長崎市内から西に約100キロメートル。福江島を中心に11の有人島と52の無人島で構成される五島市は、2019年の転入者が転出者を上回り、「社会増」に転じたことで注目を集めています。人口は3万6,696人(2019年12月末現在。住民基本台帳)。多くの移住定住者が集い、関係人口として期待される「仕事をすること」「暮らすこと」を目的にした来島者が増加している五島市の動きを紹介します。
この連載企画は、内閣府の補助事業として運営されている地方創生『連携・交流ひろば』とリトケイ編集部のタイアップによりお届けいたします。(取材・リトケイ編集部)
<3>移住者を呼び込むコミュニティカフェ
「社会増」に転じた五島市では、柔軟な働き方にシフトしようとする社会の流れを掴みながら関係人口となる都市住民を引きつけ、移住定住者を増やし、有人国境離島法による支援制度を活用した雇用拡大など、さまざまな動きが重なりあい、大きな波となっている。
この波が生まれた背景をさらに探るべく、2015年に五島市が移住支援員を配置する以前から、多くの人々を島に引き寄せてきた場所にも注目したい。
五島市の中心部から車で15分程度、街中の風景から田畑が広がるのどかな風景に移り変わる場所に、本山(もとやま)と呼ばれる地区がある。
約130人の児童が通う小さな小学校があり、その隣に佇むカフェ「ソトノマ」は島内外の人をつなぐ場所となっている。

ソトノマの店主・有川和子さん
店主の有川和子さんはこの地区で生まれ育ち、長らく島外で暮らしていた。2011年の東日本大震災や、都会暮らしに疑問を抱いたことをきっかけに、子育て中の長女・智子さんとともに当時暮らしていた大阪から島にUターン。2013年にソトノマを開業した。
元は小学校の先生だったという和子さんは当初、本山で学童保育を作りたいと願っていた。紆余曲折の中で学童保育は頓挫し、カフェの運営に落ち着いたが、「外の居間」をイメージしたコミュニティカフェの居心地に惹かれ、いつしか多くの人が集うようになり、ソトノマに通いながら移住を決める人も多数現れた。

島内外の人々が集うソトノマの店内
移住相談を持ちかけられる日々の中、子育てのかたわら島のデザイナーとして活動を初めていた智子さんは、2013年7月に「五島移住しまぐらし相談所」を設立。五島市に関する移住定住情報の提供や、首都圏の独身女性を招く交流ツアーの実施など軸に活動し、長崎県の移住相談オブザーバーも4年ほど担当した。
「私たちが帰ってきた頃は移住相談などほとんどなくて、自分で探さないと何もわからない状態で、行政側も島にどんな人が来ているかを把握していない状態でした。今では市役所の移住相談にLINEが使われるほどで、(五島移住しまぐらし相談所を運営していた)初期の役割は終わって、いろんな人がいろんな人を引き込むフェーズに入っているように思います」と話す智子さん。
社会増に転じた近年の流れを、自然減や社会減に歯止めがかからない一方、国を挙げた地方創生や、有人国境離島法の施行などから、五島市の動きが加速したことも大きいと見るが、実際にソトノマをきっかけに移住した桑田隆介さんは、「僕らが五島に通い始めたのはやっぱりソトノマがあったから」と話す。
桑田さんの出身は対馬で(父の出身が壱岐、母の出身が対馬)、長崎の島々にルーツを持ちながら、東京のアパレルブランドに勤めていた桑田さんは、ある時「長崎が好き」という仲間らと「SUKI→JAPAN(スキジャパン)」という有志グループを組み、五島に通いはじめた。
この流れで企画した首都圏で働く女性を対象にした島コンツアーや島暮らし体験ツアーで、ソトノマの智子さんとも連携し、皆でツアーを実現させた。

改装工事中のホテルの前に立つ桑田隆介さん
ツアーでは、五島に暮らす地元男性の魅力を首都圏在住の女性に伝えるために、「男性の仕事場を見てもらおう」と考え、マグロの養殖場見学をツアーに組み込んでいた。しかしそこで、マグロ養殖の現場に惹かれたのは他でもない桑田さん自身となり、勤めていた企業から転職し、東京から五島に移住した。
その後、桑田さんは現在、他に個人的に2つのプロジェクトを進めている。 1つはかつてのアパレル業界の恩師と五島市街地の老舗喫茶店横の空きビルをホテルに改装するプロジェクトで、もう1つはソトノマのそばに建設する移住者向けの賃貸住宅「本山ヒルズ」のオーナー業である。
本山ヒルズは1LDK8万円のファミリー・カップル向け住宅2戸と、1ルーム5万円の単身向け住宅4戸(ともに家具家電付きの家賃)。島の賃貸物件としては高額だが、東京都心には月極駐車場だけでも5~6万円する場所はある。
あえて高めの設定をする背景には「本山には落ち着いた暮らしを求める人に来てもらいたい」という願いがある。

ソトノマの店内に掲示される「本山ヒルズ」の不動産情報
「(移住者が)増えているのはいいことですが、理想をいえば落ち着いた移住者に来て欲しい。本山ヒルズに入居した家族が子どもを小学校に通わせながら5年10年と過ごし、子どもたちも大きくなって……というシーンを思い浮かべています」(桑田さん)
そんな本山ヒルズの敷地内には現在、学童保育も建設されている。学童保育といえば、ソトノマの店主・和子さんがUターン当初に思い描いていた夢である。
民間の学童保育と移住者向け住宅が誕生する暮らしのコミュニティ
2019年7月、思いを同じくする有志とともに学童保育の運営を行うNPO法人が立ち上がった。和子さんと同じく、本山小学校の卒業生であり10年前に島にUターンした瀬川三則さんが理事長を務める。
「おうとうのいえ」と名付けられた学童保育は、2020年4月のオープンに向けて工期の真っ最中。瀬川さんに話を聞いた。
昭和22年生まれの瀬川さんは子ども時代、翁頭山のふもとにある自宅から本山の小学校、中学校まで片道2時間をかけて通っていたという。「おばあちゃんが提灯を持って途中まで送ってくれていましたね」。

建設中の「おうとうのいえ」と理事長・瀬川三則さん
中学3年生の頃に長崎市内に転校し、大阪、東京で暮らした後、家庭の事情から田舎暮らしを考え、45年ぶりにUターンした。島に帰ってからは「育ててもらった本山地区のために何かやりたい」と、公民館長や老人会長など多数の役を引き受けてきた。
公民館長時代、学童保育のない本山地区では放課後になると子どもたちが小学校の間近にある公民館に遊びにきていた。雨の日ともなれば、50名近い子どもたちが集まるため、公民館利用者にも迷惑がかかる状況に、瀬川さんは頭を悩ませていた。
当時から、小学校の空き教室や教職員住宅を学童保育として活用できるよう市に掛け合ってきたが事態はなかなか動かない。そこで東京で保育園を運営する瀬川さんの奥さん名義で、土地と建物を取得。NPOメンバーともアイデアを出し合いながら、おうとうのいえをオープンさせる運びとなった。

「おうとうのいえ」の左手に「本山ヒルズ」が建設される
4月のオープンに向けて、2月1〜15日に申し込み受付が行われる予定。すでに7組から問い合わせがはいっているが、土地や建物、設備にかかる費用は瀬川さんの持ち出しで、初年度は赤字になる予想があり、瀬川さんの心配はつきないが、「学童保育は地味だけど、子育てをする人にとっては救いになるのかな」とその意義を理解する。
カフェ、学童保育、移住者向け賃貸住宅が揃う本山を、どのようなコミュニティにしていくべきか。瀬川さんと桑田さんはイメージを固めるため、障害者や健常者、若者、高齢者が分け隔てなく一緒に暮らせる街づくりの先進事例として知られる金沢市の「Share金沢」を視察し、「やろう!」と意識を合わせたという。
穏やかな本山の暮らしを愛するソトノマの智子さんは、「最近、『おうとうのいえ』の建設現場でばあちゃんたちが『子どもば預かっとちた(子どもを預かるんだってね)』『ああ、働く人が多かけんね』『よかこっちゃね(いいことだね)』と立ち話しをしていたんです。それを聞きながら、いいなあとおもいました」と微笑む。

新たな予約客を待つソトノマのテーブル
多くの都市住民を集める五島市には、続々と新たな人材が現れ、多数のプロジェクトが動いているため智子さんも「最近はもう全然追いかけきれないですね」と笑う。そして、そんなにぎわいの中でも、自分が愛する土地で「暮らしを大切に、地に足をつけたことをやっていきたい」と、穏やかな島暮らしの持続を願っている。
特集記事 目次
島×地方創生「ない」から生まれる創造力の「ある」島へ
ある人は、島の暮らしを「東京の真逆」と言いました。
お店、公共サービス、交通機関、学校、病院、介護施設など、どれもが少ない(あるいは無い)島の暮らしは、確かに、真逆と言えるでしょう。しかし、島には「ない」から生まれる動きがあり、その動きをつくる「人」がいます。島には、多くの都市で見られなくなったものがあり、雄大な自然に、人と人が助け合う暮らし、創造的な地域づくりなど、島だから「ある」ものがあります。この連載企画は内閣府の補助事業として運営されている地方創生『連携・交流ひろば』とリトケイ編集部のタイアップによりお届けいたします。

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