難いが、里親方式は受け入れ家庭の負担も大きいので、寮があるならそれも良いだろう。

空き家を子どもたちの居場所にする「ねやこや」プロジェクトでは、島の子どもや留学生たちも漆喰塗りをお手伝い

離島留学中の子や親が「島だから学べること」は何かと問うと、濱口さんはずばり「助け合って生きること」と教えてくれた。例えば、親子留学中の親が体調を崩した時に、島の人がおかゆをつくって持ってきてくれたことがあるという。その親子はものすごくおどろいたそうだが、島の人にとっては「困った時はお互い様」が常識なのだ。

「ねやこや」は子どもたちの自主学習スペースとしても活躍。子どもたちが自由に集える場所があるのはうらやましい

濱口さん曰く、離島留学に来る親子には親子問題を抱えているケースもあるらしい。それまでの環境では親の顔色ばかり伺っていた子どもとその親が留学にくると、島の大人の支えもあって親が元気になり、子どももより子どもらしく過ごせるようになるという。僕も子どもの頃は両親と衝突してばかりだった。もしも僕が離島留学に来ていたらどうなっていただろう?僕にはもう体験できない明るい可能性を、やはり我が子に託してみたい。

でっかい島の奥座敷でのびのびと育つ佐渡島の留学

次に僕は佐渡へ向かった。佐渡といえばいわずもがな日本最大級の島で「島?」と思うほどでっかい。そんな佐渡では松ヶ崎と内海府というふたつの地域で離島留学を受け入れている。僕は以前、松ヶ崎におじゃましたことがある。松ヶ崎は太鼓芸能集団「鼓童」の本拠地に近く、小学校の授業で鼓童のメンバーが太鼓を教えてくれる贅沢なプログラムがあると聞いておどろいた。受け入れをされている松ヶ崎のメンバーも素敵で、僕は内心、松ヶ崎留学にもあこがれを抱いていた。

佐渡の中心部から内海府までは車で30〜40分。日本海を眺めながらずんずん進むと到着する

しかし今回、僕は内海府を訪れた。なぜかといえば、知り合いからたまたま「内海府に離島留学に来ている」というメッセージをもらったからだ。Youはどうして離島留学に?!僕は彼に聞かねばならない。佐渡の中央部にはいわゆる街がある。ドラッグストアも外食チェーンもあって、日々の暮らしで困る要素は見当たらない。

内海府はそこから40分程かかるが、その分だけのんびりとした空気感が増すように思う。内海府で迎えてくれた彼と学校に向かうと、校長先生が笑顔で出迎えてくれた。内海府小中学校には、9人の児童生徒が通っていて、先生は7人。家庭教師のような手厚さで子どもたちの学びを支えてくれる学校だ。

親子留学中の佐藤昌栄さん(左)と校長(右)。愛犬のキューピーも佐渡暮らしを満喫している

彼の息子は小学3年生で、3月までは東京の小学校に通っていた。コロナ禍では学校が休みになることも多く、どことなく心苦しさを感じていたらしい。彼はパソコンひとつで仕事ができるクリエイターなので、いっそ家族で地方に移り住むのもありだろうと考えた。それから佐渡の離島留学情報をみつけ、松ヶ崎留学も検討したが入居できる物件の都合で、内海府留学に決まった(松ヶ崎はたまたま空き家がなかったらしい)。

右奥が内海府小中学校で、佐藤さんの借家は学校の隣。忘れ物をしてもすぐに届けられるという

佐渡に来て4カ月、息子さんにはどんな変化があったのだろう?彼曰く「先生から怒られなくなった」そうだ。人と違うことをしたがるという息子さんは、東京では学校でも家でも怒られてばかりだったが、ここでは「個性が邪険にされない」。

離島留学中の息子さん。父と息子で佐渡中を自転車でめぐるなど、懐の深い佐渡島(さどがしま)を存分に楽しんでいる

校長先生は彼の息子が「さようならー!」と大きな声で挨拶してくれると喜んでいたが、佐藤さんも「声が大きくなった」と感じているらしい。都会のマンションだと、大きな声を出すのもはばかられるがここは島。しかも佐渡。でっかい島のでっかい懐に包まれ、成長しているという。

学校は小規模でも、地域の応援団が大勢いる。たくさんの大人が子どもたちの成長を支えてくれる

ちなみに給食は隣の保育園と小中学校のみんなで食べるらしい。集落の漁師が鮮魚を提供してくれるそうで、食材も豪華だというからうらやましい。総合的な学習の時間には、タケノコ掘りに行くこともあるらしく、聞けば聞くほど僕の心も島に引き寄せられていることに気がついた。

内海府小中学校では、空き教室をオンライン授業専用教室に。贅沢な環境が揃っていた

8月時点で離島留学の受け入れがある島は約60島。それぞれに多様な魅力があって条件もさまざま。今回の訪問で鳥羽の島々や佐渡にも惹かれている僕は、ウェブ版『ritokei』で公開中の令和5年度離島留学募集情報を眺めてため息をついている。どこも魅力的だからだ。

>>次回:「ほぼ“圏外”の島でネット依存を克服 子どもたちのオフラインキャンプ【特集|島だから学べること】」に続く

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特集|島だから学べること

地球レベルの気候変動にテクノロジーの進歩と社会への浸透、少子高齢化、孤独の増加、人生100年時代の到来etc……。変化の波が次から次へと押し寄せる時代を生き抜くため、近年、教育や人材育成の現場では「生きる力」や「人間力」を養う学びに注目が集まっています。 そんななか、離島経済新聞社が注目したいのは学びの場としての島。厳しくも豊かな自然が間近に存在し、人と人が助け合い支え合う暮らしのある離島地域には、先人から継承される原初的な知恵や、SDGsにもつながる先端的なアイデアや挑戦があふれています。本特集では全国の島々にある学びのプログラムや、それらを運営する人々を取材。「島だから学べること」を紹介します。

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